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第4話




 まるで断罪を待つ罪人のような心地で待っていた視察の日は、あっという間にやって来てしまった。

 待ち合わせは大宮駅。

 初めて降り立った駅構内は想像以上に広く、部長と合流できなかったらどうしようかと、早々にプチパニックに陥ってしまった私だけど。

 それが杞憂だったと知るのは、それまで思い思いに過ごしていた周辺の人々が、まるで示し合わせたようにざわめき始めた時だった。

「え、ねえ、めっちゃイケメンいる!」

「ほんとだ。誰だろ、俳優?」

 隣から聞こえて来た女子高生たちのヒソヒソ話に、えっ、有名人? とちょっとしたミーハー心で顔を上げる。

 しかしそわりと浮き立った心は、すぐに吹き飛ばされてしまった。

 ――確かに、きらきらしいオーラを纏った男性が、改札口からこちらへと真っ直ぐ向かって来ている。すれ違う人たちの視線を独り占めして。

 でも、違うんです。

 その人、俳優とかじゃなくて。

 ふと、男性の伏し目がちだった瞼が持ち上げられ、パチリと視線が絡む。

 蜂蜜を溶かし込んだような双眸が、私を映して柔らかくほどけた。

 その甘やかさについ「ひっ」と小さく純粋な悲鳴を上げてしまう。そんな私の後ろで黄色い悲鳴がいくつも上がる。

 そして、俳優かと間違えられていたその人は長い脚であっという間に私の前に立ち、突き刺さる視線をものともせず私に微笑んだ。

「悪い佐藤。待たせたな」

「い、いえ!」

 待ってはいない。いないけど、この場からは早く逃げ出したい。

「い、いきましょうか!」

 一刻も早く! ……とは言えないので、緊張でカチンコチンな腕と足を必死に動かす。

 流れ弾の如く撃たれる視線を避けるように歩き出せば、彼は不思議そうな顔をしながらも隣に並んでくれた。

「……マネージャー?」

 段々と人だかりから離れていく中で、耳にぽつりと届いた呟き。

 いえ、この人はただの一般企業の部長です。そして私はただの部下。

 そう思いながら、わざわざ訂正して周るわけにもいかないので口を引き結んで歩き続ける。

 すると部長が首を傾げながらこちらを覗き込んできたので、私は慌てて、下手くそな作り笑顔で誤魔化すのだった。


 支社に赴いた経験が無いとはいえ、場所はしっかり予習済だ。

 そのため、緊張しながらも迷いなく歩いていれば、それまで静かだった東雲部長が突然「……フッ」と笑いだしたので、私は驚きのあまり思わず足を止めた。

「えっ、ごめんなさい道間違ってますか!?」

 それとも、行き方を間違えてる!? こんな道通るのかよコイツ、とかいう笑いだったりする!? とパニックになっていれば、いや、と部長が口元に手を当てながら少し顔を逸らす。

 しかし、その肩は小刻みに揺れていた。

「君、かなり緊張してるだろう」

「え、」

「手と足が一緒に出てる」

 ふふ、とまた堪えきれなかったように微笑まれ、恥ずかしくて顔が熱くなる。

 カチコチになっている自覚はあったけれど、まさか手と足が一緒に出てたなんて。行進覚えたての小学生じゃないんだから、しっかりしてよ、私の体。

「……申し訳ありません」

 もう何と言えばいいか分からず俯きながら謝れば、部長は「いやいや」と慌てたような声になった。

「別に咎めてるわけじゃない。まあ、さすがに支社に着くまでにはもう少し緊張を解しておいた方がいいと思うが……行く前に、ひと休憩挟んでおくか?」

 気遣うように近くにあったカフェを指差され、力なく首を横に振る。

 ……こんな風に気を遣わせてしまうなんて、情けない。

「大丈夫です。すみません」

「謝らなくていい。可愛らしいな、と思ってつい笑ってしまった俺が悪かった。気を悪くしないでくれ」

「…………?」

「まあ、今日は初めての視察だ。ただ俺の横に居て見学するだけで構わないから、そう気負うな」

 なんだか部長の口からは到底出てきそうにもない単語が聞こえた気がして思わず顔を上げたが、そこに居たのは理知的で精悍な、いつも通りの部長だった。

 ……気のせいか。いや、気のせいに決まってるでしょう。何考えてるの、私。

 緊張しすぎて耳までおかしくなったのかな……。少し憂鬱になりながら、さっきよりは幾らか自然な動きで、私たちは支社までの道のりを歩いていった。


 支社に到着すると、先方の人事部長がすでにロビーで待機していた。

「東雲部長、お待ちしておりました」

 どう見ても東雲部長の方が若いのに、直立不動の腰を深々と折る相手に、東雲部長は軽く手を挙げるのみだ。

 受付に座る女の子たちは皆、突然現れたイケメンに呆気にとられていた。当然ながら部長は、そんな彼女たちには目もくれず人事部長の後ろを着いていく。

「案内はここまででいい。あとは適当に見る」

「畏まりました」

 管理部門が集まるフロアに入ったところで東雲部長はそう言って、人事部長を帰してしまった。それから勝手知ったるように空いているミーティング席に座ると、入口のところで突っ立ったままの私を手招く。

「大丈夫か? また顔が緊張してるぞ」

「だ、大丈夫です」

 頑張ります。硬い表情で頷いた私に、部長がくすりと笑う。

「気楽にな。俺から離れないでくれればいいから」

「はい」

「この後は適当に視察して、気になる点があれば質問したりする。機密情報の取り扱いがきちんと守られているか、とかな」

「なるほど……」

「佐藤も、もし今までの業務の中で、この支社に対して気になっていたことなんかがあればこの機会に言うといい。折角だしな」

 頷いたが、別に不満も無いので言うことも無い。

 とにかく今日は、大事なことを聞き漏らさないよう、なるべく部長にひっついてメモを取ろう。そう決意して、私はペンを握りしめた。




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