「それで、あのキーホルダーはちゃんと渡せた?」
カウンターの向こう側に回りながら、茜さんは笑顔でそう訊ねてきた。
それに対して、僕はしどろもどろになりながら、
「えっと、そ、それが、その――」
ん? と首を傾げる茜さんに、僕は昨日の顛末を話して聞かせる。
その間、茜さんは黙って僕の話を聞きながら、何度もうんうん頷いていた。
やがて茜さんは「ふうん」と口にすると、
「そっか、渡せなかったかぁ」
残念だったね、と同情するような顔をする。
けれど、次の瞬間にはぱっと笑みを浮かべ、
「あ、でも昨日はそのお陰で一緒に家まで帰れたんでしょ? 良かったじゃん! 一歩前進だよ!」
その言葉に、僕は思わず眼を見張った。
そんなこと、考えもしなかったからだ。
「えぇ? でも、渡せなかったったんじゃぁ、意味が……」
「そんなことないって!」
茜さんは首を横に振り、
「どんなことであれ、倉敷さんと一緒に帰れたんだから喜ばないと! プラス思考プラス思考!」
そう言って、ぱちぱち両手を叩く。
……ううん、どうなんだろう。
うまく丸め込もうとしているような気がしなくもない。
「でも、そっか。まずはそれを渡す勇気からかぁ……」
言って茜さんは人差し指を頬に当てる。
「な、何か、いい方法――魔法はないですか?」
そうだなぁ、と茜さんはしばらく目をつむり、
「……なくはないけど、どうだろう?」
小首を傾げ、僕の顔に目を向けた。
「え?」
どうだろうって、どういう意味?
「何でもかんでも魔法に頼るより、ある程度は自分の力でやった方が良いんじゃないかなぁって、私は思うんだよね」
その言葉に、僕はなんだか突き放されたような気がして、思わず一歩あと退り、下を向く。
すると茜さんはちょっと慌てた様子で、
「あ、ごめん! そういうつもりじゃなくて! ほら、私も真帆さんも、結構言いたいことは言っちゃうタイプの人間だからさ、ついつい軽いこと口にしちゃってた。ごめんね?」
「あぁ、いえ……」
僕はゆっくりと顔をあげ、眉を寄せて申し訳なさそうに両手を合わせる茜さんの顔に、ちらりと視線を向けた。
やっぱり、これだけ容姿の良い人なら、何を言っても許されるんだろうな。
それに引き換え、僕は――
「じゃぁ例えばさ、きっかけがあればどうかな?」
「きっかけ?」
うん、と茜さんは頷く。
「一日中ずっと倉敷さんと話せないわけじゃないんでしょ? 授業の合間の小休憩とか、移動教室の時だとか、ちょっとでも時間はあるんだよね? だったらその時にさ、その大会の話をするの。で、一位になるのを願って、って感じでキーホルダーをプレゼントする。必勝祈願のお守りってことで。ね、変に意識して言葉探しをするより、大会をきっかけにして渡しちゃえば簡単でしょ?」
どう? と笑う茜さんに、僕はなるほど、と納得した。
それなら僕にも出来そうな気がする。
わざわざ変にキーホルダーを渡す理由や言葉を探すより、ずっと簡単そうだ。
「た、たぶん、それなら……」
僕が頷くのを見て、茜さんは改めて小さく微笑んだ。
「じゃぁ、がんばってね!」
僕はその笑顔に見送られながら、魔法百貨堂をあとにした。