玄関の引き戸が叩かれる。
「あ、いいよ、俺が出る。」
冴子さんに言う。引き戸を開けると美香が居た。
「何だ、お前か。」
言うと美香は俺を見て言う。
「ここに引っ越したんだってね、叔母さんに聞いた。」
俺は腕を組む。
「そうだけど、何か用?」
聞くと美香が聞く。
「冴子さん、居る?」
俺は警戒する。
「居るけど、お前には会わせない。」
突然、美香が頭を下げる。
「今日は謝りに来ました。酷い事言ってごめんなさい。」
そう言われて俺は戸惑う。
「何だよ、急に。」
美香は頭を下げたまま言う。
「叔母さんに叱られた。私が今までして来た事は随分酷い事だって言われた。私の居場所が無いのは全部私がそうして来たからだって。反省なんて私のガラじゃないのは分かってる。でも郁弥に縁を切られて、初めて私は私のした事がどういう事か、分かった気がする。許して貰えなくてもちゃんと謝って来いって言われた。私はまだ言われなくちゃ分かんない事も多いけど、このまま縁を切られるのはやっぱり嫌だから…」
どうしたもんかと思う。
「郁弥くん」
不意に背後で声がして振り返る。冴子さんが微笑んでいる。
「入って貰えば?」
俺は首を振る。
「いや、いい。」
美香に向き直る。
「前にも言ったけど、俺はお前を許さない。冴子を傷付けたんだ、それは許せない。」
美香は頭を上げたけど俯いたままだ。
「私、やっぱりこの町、出る事にしたの。もう叔母さんに迷惑かけられないから。」
顔を上げた美香は涙を溜めていた。
「もう帰って来る事も無いと思う。叔母さんにも私が姪っ子じゃなきゃ泊めてないって言われちゃったしね。」
そして俺の奥に居る冴子さんを美香が見る。
「冴子さんも酷い事言ってごめんなさい。」
ポロッと美香の目から涙が落ちる。
「それだけ言いに来ました。二人とも、元気でね。」
美香が背を向ける。
「美香さん!」
冴子さんが呼び止める。美香が止まる。冴子さんは俺の横をすり抜けて裸足のまま外に出て、美香の事を抱き締めた。え?何で抱き締めてんの?
「美香さん…美香ちゃん、いつでもうちに寄ってね。今は郁弥くんも許さないって言ってるけど、それは本心じゃないと思うの。何かあればいつでもうちに来て。帰る場所が無いなんて、居場所が無いなんて、そんなの耐えられない…」
あぁ、そうか。冴子さんも昔、そうだったんだっけ。ボロボロになって成瀬のおじさんのとこに来たって言ってたな…。俺は溜息をつく。
「分かったから、その、美香の事、抱き締めんの、止めない?」
俺がそう言うと目の前の二人が吹き出す。そして美香は冴子さんに抱き着いて言う。
「ありがとう。何かあったら連絡してもいい?」
冴子さんは美香の頭を撫でて言う。
「うん、いいよ。」
何なんだよ、俺抜きで、こんな…。美香は俺を見て言う。
「郁弥には勿体ない、こんな良い人。」
俺は美香を冴子さんから引き剥がす。
「うるせーな、俺のなんだから、離れろよ。」
美香を見送って家に入る。
「足、洗わなきゃ。」
冴子さんはそう言って俺を見上げて俺に両手を広げる。
「連れてって。」
そう言われて俺は胸がキュンキュンする。あー!もう!何なのこの人は!俺は冴子さんを抱き上げて風呂場に行く。
夕飯を食べて片付けをして、お風呂に入る。風呂から出て保湿をして、ホンの一時、涼む。
「冴子はやっぱり優しいな。」
言うと冴子さんが微笑む。
「そう?」
俺は冴子さんを背後から抱き寄せる。
「だって居場所が無いとか帰る場所が無いなんて、すごく辛いもの。」
冴子さんが俺に寄りかかる。
「こうして居場所があるとすごく落ち着くし、受け止めてくれる人が居ると強くなれるでしょう?」
抱き締めているこの人は俺が思っているよりもしなやかで強いのかもしれない。