ようやく俺の話が終わった、そのはずだったのに……。
「ネオには編入という形を取るわ。保護もできるから不服はないでしょう?」
保護ってことは俺を狙う輩がいるってことだ。
普通に考えれば魔王と相対関係にある人物――所謂、勇者とかになるのだろう。
ここは素直に聞くべきかもしれない。
「俺が魔王の器だっていうことは……狙ってくるのは勇者、とかですか?」
アニメや漫画だと勇者が魔王を倒すなんてストーリーは王道だからな。
「よく勉強しているわね。そうよ、いずれあなた自身と器を育てたリリスを始末しにくるでしょう。それまでにこの学園で最低限、己の身は己で守れる程度の実力は付けなさい。ねぇ、転生者君」
「頑張ります」
今、転生者って言ったよな?
まさかここでそのワードが聞けるとは。
だが、俺の正体というか、こことは別の世界から来たってことを知っているのか?
そんなわけない、とは言い切れないか。
ここは魔術みたいな不思議な力がある世界だ。
よくある《|解析鑑定《かいせきかんてい》》みたいな能力が存在するなら、俺が転生者だと見破られてもおかしくない。
「すいません、今、確か転生者って――」
「さて、二人には宿を用意して置いたからそこで休みなさい。また明日、学園に顔を出すように」
話を逸らされた、というより無視された。
どうやら深く語る気はないらしい。
学園長との話も終わり第二校舎を出ると、そこには大きな庭園が広がっていた。その中央にはみんなが勉学に励む場――第一校舎があった。
授業は主にこの場所で受けることになるらしい。
で、この庭園を抜けた先には訓練場があるとのこと。【魔術】や【剣術】を実践的に教わる。そして少しずつ段階を踏んだのち、卒業の際には騎士や宮廷魔術師などの職がごく僅かだが用意されるとのこと。
まあ、稀に【錬金術】を独学で勉強し、錬金術師として人々の助けとなって活動する人もいるらしい。でもこれは専門分野だけあってそう簡単になれるものではない。
そんなまだ先の話を頭の中で整理して歩いていると、姉ちゃんは聞き慣れない言語で何かを呟いていた。すると頭の角はもちろん黒翼も消えた。
どんなマジックだよ。魔術ちょいと便利過ぎやしませんか。それに服まで人っぽい物になってるし。
でもこう見ると今の姉ちゃんは人間そのもの。
いつもと違う雰囲気に俺は唾を飲んだ。
人の姿をした姉ちゃんもそれはもう美人さんで清楚な感じがすごくそそられるではないか。
「ネオ君どうかな? お姉ちゃん綺麗?」
「いや、その……すごく綺麗だよ」
「何でネオ君が照れるのよ。でも嬉しい綺麗って言ってくれて」
この初々しい感じは、最近付き合い始めたカップルそのものだ。
もう長いこと一緒に暮らしてる仲なのに、今さらこんなに緊張することあんのかよ。
ダメだ、真っ直ぐ姉ちゃんを見れない。
やっぱり正直な気持ちを伝えたからだよな。
「じゃあ、お姉ちゃんに付いて来てね」
「お、おお……」
姉ちゃんの背中を追うと、学園の敷地から出てしまった。まあ、最初から敷地内に宿があるとは思ってなかったけど。
そんな俺の目の前に広がっている光景――それは大通りに多くの人が行き交う様子だった。両端には露店が立ち並び、集客のため声を上げている。
美味しそうな匂いも漂ってくるし、この世界に来て初めての都会ってこともあってわくわくする。
今まで森の中で過ごしてきたから、こんな光景を見るのはもちろん行く機会もなかった。
それを体験できただけでもうお腹いっぱいだ。
「あれが宿よ、ネオ君行きましょう」
姉ちゃんに案内されたのは、
こんな綺麗な宿、本当に泊めてもらえるのか不安にもなったが、今回は学園長の奢りだそうだ。
エントランスには酒を嗜むBARや娯楽スペースもあった。それに端には色気ムンムンのお店が……。
「ああ~ネオ君……今、あのお店見てたでしょ」
「うん。あれはどういう店?」
「確か混浴のお店ね。男の人が女の人と一緒にお風呂に入る場所。でも高いのよね。ああいうお店」
「ふ~ん、少しエッチィな」
「ああいうお店に行きたいならお姉ちゃんに言ってね。お姉ちゃんとだったらお金もかからないから」
「まあ、姉ちゃんより綺麗な人ってあんまいないし、逆に姉ちゃんを見慣れてるせいで他の女の人を魅力的に感じないんだよな」
「もう嬉しいこと言っちゃって! ご褒美あげちゃう」
俺の顔は姉ちゃんの柔らかくも弾力のある胸で挟まれた。それにすごくいい匂いがする。
しかし公の場でこういうことされると、不健全だと注意されかねない。なので俺は姉ちゃんの胸から顔を離し、早く受付を済ませるよう勧めた。
「こんにちは、えっとですね。その……」
どうやら姉ちゃんは人見知りのようだ。
それに気づいた俺は代わりに受付の男と話した。
「ネオです。こっちがリリスです。学園長からお話いってると思うんですが……」
「はい、お伺いしております。どうぞ」
そして案内された部屋はベランダから海が一望できる部屋。白を基調としたデザインはシンプルで俺好みだ。家具も最低限の物しか置かれてないため、部屋は広々していて俺と姉ちゃんの二人では勿体ないほどだ。
風呂や便所も完備。
まるで学園に通うためじゃなくて、バカンスにきてるだけのようにも思えてくる。
「ネオ君ごめんね。頼りないお姉ちゃんで」
「いいよ、気にしないで。姉ちゃん人見知りなんだろ? 仕方ないよ」
「でも、ネオ君のことは大大大好きよ!」
以前にも増して、さらに愛が重くなっているのを感じた。だからこそ、より怖いというか、恐ろしく感じる。
これ学園に通って他の女子と話したらどうなるんだろう?
俺、殺されたり、いやいや不吉な考えはよそう?
そんな心配が心の中で徐々に芽生え始めたのは、まさにこの時だったのかもしれない。