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第11話ー慈雨ー

仕事に向かう。郁弥くんは心配しなくて良いからと私に言ってから仕事に出かけて行った。たくさんの愛の言葉を私にくれた。いつも心のどこかに刺さっている抜けない棘のように、私が年上だという事が負い目になっている。郁弥くんは私を愛してると言ってくれているけど、私みたいな年上の女が、前途洋々な郁弥くんの行く先を邪魔しているのかもしれないな、と思う。


「冴子ちゃん、何かあった?」


長島さんに聞かれる。


「いえ、別に。」


苦笑いしながら答えると長島さんが笑う。


「塚越の意気地無しと何かあった?」


また郁弥くんの事を意気地無しだなんて言う長島さんに笑う。


「郁弥くんとは別に…」


長島さんはそう答える私を見て少し考える。


「あーなるほどね。」


長島さんは私の肩に触れる。


「美香ちゃんだね?」


言われて胸がチクチクする。


「美香ちゃんに何か言われたの?」


言うべきか迷って、言葉を詰まらせる。長島さんは溜息をついて言う。


「あの子は昔から郁弥の事、振り回してたんだよ。こんな辺鄙な所だからね、切っても切れないとこもあるんだろうけど。郁弥がオレンジになるって言った時もあの子はそんな郁弥を笑ってたんだ、どうせなれる訳無いって。」


どうせなれる訳無いなんて、どうしてそんな酷い事を言えるんだろう。


「ここに帰って来れば昔と同じように甘やかして貰えると思ったんだろうね、でも郁弥には冴子ちゃんが居たもんだから、焦って冴子ちゃんに酷い事、言ったんだろう?」


酷い事、か。本当にそうだろうか。私の方が郁弥くんに酷い事してるのでは無いんだろうか。長島さんがふと笑い出す。


「郁弥がね、冴子ちゃんの事、聞き回って、周りに良く言ってたんだ。あんなに年上の人、俺なんか相手にしてくれないかもしれないって。だからね、頭引っ叩いてやったんだ。何もしないうちからグジグジ悩むなって。」


長島さんが言う。


「だからね、冴子ちゃん。郁弥なら大丈夫だよ。何かあったらすぐ言いな。オバチャンが成敗してやるから。」



勤務明けが待ち遠しかった。早く冴子さんに逢いたい。美香の事もちゃんと話さないといけない。本腰を入れてちゃんと話したい。そんなふうに考えながら勤務時間を過ごす。



その日の仕事を終えて帰り支度をしていると、事務所に人が入って来た。


「こんばんはー。」


ガタイの大きい人。郁弥くんの先輩の高木さんだ。


「あら、トシくん。どうしたの?」


長島さんが聞く。高木さんはニッコリ笑って言う。


「郁弥に頼まれたんですよ。冴子さん送ってくれって。」


そう言われて驚く。



高木さんと歩く。


「どうして高木さんが…」


言うと高木さんが笑う。


「郁弥も過保護だよなぁ。」


高木さんはニッコリ笑いながら言う。


「美香ちゃんと何か、色々あったんだって?」


言われて俯く。


「郁弥がさ、昨日の今日だから、また美香ちゃんが冴子さんに何か言うかもって。詳しい事までは俺は聞いてないけど、あの美香ちゃんだからね、何となく予想はつくからさ。」


“あの美香ちゃん”とそう言われて苦笑いする。


「美香さんって郁弥くんと付き合ってたって聞きました。」


言うと高木さんが笑う。


「まぁね、小さい町だからね、幼馴染みだったし、そういう事もあるよ。でも俺から見ても美香ちゃんが郁弥の事、振り回してたのは分かってたし、郁弥、優しいから全部受け入れようと努力はしてたけど、結局、郁弥の事、振ったのは美香ちゃんだから。」


郁弥くんの事を振ったのは美香さんなんだ…。


「美香ちゃんも都会に出て色々あったみたいでさ、戻って来て前みたいに郁弥に甘えたかったんだろ。でも甘えさせて貰えなくて、その原因が冴子さんだって聞いて、まぁ嫌がらせだよな。」


高木さんが笑う。嫌がらせ、か。


「でもね、冴子さん。」


言われて高木さんを見上げる。


「郁弥はさ、本当に冴子さんの事、好きなんだと思うよ。すげー大事にしてるの、伝わって来る。仕事してても訓練してても冴子、冴子ってうるせーし。」


そんなに私の事をいつも…?


「郁弥の事、信じてやって。冴子さんが郁弥の事、好きなら尚更。」



家まで送って貰ってお礼を言う。


「ありがとうございました。」


高木さんは笑って言う。


「礼なら郁弥に言ってやって。あ、それと、たまに差し入れして貰えると助かります。」


そう言って手を振って帰って行く。郁弥くんはすごく温かい人たちに囲まれているんだなと思う。



翌朝、勤務明け。俺は冴子さんの居る事務所に寄る。


「郁弥くん。」


あぁ、冴子さんだ。俺の可愛い人。堪らなくなり俺は冴子さんを抱き寄せて抱き締める。


「なるべく早く帰って来て…」


言うと冴子さんが頷く。


「うん。」


俺は冴子さんに囁く。


「今日は迎えに来るから。」


冴子さんは俺の胸板に頬擦りして頷く。


「うん。」



冴子さんから鍵を受け取って冴子さんの家に行く。付き合ってそろそろふた月。もういいかな、このふた月ずっと考えてた事を冴子さんに話してもいいかな。付き合い始めてから俺はほとんどの時間を冴子さんの家で過ごしていて、自分のアパートにはほとんど帰っていない。帰る度に色々持ち出してはせっせと冴子さんの家に運んでいる状態だ。一緒に住みたいって言ったら冴子さん、困っちゃうかな。ほとんど一緒に住んでるみたいなもんだけど。一緒に住めば冴子さんの事、何があっても守れるもんな。それにしても。美香には本当に腹が立つ。アイツは昔から自分本位で周りの人間の気持ちなんて、二の次だった。押し切られて付き合い始めたけど、付き合っててもよく他の男に色目使ってたしな。幼馴染みじゃなきゃ縁なんかとっくのとうに切れてる。今回は本当に縁を切った。冴子さんを傷つけるなんて絶対に許せない。



少し早めの時間に家を出る。また雨が降りそうだった。傘は一本で良い。相合傘でくっついて帰れば良いんだから。



「こんばんはー。」


そう言って事務所に入る。


「あら、意気地無し、迎えに来たの?」


長島さんに言われて笑う。


「そうです、意気地無し、迎えに参りました!」


敬礼すると冴子さんが笑う。長島さんも笑って言う。


「もう意気地無しじゃ無いわね。」



雨が降り始めていた。郁弥くんが傘をさして私の肩を抱く。


「あのね、冴子。」


歩きながら郁弥くんが言う。


「うん。」


言うと郁弥くんが私を優しく見下ろして言う。


「帰ったらいっぱいいっぱい話がしたいから、付き合ってくれる?」


そんなふうに言う郁弥くんが可愛い。


「うん。」



ご飯の支度をして一緒にご飯を食べる。マロンは郁弥くんの膝の上に乗ってご満悦だ。


「マロン、郁弥くんの事、好きなんだね。」


言うと郁弥くんは笑う。


「そう?まぁでも飼い主が好きな人の事、好きになるって聞いた事あるけど、どう?」


聞かれて笑う。


「それは当たりだね。」


郁弥くんが微笑む。


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