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「……なるほど」
と真帆さんは口元に手をやると、ふんふん頷きながら、
「つまりあなたは、人間になってその女の子と結婚したい、と」
「――はい」
僕は頷く。
真帆さんは困ったように眉を寄せて、
「それは……なかなか難しい問題ですね」
僕はその言葉に落胆し、床に視線を落とした。
胸がギュッと締め付けられて、息ができなくて。
涙が零れ落ちそうだった。
それを必死にこらえていると、
「――そんなに、その子のことが好きなの?」
茜さんが僕のところまで歩み寄ってきて、顔を覗き込んできた。
僕は「うん」と頷き、僅かに溢れた涙をぬぐう。
それを見て、茜さんは眉を寄せながら真帆さんに顔を向けて、
「何か方法はない? 真帆さんにできなくても、それができそうな他の魔法使いとか……」
「そう言われましても」
と真帆さんは依然困ったような表情で、
「先ほども言いましたけど、生まれ自体を変えることができるとは思えません。身体そのものを手術か何かで人に変えるにしても、それこそブラック・ジャックにしかできないんじゃないでしょうか。少なくとも、私はそんなことができる人も魔法使いも知りません」
僕たちの間に、長い沈黙が流れた。
誰も何も言わなかった。
言えるはずもなかった。
僕は、それだけ無茶なことを願っているのだ。
それがその場の空気からひしひしと感じられて、それがまた僕の心を締め付けた。
「……わかりました」
僕は溜息を吐き出すように口にして、大きく肩を落としながら、
「無理を言って、ごめんなさい」
それから二人に背を向けて引き戸に手を掛けたところで。
「あ、待って!」
茜さんに呼び止められて、僕は振り向く。
「はい?」
それから茜さんは僕のところまで歩み寄ると、
「……何とかしてみる」
「えっ!」
「――えぇっ?」
その一言に、僕も、真帆さんも呆気にとられた。
「確かに、人間になれる魔法なんて私も真帆さんも知らない。だけど、知らないってだけで、もしかしたらこの世のどこかにはあるのかもしれない。誰かが知っているかもしれない。何もせずに諦めるなんて、私はイヤ」
だから、と茜さんは僕の肩に手を置いて、
「私に協力させて」
力強い視線で言われて、僕は、
「え……でも」
と二の句が継げない。
真帆さんも困ったように頬に手をやりながら、
「……茜ちゃんがそうしたいって言うのなら、私は止めません。茜ちゃんの言う通り、私たちが知らないだけで、この世のどこかにはあるのかもしれませんし。けれど、私にもこれから別の用事があるので、今は力になることができません」
そうですね、と少し考えてから真帆さんは一つ頷き、
「一度、全魔協に問い合わせてみます。それっぽい魔法が使えそうな人がいないか訊いて、もしいればすぐに茜ちゃんに連絡します。それまでの間、茜ちゃんも知り合いの魔法使いさんたちに訊ねて回ってみてください。もしかしたら、何かヒントが得られるかもしれませんし」
「……ありがとう、真帆さん。ごめんね、勝手なこと言って」
軽く頭を下げる茜さんに、真帆さんは「いいえ」とかぶりを振り、
「私、茜ちゃんのその諦めの悪さ、好きですよ。ぷぷっ!」
「――そこで噴き出し笑いなんてしないでよ、真帆さん」
茜さんも、呆れたように笑うのだった。