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第3話




 執務室に戻る頃には、部長の機嫌はすっかり直っていた。

 真っ直ぐに自席へと戻る部長の背中を盗み見ながら、ほっと息を吐いて荷物を置く。

「佐藤さん」

 と、同時に声をかけられて、振り向くと松下さんが立っていた。その眉毛は、何故か申し訳なさそうに下がっている。

 何かやらかしてしまっただろうか……。不安になりながら、私は恐る恐る返事をした。

「はい……?」

 松下さんは三十代後半の、眼鏡の奥から覗く瞳がとっても優しい男性だ。……半年前、彼の席には別の女の子が座っていた。

「さっき総務部の田中さんから電話があって、かけ直してほしいって」

「あ、わかりました! ありがとうございます」

 丁寧に内線番号まで書かれたメモを受け取り、お礼を言う。

 早速かけ直そうと受話器に手を伸ばしたところで、「それ」と今度は斜め前の席から声をかけられた。顔を上げると、戸田さんが心配そうにこちらを見ている。

「もし何か面倒なお願いされそうだったら、遠慮なく俺とか松下に代わってくれていいからね。佐藤さん優しいから、わざと佐藤さんを狙って電話してくる奴もいるし」

 そんな戸田さんの言葉に、松下さんもうんうんと頷く。

「あはは……」

 別に、田中さんはそんな変な人ではないんだけど……。

 戸田さんは四十代前半の明るい男性。素敵な奥様と二人のお子さんがいる、子煩悩のよいお父さんだ。

 私のことも娘のように可愛がってくれて、こうしてよく心配してくれる。──そんな彼の席も、一年前までは別の女の子の席だった。

 配属された順で言えば、井上さん、横山くんの次に私で、その後に戸田さん、松下さんと続いていく。

 ただ、戸田さんも松下さんも過去に人事業務の経験があるそうで、私はそんな二人にも頼りっぱなしだった。

 私はというと、大学卒業後に入社した会社を一年も経たずに辞め、派遣社員としてこの会社の受付業務に従事していたところ、ありがたいことに声を掛けていただいて、二年前に正社員として人事部に配属された。

 本格的な事務仕事はほとんど初めてで、アラサーに片足突っ込んでるくせにパソコンの扱いも覚束ず、毎日必死に働いている。

 そんな私にも皆優しくて、東雲部長も見捨てないでくれていた。だからこそ、頑張って仕事を覚えて、皆の、この部の役に立ちたい。

 ……頑張らなくちゃ。

 深呼吸をひとつ。

 自分に活を入れなおし、私は松下さんに貰ったメモを見つめながら受話器を持ち上げた。




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