「結婚式、どうでした?」
「すっごい良かったですよ。リノアも本当に綺麗だったし、幸せそうでした!」
実は近藤さんの結婚相手が小中の同級生だったってことに気づいたのは、式で披露する歌の打ち合わせで式場を訪れたその時だった。
まさか近藤さんのお相手が昔の友人だとは思わず、あの時はリノアと二人してきゃっきゃっはしゃいでしまい、近藤さんを置いてけぼりにして申し訳なかった。
今日の昼間に執り行われた結婚式や、その後の披露宴で目にしたあの二人の幸せそうな姿を思い出していると、
「私もあこがれちゃうなぁ、ウェディングドレス。真帆さんは?」
と、思わずそう口に出していた。
真帆さんは澄ました顔で福福饅頭を手にすると、
「私は、結婚する気はないですからねぇ」
特に何も、と素っ気ない言葉を返してきた。
まぁ、真帆さんはそもそも男に興味ないからなぁ。
私もお饅頭を手に取りながら、
「私は、いつかは結婚したいなぁ」
そう口にすると、真帆さんはニヤリと意地悪な笑みを浮かべて、
「――あれから、夢矢くんと連絡は?」
嫌な男の名前を口にする。
私はちょっとムッとしながらお饅頭をひと口齧り、
「あるわけないでしょ! あと、あいつの話はもうしないで!」
「あらあらあら」
と真帆さんはぷぷっと笑った。
他の女とどこかへ行ってしまった元カレの名前なんて、聞きたくもない!
ただただ腹立たしいだけだ。
今頃どこで何をしているのか知らないけれど、もう私とは何の関係もない男なのだ。
……。
………。
…………。
「強がっちゃって。本当は気になってるくせに」
真帆さんのそんな呟きなど、右から左に聞き流してやる。
けれど、あまりにもその言葉が憎々しくて、目の前のお饅頭をむしゃむしゃ自棄食いしてやった。
「あ、ひどい! 私まだ一個しか食べてないのに!」
慌てたように手を伸ばしてくる真帆さん。
「罰としてこれは私が全部貰います!」
言って私は、その手をぱちんっと払いのけた。
そこへ、
「――お風呂、空いたよ」
翔くんが頭をタオルで拭きながら居間に入ってくる。
それから私たちを見比べて、
「なに? どうしたの?」
と眉を寄せた。
そんな翔くんに、真帆さんは私に叩かれた手をさすりながら、
「ひどいんですよ、茜ちゃんったら! 私がせっかく翔くんの為に買ってきた福福饅頭を独り占めするって!」
よよよっ、とわざとらしく泣きまねをする真帆さんに、翔くんは肩をすくめて、
「……いいよ、別に。俺はいらないから」
「ええぇっ!」
その言葉に、真帆さんは途端に目を見開いて、
「夏に買ってきたときは美味しい美味しいって食べてくれてたじゃないですか!」
「いや、だからって、別に今食べたいわけじゃぁ――」
けれど、目を潤ませる真帆さんのその顔に、翔くんはため息を一つ漏らすと、
「わかった、食べるよ。茜さん、ひとつちょうだい」
困ったようにこちらにやってくる翔くんに、私はお饅頭を一つ手渡した。
ぱくりと口にするその姿を見て、真帆さんは満足したようにうんうん頷く。
なんだ、この光景は。おばあちゃんと孫かよ。
なんて思いながら、私は横でふた口めを頬張る翔くんに目をやった。
この一年間で、翔くんは随分背が伸びていた。ここへ来たときはまだ私と同じくらいの背しかなかったのに、今では十センチ近くも差ができている。
顔立ちも、如何にも大人っぽい雰囲気に成長してきたなぁ、と改めて感心してしまった。
きっと親戚のおじさんやおばさんも、私が翔くんくらいの時は同じようなことを感じ、口にしていたのだろう。
……どうりで私も歳をとるわけだ、なんて思うこと自体がなんだかおばさんになったような気がして、私は頭を振ってその考えを払いのけた。
それから話題を戻そうと翔くんに顔を向け、訊ねる。
「翔くんは、結婚とか考えたりする?」
あまりに唐突な質問だったからだろう、翔くんは眼をまん丸くしながら私に振り向き、
「な、なんだよ、いきなり」
「いやほら、沙也加ちゃんと仲いいでしょ? 今でもよく表に来てるじゃない」
「……あの人は学校の先輩で、同じ本好きってだけで、そんなことは……」
途端にたじたじになる翔くん。
その様子に、私は「お?」と思わず口元をニヤリと歪め、
「でもよく一緒に映画を観に行ったりもしてるよね? それってデートじゃないの?」
「だからってそれは……」
あたふたと手を振り、視線を泳がせ始める翔くん。
いいねぇ、うぶいねぇ。
私は「ふ~ん?」と顎に手を当て、
「まぁ、そういうことにしておきましょうか」
「な、なんだよ、からかうのはやめてくれよな!」
頬を赤く染めながら口にする翔くんは、やっぱりまだまだどこか幼くて。
けれど、そんな私たちのやりとりを、何とも言い表しにくい微笑みで見つめる真帆さんの姿が目の前にあって。
……何だろう?
翔くんの姿をぼんやり見つめながら、どことなく落ち着かない様子に見えるのは気のせいだろうか?
翔くんもそれに気づいたらしく、
「なんだよ真帆ねぇ、そんな顔して」
と唇を尖らせた。
真帆さんはふと小さく身を震わせると、
「あ、いいえ~、なんでもありませんよ~。さて、私もお風呂に入ってきますね~」
そう言い残して、そそくさと廊下に出ていった。
その普段とは少し違った様子に、私と翔くんは思わず顔を見合わせる。
「どうしたんだろう、真帆ねぇ」
「さぁ……?」
もしかして、真帆さんにも何か思うところがあるんだろうか?
そういえば真帆さん、結局翔くんのことをどう思っているんだろう。
恋愛感情の好きっていうより、姉と弟、どうかすると、どこか母親のような――?
「まさかね」
私はそう独り言ちて、ずずっとお茶を口に含んだ。
……さんにんめ 了