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第3話ー素敵なデートー

山上に到着しても何も無い。あるのは比較的大きな駐車場と座って休めるベンチくらい。


「降りよっか。」


塚越くんに言われて車を降りる。塚越くんはトランクからリュックを出して背負う。


「冴子さん、来て。」


塚越くんが手を出す。えーと、手を取るべき?迷っていると塚越くんが私の手を取り、手を繋ぎ、歩き出す。手を繋ぐなんて…こんな事何年ぶりだろうか。しばらく歩くと塚越くんが立ち止まる。


「見て。」


言われて見るとそこはシロツメクサの草原だった。


「うわー…キレイ…」


塚越くんは私を見下ろして微笑む。


「見せたかったんだ、ここ。」



誰も居ない、シロツメクサの草原。塚越くんはリュックから敷物を出すとそこに敷く。


「どうぞ。」


言われて敷物に座る。


「ありがとう。」


塚越くんは私の隣に座り、まだリュックをゴソゴソしている。もしかして今日の為に色々準備をして来てくれたのかもしれない。そう思うと何だか嬉しくて、そして何も用意していなかった自分が情けなかった。


「はい。」


渡されたのはペットボトルのカフェオレ。私が普段、好んで飲んでいるもの。


「ありがとう。」


ただの偶然だよね、そう思い直す。塚越くんは自分の分の飲み物を出す。ブラックコーヒー。


「…コーヒー好きなの?」


聞くと塚越くんは少し笑う。


「うん、でも勤務中は飲めないんだ。」


そういうものなのか、と思う。塚越くんが背伸びをする。


「ねぇ冴子さん。」


呼ばれて塚越くんを見る。


「ん?」


聞くと塚越くんが聞く。


「寝っ転がってもいい?」


何故、聞くのか分からなかったけれど、とりあえず頷く。


「うん。」


すると塚越くんは私に背を向けてゴロンと横になる。私の膝を枕にして。


「え、あの、」


どうしよう、でももう寝転がってる塚越くんに嫌だとも、退いてとも言えない。それに。



本当は嫌じゃなかった。



塚越くんは目を閉じて気持ち良さそうにしている。そんな塚越くんを見て、諦めにも似たそんな笑みが漏れる。可愛いな、泣きぼくろあるんだな、オレンジなだけはあって体、引き締まってて、逞しいな。


「…そんなに見つめられると穴開きそ。」


そう言われてハッとする。塚越くんは目を開けていた。


「いや、あの…ごめん、なさい。」


恥ずかしくて顔を背ける。塚越くんの手が伸びて来て、私の頬に触れる。


「良いよ、冴子さんなら。」


そして体を起こして、私に顔を近付けて言う。


「もっとずっと見ててよ、俺の事。」


そう言われて恥ずかしくて俯く。自分でも分かるくらいに顔が火照っている。


「わた、私みたいなおばさんの事、からかわないでよ。」


塚越くんの手がまた私の頬に触れる。


「冴子さんはおばさんなんかじゃ無いよ、少なくとも俺には。」


ドキドキして来る。どうしよう。塚越くんは私の後頭部を撫でるとポニーテールの髪に優しく触れる。


「こんなに髪が長いなんて、知らなかった。」


髪を一撫でして、塚越くんが離れる。塚越くんを見ると塚越くんも顔が赤かった。


「山向こうにさ、一軒だけレストランあるの、知ってる?」


聞かれて私は首を振る。


「ううん、知らない。」


塚越くんは微笑んで言う。


「そこ、予約取ったから、ランチはそこにしよ。」



車に乗る。シートベルトを締める時、やっぱり見えた。冴子さんの背中にある傷痕。一瞬だけだったけど、確かに見えた。第七頚椎の下、ケロイド状の痕。さっき草原で寝転がった後、俯く冴子さんの髪を撫でた時、チラッと見えた。背中にケロイド状の痕…火傷かな。冴子さんに何があったんだろう。



