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第12話ー当たり前の…ー

ご飯を食べて片付けをして、お風呂に入る。


「あのね、冴子。」


一緒に湯船に浸かりながら郁弥くんが話し出す。


「うん。」


郁弥くんは私を抱き寄せて言う。


「美香とは縁を切ったんだ。」


驚いて郁弥くんを見上げる。


「縁を切ったの…?」


郁弥くんは微笑んで頷く。


「うん、切った。冴子傷付けたから。」


この小さい町で縁を切るのがどれほど難しい事か、知らない訳じゃない。


「いいの?」


聞くと郁弥くんは笑う。


「別に良いでしょ。俺と冴子に関わるなって言ったから。これ以上何か言ったりやったりしたら、俺は相手が男だろうと女だろうと容赦しないって言った。」


そこで郁弥くんは溜息をつく。


「アイツはさ、昔からなんて言うか、破天荒でさ。それが良い意味なら良かったんだけど、アイツ、どんどん増長して悪い方向に行っちゃって。高校でもまぁまぁ可愛い方ではあったから、余計にね。でも都会に出ればアイツ程度の可愛さなんて普通だろ?俺も大学行って色んな人に出会ったから分かるけどさ。視野が狭かったなって実感した。」


しとしとと雨の音がする。


「傷付いて帰って来たって言ってたかな。冴子と出会う前の俺なら多分、なぁなぁで受け止めちゃったりしたんだろうけど、今はもう俺には冴子が居るから。冴子以外の女なんかどうでもいい。傷付こうが、泣き喚こうが、どうでもいい。実際、美香には泣かれたしね。」


郁弥くんが私の頬に触れる。


「美香の涙見ても何とも思わなかった。そういう自分を感じて、俺、本当に冴子の事、愛してんだなぁって思ってた。冴子が泣くとさ、こう、胸が締め付けられて苦しくて、可哀想で、愛しくて、抱き締めて、愛してるって伝えたくて堪らなくなる。」


鼻の奥がツンとする。


「ほら、また、涙。」


ポロッと涙が落ちて湯船のお湯に溶けていく。郁弥くんが私を抱き締める。


「俺、初めてだよ、こんなふうに涙する女を前にしてどうしたら良いか分かんなくなるの。」



お風呂から上がって郁弥くんが保湿をしてくれる。優しい手。温かい手。


「洗ってくるね。」


そう言って部屋を出て行く郁弥くんを見て思う。私も愛してる、郁弥くんの事を。どうしたら良いか分からなくなる程に。戻って来た郁弥くんは私と向き合うように座る。


「でね、冴子。」


何だか改まった雰囲気だ。


「俺、冴子と一緒に住みたいんだけど。」


そう言われて何だかホッとする。


「ここに越して来てもいい?」


聞かれて私は頷く。


「うん。」


郁弥くんは嬉しそうな顔で私を見て私の手を取る。


「ホントに?いいの?俺、ここに住んでもいい?」


嬉しそうな郁弥くんを見て私も嬉しくなる。


「うん。」


郁弥くんが私を抱き締める。


「やった!ずっと一緒に居られるね。」


郁弥くんの逞しい胸板に頬擦りする。


「うん。」



「何、グズグズ泣いてんのよ。」


叔母さんにそう言われて私は言う。


「うるさいな!放っておいてよ!」


叔母さんは溜息をついて言う。


「郁弥くんに何か言われたの?」


何か言われたどころの騒ぎじゃない。縁を切られた。構うな、放っておいてくれと言われた。


「郁弥くん、今の人の事、すごく大事にしてるからね。」


叔母さんが言う。


「アンタも分かったでしょ?人が大事にしてるものを傷付けたり壊そうとすれば、その人から嫌われるって。」


私は泣きながら言う。


「何で私じゃダメなの…」


叔母さんはまた溜息をついて言う。


「アンタは自分を大事にしてくれる人を大事に出来ないでしょ。すぐに調子に乗って、その人の思いの上に胡座をかくじゃない。与えるだけ、与えられるだけの関係なんてこの世に存在しないのよ。持ちつ持たれつ、自分がした事はちゃんと自分に返って来るの。それに。」


叔母さんが私の肩をポンと叩く。


「アンタは本当に郁弥くんが好きな訳じゃないでしょ。自分のものだと思ってた郁弥くんが取られたって思ってるかもしれないけど、ここにはアンタのものなんて何も無いじゃない。どうしてか分かる?」


顔を上げて叔母さんを見る。


「アンタがそうやって来たからだよ。アンタに優しくして来た人たちの思いをアンタは踏み躙って、傷付けて来たでしょ?良くも悪くも狭い町なのよ?悪い事をすればすぐに知られる。私がアンタを受け入れて家に泊まらせてあげるのはアンタが姉さんの娘だから、それだけだよ。それが無かったらアンタなんて泊めてやるもんか。それだけの事をアンタはして来たの。」


叔母さんの顔付きは厳しい。


「アンタもね、もう子供じゃないんだ。自分の事は全部自分で責任取らなきゃいけない。ここにアンタの居場所が無いのはアンタがそうやって傍若無人に振る舞って来たからだよ。何をやっても許されて来たのはアンタが子供だったからであって、今はもう子供じゃないんだから、許されない事を仕出かしたら居場所なんて無くなるんだよ。」


叔母さんは諦めたように微笑んで言う。


「ちゃんと謝って来なさい。許されなくてもちゃんと謝るの。ここに居場所が欲しいなら、だけどね。」



週末、俺は荷物をまとめて冴子さんの家に引越しをした。同僚も工場の人もみんな手伝ってくれた。冴子さんの家に集まって、引越し祝いだーなんてみんなで持ち寄りで飲み食いが始まる。冴子さんも楽しそうだ。なかなかに広い家。使っていない部屋もまだあった。それでも俺は冴子さんの使っている部屋に自分の荷物を入れた。


「今年の祭には冴子ちゃんもおいで。」


団長が冴子さんに言う。


「そうですね。」


冴子さんが微笑む。


「塚越!責任持って連れて来いよ?」


団長に言われて俺は頷く。


「はい。」



みんなが帰った後の夕方。冴子さんが台所に立って夕飯を作っている。俺はその音を聞きながら寝っ転がってすぐ横にいるマロンを撫でる。あぁ、幸せだなぁと思う。こうやって冴子さんが俺に食事を作ったりするのが当たり前になっても、俺はずっとこの幸せを噛み締めるんだろうな、と思う。そして決して胡座をかかないように、この幸せが当たり前になってもちゃんと感謝出来る俺で居なくちゃいけないなと思う。


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