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アイザの顔を眼にしたことによって、イライラMAXに達した私は、地を踏みしめるようにして歩きながら、神楽くんの居場所を探し続けた。
絶対に、アイザの力なんて借りるもんか!
そんな思いで、私は魔法使いのもと以外でアイツが行きそうな、かつての同級生たちの家や職場などを手当たり次第に訪ねて回ることにした。
と言っても、そっち方面でも神楽くんには親しかった同級生なんて数えるほどしかいなかったから、それほどの時間は掛からなかったのだけれど。
小学生の頃に仲が良かったと言っていた金山くんは、東京の会社に就職してしまったらしく不在。
中学生の頃によく遊んでいたらしい東くん、笹山くん、野口くんの三人はそれぞれ就職していたり大学院生になっていたりしていたが、彼らのもとにも神楽くんは来ていなかった。
それならば、と高校の頃のクラスメイト(こちらは私も接点がある)のうち、神楽くんと比較的よく遊んでいたグループの小田くん、久本くん、宮本くんの家や職場を尋ねてみたのだけれど、誰一人として神楽くんの行方は知らなかった。
私は大きな溜息を一つ吐き、駅前の噴水広場に設置されたベンチに腰掛けながら、空を仰いだ。
――本当に、神楽くんは日本に帰ってきているんだろうか?
何となく、そんなことが頭をよぎった。
そもそも神楽くんは日本には戻ってきていなくて、実はアイザによる嫌がらせなんじゃないだろうか。
だからこれだけ探しても見つからないんじゃないのか。
そんな気がしてならなかった。
もしそうなら、あの女、絶対許さねぇ!
固く拳を握り締め、ぱしんっと両手を打ち合わせたところで、
「――那由多か?」
ふとすぐそばから聞き覚えのある声がして、私はそちらの方に顔を向けた。
そこには白髪交じりの、ひょろりとしたおじさんが立っていて。
「あれ? 井口先生?」
私が高校三年生の時に担任だった、井口先生の姿がそこにはあった。
この井口先生、実は真帆さんが高校生の頃にも彼女の担任をしており、私と真帆さん、揃ってお世話になった形だ。
言ってみれば、師匠の師匠とも呼べるかもしれない。
「こんなところで何してんだ、お前」
井口先生はへらへらしながら私の所まで歩み寄ると、無遠慮にどかりと私の隣に腰掛けた。
私はそんな井口先生に顔を向けるでもなく、
「途方に暮れてるんですよ」
「途方に暮れてる? お前がか? 割といつでも全力全身、猪突猛進ってイメージだったけど?」
「……それ、いつの話をしてんですか」
「高校三年の頃。いやぁ、お前もなかなか大変だった。楸も楸でいたずらばっかして大変だったが、お前はお前で止めても止めても要らんことしてたじゃないか。ほれ、半年だけ居たアイザといつも喧嘩ばかりしてて」
「その名前、今聞きたくない」
ぴしゃりと言ってやると、井口先生は「ほう」と口にして、
「ってことは、やっぱりお前もアイザに会ったか」
「やっぱりって、先生も?」
「おう、会ったぞ。相変わらず中々に高飛車な奴だった」
それからふっと口元に笑みを浮かべて、
「神楽も相変わらずって感じだったな。ミキエさんにはまだ会ってないって話だったから、帰ったら絶対に土下座して謝れって――」
「ま、待って先生!」
私は慌てて先生の言葉を遮り、目を丸くしながらその顔を覗き込む。
「先生、神楽くんに会ったの?」
それ、本当に? 本当に先生は神楽くんに会ったの?
「え? あ、あぁ……」
それから先生ははっとしたように口元に手をやって、
「そうか、お前にも会ってないよな。そりゃそうだよなぁ」
とばつが悪そうに頭を掻いた。
「それ、いつですか? いつ会ったんです?」
「ついさっきだな。俺、またお前の通ってた高校に戻ってんだよ。ほれ、ミキエさんの今の弟子に柊つかさっているだろ? 今度はあの子の担任やってんだ」
「そんなことはどうでもいい」
「――えぇ?」
私は井口先生に詰め寄るように、
「だから、神楽くんは、今、どこに、居るんですか?」
すると先生はやや顔をのけ反らせながら、
「が、学校だよ、国戴寺高校。俺は先に帰ったけど、まだしばらく見て回りたいって言ってたから、たぶん、まだ居るはずだ……」
なるほど。
私は立ち上がり、ぱんっと両手の拳を突き合わせる。
体を母校のある方角へ向けた時、慌てたように先生に呼び止められた。
「ちょっと待て、那由多!」
「なんですか? 私、急いでるんですけど」
「おまえ、神楽に会ってどうするつもりだ? あれから六年以上たってんだぞ、今さらだろ」
「今さらですけど」
と私はふんっと一つ鼻を鳴らして。
「私の中では、ずっとくすぶり続けているんです! とにかく一発ぶん殴らないと、気が済まないんです!」
そんな私に、井口先生は噴き出すように大きく笑うと、
「そうか。そりゃぁ、仕方ないな」
「はい」
「よし、行ってこい、那由多。思いっきりぶん殴ってやれ」
「はい!」
答えて私は、跳ねるように駆け出した。