6
沙綾に別れを告げて、早々についたその帰り道。
僕はもう一度、魔法百貨堂を訪ねた。
古本屋を抜けてバラ園を通り、あの古い日本家屋の引き戸を開ける。
「いらっしゃいませ。どのような魔法をお探しですか?」
言いながら、にっこり微笑む茜さん。
その姿を目にした途端、僕の目から大量の涙が溢れてきた。
ここまで泣くのを我慢していた自分を、誰かに慰めて欲しかった。
「え? え? なに? どうしたの?」
慌てた様子で茜さんはカウンターから出てくると、僕のところまで駆け寄り、
「……何かあった?」
眉を寄せながら、僕の顔を覗き込む。
僕は泣きじゃくりながら、キーホルダーを沙綾に渡したこと、けれど沙綾は中島くんのことが好きで、そんな沙綾に自分の分のキーホルダーも渡してしまったこと、他にも色々と嗚咽を漏らしながら茜さんに訴えた。
正直、自分自身でも何を言っているのか解らなかった。
ただ感情の赴くままに、今まで喉につっかえていた全部を、まだ数度しか会ったことのない茜さんに吐き出す。
叫ぶように、罵るように。
茜さんはそんな僕を、優しく抱きしめてくれた。
頭を撫でられながら、僕はその胸に顔を埋める。
そして赤ん坊のように、ただただ泣き続けた。
やがて茜さんは、何処の言葉かわからない歌を歌い始めた。
とても柔らかくて、温かいその歌声に、僕の心は次第に癒されていく。
僕の中に淀んでいた気持ちが、まるで霧のように晴れていくのが感じられた。
何だろう、この不思議な歌は。
なんだか、とても……
そしていつしか、深い眠りに落ちていた――
ボーン、ボーン。
低い音が鳴り響いて、僕はうっすらと瞼を開けた。
いったい、どれくらいの間こうしていたのだろう。
ぼんやりとした視界が、次第にはっきりとしてくる。
そしてすぐ目の前に、大きな鳥の顔があって、
「っぎゃ―――――!」
『ギャアァ――――!』
僕と鳥の叫び声が、見事に重なる。
「あ、目、覚めた?」
カウンターの向こう側から訊ねる茜さんに、僕は驚きでバクバクいっている胸を押さえながら、
「は、はい……」
とこくこく頷いた。
店の隅に置かれた大きなノッポの古時計。
その横の椅子の上で、僕はブランケットを掛けられた状態で座っていた。
泣き腫らした瞼が、いやに重い。
僕はブランケットを背もたれに掛け、大きく伸びをした。
なんだか妙に心が軽かった。
あれだけ大きな声で泣きじゃくったのだ、それも当たり前のことだろう。
それとも、茜さんのあの歌のおかげだろうか。
僕は椅子から立ち上がり、ふと時計に目を向けた。
午後七時。そろそろ帰らないと、お母さんが心配する時刻だ。
思いながら、足元に置かれた鞄を持ち上げると、
「……もう、いいの?」
茜さんが、何だか申し訳なさそうに訊ねてきた。
僕は一つ頷いて、
「はい。もう、大丈夫です」
はっきりと、そう口にした。
今でも沙綾のことを思うと何だか寂しくなるけれど、もう、涙は出てこなかった。
だからたぶん、大丈夫。
茜さんは少し目線をそらしながら、
「……ごめんね。力になれなくて」
「そ、そんなことないです」
僕は首を横に振る。
「僕の方こそ、何だか恥ずかしいです。あんなに泣きじゃくって、赤ん坊みたいで。だけど、茜さんはそんな僕を優しく抱きしめて、歌って慰めてくれたじゃないですか。僕は、それだけで十分です」
それは嘘偽りない、僕の本当の気持ちだった。
茜さんは「うん」と小さく口にすると、
「もし、次に何か困ったことがあったら、今度こそ魔法で何とかしてあげるから、その時は、また来てね」
「はい」
僕は頷く。
茜さんもそれに答えて頷くと、あの優しげな微笑みを浮かべながら、
「――じゃぁ、またね」
言って、僕に小さく、手を振った。