レストランに到着する。こじんまりした個人経営のレストラン。塚越くんに手を引かれてレストランに入る。


「予約した塚越です。」


店員さんが席に案内してくれる。店内は静かだった。私たち以外に数人が食事しているくらい。席について塚越くんに言う。


「良くこんなとこ、知ってたね。」


塚越くんは笑う。


「うん、調べたもん。」


私は本当に何にもしてないな、と思う。ちょっとドライブに行って帰って来るだけだと思っていたから。



食事は美味しかった。温かみがあって、家庭的。


「冴子さん、料理得意?」


聞かれて首を傾げる。


「どうかな、人並みには出来るけど。」


塚越くんは笑って言う。


「俺、料理出来ないんだよね、他は得意なんだけど。」


そして私を見て言う。


「冴子さんの作った手料理、食べてみたいな。」


優しい表情。私は照れて俯く。


「えと、あの、じゃあ今度、食べに、来る…?」


塚越くんが言う。


「うん。」


顔を上げると塚越くんは嬉しそうにしている。こんな素敵なデートに誘ってくれたんだから、お礼に手料理くらい、ご馳走しても、良いよね。私はそんなふうに言い訳する。



その後はまたゆっくりとドライブした。山向こうには小さな街があって、そこはちょっとした買い物が出来る商業施設がある。そこを二人で見て回る。塚越くんは私の手を取り、手を繋いで歩く。


「あ、ねぇ、冴子さん、こっち。」


塚越くんに手を引かれて入ったのは服屋さん。塚越くんは店員さんに話しかける。


「ショーウィンドウの靴、見せて貰えます?」


ショーウィンドウの靴?そう思っていると、店員さんが箱を持って来る。塚越くんに手を引かれる。


「ちょっと座って。」


言われて座る。塚越くんは店員さんから箱を受け取るとしゃがんで箱を開けて聞く。


「冴子さんの足のサイズっていくつ?」


足のサイズ?


「えーと23だけど。」


言うと塚越くんは箱に記載されているサイズを確認して言う。


「じゃあ大丈夫そうだね。」


そう言って取り出したのは真っ白なサンダルだった。


「履いてみて。」


言われて私は靴を脱いでサンダルを履いてみる。


「サイズ、どう?」


立ち上がって確認する。


「うん、大丈夫だけど。」


塚越くんは笑って店員さんに言う。


「これ、買います。」


え?買うの?そして私を見て言う。


「靴下脱いで履いてみて。」


靴下を脱いでサンダルを履く。塚越くんはそれを眺めて微笑む。


「うん、やっぱり今日の冴子さんにはサンダルの方が合ってると思う。」


そして店員さんに言う。


「これ、履いて帰るんで。」


え、ちょっと待って。私は塚越くんのジャケットを掴む。


「え、ちょっと待って、買うの?」


塚越くんは微笑んで言う。


「うん、俺からのプレゼント。」



ヒールのあるサンダルを履くのは久しぶりだった。塚越くんはとても嬉しそうにしている。


「すごく似合ってる。」


華奢なストラップの真っ白なサンダル。


「あの、ありがとう。」


言うと塚越くんは私の頭をポンと撫でる。誕生日でもクリスマスでも無い、何でも無い日にプレゼントなんて貰った事が無かった。あぁ、泣きそう。私は呼吸を整えて涙を抑える。



山向こうから戻って来る。雨が降り出していた。雨が降ると少し冷えるな。そう思った。家の前まで来る。


「送ってくれてありがとう。」


言うと塚越くんは切なそうな顔で私を見る。


「楽しかった?」


聞かれて頷く。


「うん、すごく。」


塚越くんは私の頬に触れる。


「良かった…」


別れ難い、それでも私はそれを振り切る。


「ホント、ありがとね。」


そう言ってドアを開けて外に出る。ドアを閉めて手を振る。窓が開いて塚越くんが言う。


「家、入って。濡れちゃうから。」



車を運転しながら、今日の冴子さんとのデートを反芻する。可愛かったな、笑うと特に。照れてる冴子さんも、顔を赤く染めてる冴子さんも。そしてハッとする。靴!車に積んだままだ。俺は車を止めて引き返す。


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