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翌朝、驚いたことに沙綾が僕を迎えに来た。
高鳴る心臓を必死で抑えながら、「おはよう」と微笑む沙綾に僕は訊ねる。
「あ、朝練は? 大丈夫なの?」
「今日は、まぁね。朝練って言っても、どうせ軽くジョギングするだけだし」
それより早く行こうよ、そう言って急かす沙綾に、僕は急いで通学鞄を手にすると、家族に「いってきます」と一声かけて、足早に家をあとにした。
他愛もない会話を交わしながら、二人並んで歩き慣れた通学路を進む。
僕は沙綾の話に耳を傾けながら、けれど例のキーホルダーを渡すために、どのタイミングで大会の話を振ればいいだろうか、とそのことに悩んでいた。
茜さんはさも簡単そうに言っていたけれど、こうやって沙綾と漫画や動画の話をしている最中に、いったいどうやって話題を変えればいいのかがわからない。
悩みというのは、どうしてこうもあとからあとから湧いてくるんだろう。
沙綾があまりに楽しそうに話をするものだから、僕はその話の腰を折ってしまうのも悪い気がして、いつしか気付くと、通学路の半分以上を過ぎていた。
早く話題を変えてキーホルダーを渡さないと、このままだと学校に着いてしまう。
若干の焦りを覚えながら、それでも何とか沙綾の話が終わった隙を見て、僕は口を開いた。
「あ、あのさ、沙綾。もうすぐ大会が――」
と、その時。
「お! 倉敷! おはよう!」
不意に後ろから声がして、僕は思わず口を噤んだ。
沙綾と一緒に後ろを振り向けば、そこには中島くんの姿があって……
なんで、どうしてこんな時に――!
忌々しく思っている僕とは対照的に、沙綾は満面の笑みで、
「あ、おはよう!」
言って片手をあげる。
パチン、と軽い音とともに交わされるハイタッチ。
中島くんも友達と一緒に登校していたのだろう、そのまま僕たちの脇を大股で追い抜いていくと、「また部活でな」と手を振って行ってしまった。
僕は邪魔が入ったことに苛立ちつつ、もう一度沙綾に話掛けようとして、
「――あっ」
小さく、声にならない声を漏らした。
沙綾はどこか心ここにあらずといった様子で、先を歩く中島くんの背中を、ぼんやりと見つめていたのである。
頬を僅かに染めながら、どこか寂しそうな眼差しで。
そんな沙綾の表情を目にした途端、急に僕の胸を激しい痛みが襲った。
思わず胸を抑え、立ち止まる。
「と、トモ、どうしたの、大丈夫?」
僕の様子に気づいた沙綾も立ち止まり、心配そうに顔を覗き込んできた。
咄嗟に僕は、胸からお腹に手を移動させて、
「き、急にお腹が、痛くなって――」
「え、大変。どうしよう、そこのコンビニに寄ってトイレ借りる?」
「う、ううん。だ、大丈夫、もうすぐ学校だし……」
「そう? 無理しないでね?」
「う、うん……ありがとう」
そんな会話をしているうちに、いつの間にか胸の痛みは消え去っていた。
僕はけれど、そのままお腹を押さえたまま、沙綾と一緒に学校までの道のりを、ただただ歩き続けた。
結局、キーホルダーを渡せないまま。