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茜さんに抱っこされたまま向かった先は、魔法百貨堂にほど近い、大きな灰色のマンションだった。
茜さんはマンションの前で上の階を見上げながら大きなため息を一つ吐くと、意を決したようにマンションの玄関を抜けて中に入った。
目の前のエレベーターに乗り込むと、七階のボタンを押す。
ウィーンという音と共にエレベーターが上昇し、再びドアが開くとそこには7という数字のプレートが取り付けられていた。
茜さんは恐る恐るといった感じでエレベーターから外へ足を踏み出す。
向かった先は廊下の先のどん詰まり。
そこにはぼんやりとした魔力の影があって、近づくにつれて次第に明確な玄関扉となって僕らの前に現れた。
「……ここに、お姉さんがいるの?」
僕が顔を上げながら訊ねると、どこかこわばった表情の茜さんは「うん」と小さく頷いた。
それから大きく深呼吸を繰り返し、やがて震える指先でインターホンのボタンを押した。
ピンポーンという電子音がして、
「――はい」
聞こえてきたのは、わずかにしわがれたような女性の声だった。
「あ、あの、私……」
言いよどむ茜さん。
いったいどうしたんだろう、と思っていると、
「ちょっと待っててね」
と音声が途切れ、玄関扉の奥からパタパタと小さな足音が聞こえてくる。
がちゃりと鍵が外されて扉が開き、姿を現したのは、小柄な年老いた女性だった。
茜さんよりもさらに輝くような魔力を帯びていて、嬉しそうににっこりと微笑みながら、
「……久しぶりね、茜ちゃん、元気だった?」
茜さんは困ったような表情を浮かべながら、
「……はい。ご無沙汰してます、おばあちゃん。あと、ごめんなさい」
「ううん、元気ならいいのよ」
ふふふっと上品に笑いながら、お婆さんは僕に顔を向け、
「あらあら、可愛い狸さん。ほら、つかさちゃん」
と背後に声を掛けて。
「――あっ」
僕の大好きな、あのお姉さんの姿がそこにはあった。
お姉さんは僕の姿を眼にすると、あの時のような優しい微笑みを浮かべながら、
「――また会ったね、君」
と僕の頭を撫でてくれた。
「……えっ」
驚きのあまり眼を真ん丸くしていると、
「彼女――柊つかさちゃんはね、実は魔女だったの」
茜さんが、そう教えてくれた。
「真帆さんがね、もしかしたら、コタローくんが女の子に惹かれたのは、魔力によるものなんじゃないかって、そう思ったらしいの。そこでこの近辺に住んでる魔法使いの女子高生を全魔協に問い合わせて調べてもらったら、柊さんにいきついたんだって」
僕はお姉さんの顔をまじまじと見つめながら、
「……お姉さんが、魔女」
と小さく呟いた。
するとお姉さんは、
「正確には、まだ修行中だけどね」
と、はにかむように小さく笑った。
僕はそんなお姉さんに、思わず訊ねる。
「もしかして、最初から僕のこと、狸だってわかってたの?」
するとお姉さんは小さく首を横に振って、
「最初からじゃないよ。だけど、もしかしたら、とは思ってた」
僕は激しい胸の高鳴りを感じながら、じっとお姉さんの顔を見つめた。
お姉さんも僕の顔を見つめながら、優しい笑みでずっと頭を撫でてくれる。
そんな僕らの姿を見て、お婆さんは微笑みながら、
「つかさちゃん、この狸さん、コタローくんをパートナーに選んだらどうかしら」
「――えっ?」
僕はその言葉に、思わず目を丸くする。
パートナー? それって、どういうこと?
首を傾げる僕に、茜さんは、
「魔法使いはね、ある程度修業を積むと、魔力を持った獣と契約して彼らからより強い魔力を得ることがあるの。それは猫だったり、犬だったり、鳥だったり。色々な動物を自身のパートナーとして、その後の生活を共にする」
それからその説明を引き継ぐように、お婆さんが、
「そうすれば、ずっと一緒に居られるでしょう? つかさちゃんはどう?」
言ってお姉さんに顔を向けた。
それに対して、つかささんはこくりと頷くと、
「実は、初めて会った時から、気になっていたんです。なんて言えばいいんだろう。魔力的にフィーリングが合った、そう言えばいいのかな。私もどうしていいかわからなくて、あの時はサヨナラしちゃったけど……」
と、それから僕に顔を近づけて、
「コタローくん。あなたさえよければ、私のパートナーになってくれる?」
僕はお姉さんのその言葉が嬉しくて嬉しくてたまらず、目頭が熱くなってきた。
居ても立っても居られなくて、茜さんの腕から身を乗り出して。
「――も、もちろん!」
嬉しさのあまり、つかささんの胸に飛びこんだ。