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「それで、うちの店を探し当てた、と」
目の前の若い女はそう口にして、感心したように息を吐いた。
長く茶色い髪を後ろで束ね、露になった耳元にはハートのピアスをつけている。
白のワイシャツに身を包み、履いているのはデニムのパンツ。
歳は二十代の初めくらいだろうか、恐らく孫より年下だろう。
「……物持ちの良い妻でね。当時の見合いの写真や相手方の連絡先を、いまだに大切にとっていたんだ。そこから見合い相手だった男の住所と名前を頼りに、ここまで来たというわけだ」
言って、私はもう一度店の中を見回した。
随分古い建物だが、ちゃんと手入れが行き届いているのか実にしっかりとした柱や梁だ。
彼女の背後に見える陳列棚も見るからに古めかしく、その棚に綺麗に収められた扇や眼鏡、懐中時計や沢山の瓶などが怪しく光り、その不思議な雰囲気をより醸し出していた。
一見すると古物屋のようでもあり、怪しげな薬屋のようでもあり――魔法百貨堂という看板を掲げている通り、どこまでも怪しげな店だった。
私はなんとも胡散臭く思いながら、
「君は――その、楸加帆子さんのお孫さんなのかい?」
と彼女に訊ねた。
すると彼女は小さく手を振り、
「あ、いえ。私は住み込みでバイトをさせてもらっている那由多茜っていいます。今は留守にしてますけど、オーナーの真帆さんが加帆子さんのお孫さんですね」
住み込みのバイト? 少なくとも、バイトを雇えるくらいには繁盛しているらしい。
いったい、どんな奴らがこんな怪しげな店に来るのだろうか。
などと思いながら、私はさらに訊ねた。
「それで、加帆子さんは?」
その問いに、那由多さんはどこか申し訳なさそうに首を横に振りながら、
「十年以上前に亡くなられました。その――奥さんのお見合い相手だった旦那さんも、二年ほど前に」
「あぁ、いや、それも仕方がない」
心のどこかで、そうだろうな、とは思っていたのだ。
「私ももう、八十をとうに超しているからね。明日は我が身、かな」
「い、いえ。そんな――」
あからさまに答えに窮している那由多さん。
困らせるつもりはなかったのだが……
私は眉を寄せて愛想笑いをする那由多さんに、
「では、お孫さんの真帆さんはいつ頃お戻りに?」
「す、すみません。ちょっと遠方に行ってまして。いつ戻るか解らないんです」
「遠方? ご旅行ですか?」
「出張です。遠方の依頼人の所まで」
「この店は、そんなことまでしているのかい? 魔法を届ける?」
「えぇ、はい」
那由多さんはこくりと頷き、
「なので、私で良ければ代わりに奥さんの所までお伺いしますが」
「……」
私はその申し出に対して、どう答えたら良いものか、少しばかり考えた。
妻が会いたがっているのは恐らく加帆子さんだった。
しかし、その加帆子さんはもう亡くなられている。
妻の願いを叶えるとしたら、やはりせめてお孫さんの真帆さんに合わせるべきだろう。
けれど、その真帆さんは出張で遠方に行っていていつ戻るかわからないという。
代わりにバイトである彼女が来てくれるというが、果たしてそれで良いのだろうか?
そもそも彼女は――
「君も、魔女なのかい?」
その問いに、那由多さんは小さく頷き、
「えぇ、一応」
「……一応?」
「すみません。私、まだ修行中の身なんです。ですが、店を任されているくらいには魔法が使えるとは思っていただいて差し支えありません」
「例えば、どんな魔法が使えるんだい? 私を空に飛ばしてみせたりとかできるのか?」
「……はい」
「試してみてくれ」
彼女は少し逡巡してから、不意に店の天井に目を向けた。
私もつられて天井を見上げる。
そこには太い梁が通っていて、
「んんっ?」
白い大きな鳥が一羽、その梁の影から姿を現したのだ。
あれは――インコか? それにしては妙に大きい。オウムか何かだろうか。
その鳥の羽は光を反射してわずかに虹色に輝いており、那由多さんの視線に築くとバサバサと翼をはためかせてカウンターの上に降り立った。
「どうしよう、キコ」
と鳥に訊ねる那由多さん。
おいおい、鳥に訊ねてどうするんだ。
鳥が答えてくれるわけないだろう、と思っていると。
「――いいんじゃないかしら、試してみれば」
突然、鳥が人の言葉を口にしたのである。
いや、鳥が人の言葉を口にしているところだけなら、これまでの人生で何度も見たことがある。
けれど、ここまで流暢に言葉を操る鳥など見たことがなかった。
「鳥が、喋った……」
思わず口にすると、鳥は、
「こんにちは。私はキコ。この子のパートナーよ」
ご丁寧に頭を下げ、挨拶までしてくれる。
「あ、あぁ……」
正直、開いた口が塞がらなかった。
今、俺は、この鳥と会話をしたのか?
この鳥は、本当に自分の意思で喋っているのか?
訓練されたわけではなく? 芸なんかじゃなくて?
思わずまじまじと鳥――キコを眺めていると、
「では、少しだけ、お客様の身体を浮かせてお見せします」
那由多さんはそう口にして、不意に私の方に右手をかざした。
それから聞いたこともないような言葉を小さく口にすると。
「ん? お? おおっ!」
私の身体を小さな風が包み込み、ふわりと足の裏が宙に浮いたのである。
そんなに高く浮いているわけではないのだが、
「おっ、おおっわ!」
思わずバランスを崩して後ろに倒れそうになる。
するとまるでクッションのように、ふわりと風が私の背中を優しく支えてくれた。
と同時に那由多さんはかざしていた右手を下げ、大きくため息を吐いてから、
「これで、私も魔女だってこと、信じていただけましたか?」
そう言って、にっこりと微笑んだ。