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第5話

   5


 おばあちゃんの家にも行っていないとなると、あいつはいったいどこで何をしているのだろうか。


 私はいつもの散歩コースである川沿いの遊歩道を歩きながら、思案にふけっていた。


 他に何か手掛かりがあればいいのだけれど、正直神楽くんと接点がありそうな魔法使いなんて他に思い浮かばない。


 それほど神楽くんは他の魔法使いとの付き合いも希薄だったし、私が居なければコミュニケーションを取ろうとすらしないような男だったのだ。


 同じ魔法使いである友達なんて、彼には私のほかにはアイザしかいなかった。


 ……こんなことなら、せめてアイザの連絡先くらい聞いておけばよかったか。


 そんなことを考えたりもしたが、すぐに『冗談じゃない!』と首を大きく横に振る。


 あんな性悪女の連絡先なんて、知りたくもない。


 なるべくなら、二度と会いたくない女ナンバーワン。


 高校三年の半年間、アイザとはいつも喧嘩ばかりしていたけれど、よくよく考えてみれば怒っていたのは私ばかりでアイザはそんな私を小馬鹿にするようにあしらっていただけだった。


 あの余裕しゃくしゃくな態度が、思い返しても苛立たしい。


 何だか無性に胸のうちがムカムカしてきて、私は溜まらず川辺の方に体を向けると、

「ふざけんな! あのくそ女ぁぁあ!」

 腹の底から、大きな叫び声を上げていた。


 対岸のビルに反響した私の声がこだまする中、

「――酷くない? 人のこと、くそ女だなんて」

 突然後ろから声がして振り向くと、そこには足を組んでベンチに腰掛けるアイザの姿があったのだ。


 私は驚きのあまり目を丸くして、

「あ、アイザっ?」

 と思わずたじろぐ。


 アイザはその口元にニヤリと笑みを浮かべながら、

「まぁ、別にいいけどね。私も茜のこと、大嫌いだから」

 立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。


 それからまじまじと私の顔を眺めてくるので、私は眉間に皺を寄せながら、

「……なによ」

 と邪険な顔で口にした。


 アイザは「別に」と小さく口にして、

「茜が夢矢に会いたがってるって聞いたから、わざわざ来てあげたんじゃない」


 その言葉に、私ははっとして、

「それ、誰から聞いたの?」


 するとアイザは空を指差しながら、くるりと人差し指を一回転させて、

「風」


「――風?」


「そう、風のうわさにそう聞いたのよ」


 その途端、びゅうっと強い風が私とアイザの間を駆け抜けていった。


 後ろで束ねた私の髪が、激しく揺れながらもてあそばれる。


「……なるほど」

 私はアイザが風使いであることを思いだした。


 私が歌の魔法を得意としているように、アイザは風を使った魔法を得意としている。


 いったい、その風で何をするのか私には解らないし、興味もないけど。


 けれど、確か風に乗せて人々のうわさを集めるなんて魔法があったはずだ。


 たぶん、アイザはその魔法を使っていたのだ。


 でも、ということは。


「まさか、私のことをずっと見てたの?」


「さぁ? どうかしら。見ていたとしてもそれは私じゃない、風よ」


 アイザは答えて、その口裂け女の如き大きく裂けた口と、真っ赤な唇を不気味に釣り上げた。


 さすがは悪い魔女だ。サマになっている。可愛い私にはとても真似できそうにないし、真似したいとも思わなかった。


「茜、アナタまた失礼なこと考えてる?」


「いいえ、別に?」

 アイザから視線を逸らしながら私は答えた。


 今日もいい天気だ。もう面倒くさいから神楽くんの事なんて探すのやめようかな、なんて心にもないことを考えていると、

「案内してあげてもいいわよ」


 アイザがそう口にして、私は首を傾げる。


「……案内?」


「夢矢に会いたいんでしょ? 私が連れて行ってあげるわ」


「まさかまさか、誰があんたなんかに」


「へぇ、いいの、本当に?」

 口元に手をやりながら、アイザはふっと笑みをこぼして、

「この機会を逃したら、もう神楽くんには会えなくなるわよ?」


「――どういうこと?」


「もう日本に帰ってくる気はないってことよ」


「は?」


 それ、どゆこと?


「今回はね、日本に残してきた夢矢の大事なものを取りに来ただけ。それさえ手に入れれば、すぐにでも日本を発つつもりよ」


「大事なもの? 何それ」


「さぁ? 何でしょうね?」

 とアイザはすっと手をかざして、

「まぁ、気が変わったら私の名前を呼びなさい。風が私まで届けてくれるから。今日一杯は待っててあげる」


 そう言い残すと、ひらひらと掌を動かして周囲に風をまとい、そのままどこかへ飛んで行ってしまったのだった。


 私はそんなアイザの姿を眺めながら、

「――箒、要らないんだ」

 どうでもいい言葉を、口にした。

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