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翌日、私は真帆さんの箒に乗せてもらって、近くの山の中腹にある、お稲荷さんの奥の院に赴いた。
ここの岩場からなら、町だけでなく、その向こうの海や空も見渡せるから。
どこまでも澄んだ青い空には、一機の飛行機が飛んでいて。
その飛行機に神楽くんやアイザが乗っているのかどうかは知らないけれど、何となくその姿を眺めながら歌っていると、後ろから真帆さんが話しかけてきた。
「……本当に、行かなくてよかったんですか?」
その問いかけに、私は振り向くことなく、
「なんで?」
と口にする。
「茜ちゃん、神楽くんのこと、好きだったんでしょ?」
「さぁ、どうかな。今となってはよくわかんないや」
「どうして?」
「なんて言えばいいんだろう。あの頃、私、将来の夢や未来ってのに不安を感じていてさ。それだけじゃなくて、学生はこうあるべきだとか、女の子はこうでないといけないとか、そんな普通を求めてくる大人たちや世界に嫌気がさして、別に死んでも構わないって思ってたんだよね」
「そうなんですか?」
「うん」
私は一つ頷いてから、
「そんなときに、神楽くんが私の前に現れて、魔法が本当に存在することを知って。凄い衝撃的だった。世界には私の知らないことが実は沢山あるんだって解って、一気に世界の色が変わっていってさ。神楽くんのおばあちゃんに頼み込んで魔法使いの弟子にしてもらって。そのうち神楽くんよりも魔法が得意な自分に良い気になっていったってのも、たぶんあると思う。だんだん神楽くんへの想いが薄らいでいってさ」
「…………」
真帆さんは返事をしなかった。
けれど、私は続ける。
「最初は確かに、可愛らしい感じの男の子ってので気に入って、私から告白して、付き合うようになって。でもさ、今にして思えば、たぶん、あの頃の私って、神楽くんの魔力に惹かれていただけだったんだよね。ほら、魔法使い同士って同じ種類の魔力を帯びている人に惹かれたりするでしょ? 結局、そういうことだったんだと思うんだ。たぶん、本当に神楽くんのこと自身が好きだったわけじゃない。神楽くんの魔法使いという側面だけしか、私は見ていなかっただけなんじゃないかって思うんだ。ひどい奴だよね、私って」
「……そうですか? 私はそうは思いませんけど」
真帆さんの声は、どこか私を慰めているようだった。
普段、あれだけ悪ふざけするのが当たり前なだけに、どこかちょっと気持ちが悪い。
だからこそ、私はあえて元気なふうを装って。
「いいのいいの、そういうことで。実際、今私、魔法堂の仕事や真帆さんから教わる魔法の方が楽しくて仕方ないんだし。今さら神楽くんとどうこうなろうだなんて、全く以って思えないんだよね」
だから、と私は口にして、精一杯の微笑みを浮かべながら真帆さんに振り向いて、
「真帆さん。これからも、よろしくね」
真帆さんはそんな私に対して、
「――はい、よろしくお願いします」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
私は頷き、大きく伸びをしてから、
「まぁ、でも、やっぱり彼氏の一人ぐらいは欲しいかなぁ。真帆さんと下拂さんがいちゃつくところ見てたら、何だか羨ましくなっちゃった!」
「じゃぁ、誰か良い人、探したらいいんじゃないですか?」
軽々しく口にする真帆さんに、私は、
「あ、じゃぁ、翔くんなんてどうかな? すっごく良い子だし、真帆さんはどう思う?」
「それは母親である私が許しませんっ!」
「アハハハ、まぁ、駄目だよね。翔くんには沙也加ちゃんもいるし――」
……え?
私は思わず目を見張り、微笑みをたたえる真帆さんの顔を見つめながら、
「真帆さん、今、なんて言った?」
「ん? 何がですか?」
「今、ほら、母親が何とかかんとか――」
「はい? 言いましたか? そんなこと」
「言ったじゃん! え、なに? どういうこと? 翔くんと真帆さんって、結局どういう関係なわけ? 前から気にはなってんですけど、ただの親戚ってだけじゃないですよね? もしかして、真帆さんと翔くんって……!」
問い詰めてやろうとすると、真帆さんは口元で人差し指を立てながら、
「――秘密ですっ」
そう言って、にやりと口元に笑みを浮かべた。
それはアイザと同じような、悪い魔女のそれのようで。
「ひ、秘密って! ちょっと、真帆さん!」
「ほらほら、もう帰りますよ~」
そう口にして、先に山を下りようとする真帆さんの後ろを、私は慌てて追いかける。
「嘘でしょ? 歩いて降りるの? 箒は?」
「たまには運動も必要ですからね~。じゃぁ、お先に!」
逃げるようにして走り出す真帆さんのあとを追いかけながら、
「ま、待って! 待ってってば! そんなことよりはっきりしてよ! 真帆さん!」
私はジャンプするように、駆け出した。
……魔法百貨堂 〜歌と魔法の物語〜・了