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第三十三話 崩れゆく世界に天秤を 2

「なんだよ、あれ……」


 俺達が階段を降りていると、遠くに巨大なキノコ雲が発生していた。その大きさは、距離があるので確かなことは言えないが、小さな集落一つくらいなら簡単に飲み込んでしまいそうな規模だった。


「あれってキノコ雲?」


「そうだな。でもキノコ雲って……」


 キノコ雲が発生する条件は爆発だ。そう爆発。この階段の上に神社があったことから、ここが日本であることは間違いないだろう。ということは、日本でキノコ雲が発生するほどの爆発がおきていることになる。


「見て!」


 真姫が指さしたその先に、再びキノコ雲が発生していた。それとともに衝撃波がこちらまで伝わってくる。


 間違いない。


 ここは俺達の知っている日本ではない。これはしっかりと調べないといけない。そのためにも近くの街に行って、情報を得なくちゃ!


「真姫、危険だけど近くの街に行くぞ! 調べないと、ここがどこだかも分からない」


「うん! 急ごう!」


 真姫はハッキリ頷くと、俺と手をつないで階段を一気に駆け下りた。


 階段を降りると、意外にも目の前には住宅地が広がっていた。しかし人の気配はほとんどしない。活気が無いというより、そもそも人の気配が無いのだ。


「絶対手を離すなよ」


 俺は真姫の手をいっそう強く握り、慎重に住宅地の中へと歩き出す。


 おかしい。どう考えたっておかしい。トンネルを潜ったら、急に神社に出ていて、通ってきたトンネルが消えているのもおかしいし、何より遠くで今も発生しているキノコ雲……この住宅地のひとけの無さ。


 絶対に普通ではない。まだ星の使徒が作り出した空間だと言われた方がしっくりくる。


「あれって掲示板?」


 真姫が発見したのは、田舎の町にはたいてい一つは存在しているあの緑色の掲示板。ちょうど二股に分かれた道の中央の角に設置されている。


「ちょっと見てみようか」


 俺はそう言って掲示板に近寄る。


 もうこの街に人がいないのは間違いないだろう。


 建ち並ぶ家々の外壁には亀裂が走り、庭がある家の敷地内は、雑草が伸び放題になっていて、足元の舗装された道路には、ひびが入っている。


 とても人が住める状態じゃないだろう。打ち捨てられた街……そういう表現がピッタリだった。


「これか……」


 俺達が掲示板を見渡すと、いかにも俺達が今求めている情報が貼り付けられていた。


 そこには経年劣化で変色した貼り紙がいくつも貼ってあったが、特に俺達の興味を引いたのは、ある一枚の記事だった。そこには……。


「崩壊病の原因となった変異種の発生について?」


 俺と真姫は、黙ったままその貼り紙を読みだした。


 二〇八十年四月二十二日、世界は戦争を始める。理由は発生頻度が多くなってきた崩壊病の原因とされる、変異種の人間たちがその数を増やし始めたからだ。彼らを全員殺すべきと主張する側と、彼らを殺すのではなく、別の道を模索するべきだと主張する側に別れて、世界規模の戦争、第三次世界大戦が勃発した。


 貼り紙の内容は、簡単に纏めればそういうものだった。


「二〇八十年? 戦争?」


 力が抜けた真姫は、その場に座り込んでしまった。


 俺達がいたのは二〇二〇年。そしてあの変色した貼り紙の時点では、六十年後。あの貼り紙だって今の様子から見ると、かなり昔のものだから今は何年だろう? 二一〇〇年は過ぎているかもしれない。そうなると、ここはほぼ百年後の世界ということになる。それも戦争だ。貼り紙によると、変異種の数が増えていったと書かれていることから、俺達が選択を迫られたタイミングとは状況がだいぶ異なっているように思えた。


 あの貼り紙を信じるなら、変異種が圧倒的に増えたのだ。そうして当然、彼らも自身の生存を望む選択をしたのだろう。その結果がこの崩壊した世界……遠くで爆発が起こっているということは、今だ人類は存在しているが愚かにも争い続けているという事なのだ。


「関わるべきでは無いのかも知れないな」


 俺は一人そう呟くと、座り込んだ真姫を精一杯抱きしめた。


「どうしたの? 暮人?」


 真姫は突然の抱擁に驚きながらもしっかりと俺を受け止め、背中をさすってくれた。


 俺達が今いるのはおよそ百年後の未来。どうして未来に来たのかは分からない。もしかしたら変異種の新たな能力なのかも知れないし、星の使徒が俺達を未来に飛ばしたのかも知れない。


 ただ一つ言えることは、俺達の選択した果てにこの未来がやって来たのだ。全てが俺達のせいというのは、いささか傲慢が過ぎるかもしれないが、結果としてはこの通り、人類は崩壊している。


「真姫、俺達は二人で生きていくしかなさそうだね」


「うん。でも私は嬉しいよ? 暮人と一緒なら何も不安はないから」


 真姫はそう言って俺の頭を優しく撫でる。


 恥ずかしいようで嬉しいようで、それでいてホッとしている自分がいた。


 俺達はこの未来の世界で生き延びなければならない。遠くに見えるキノコ雲、爆発と争いの象徴。俺達のすべきことは、この時代の人達とは一切の関係を断ち、二人で慎ましく生きること。


 空を見上げれば、日差しは届かない。爆発で巻き上げられた粉塵が雲のように上空に漂い、日光をカーテンのように遮断している。


「とにかくここから離れよう」


「うん!」


 俺達は立ち上がって、回れ右をする。街には用はない。人と出会わない生き方を、二人だけで生きていく。そしてふと気がついたことがある。この未来の世界では人口はかなり減っているはずだ。そうであれば俺達が生き続けて星の寿命を吸い続けても、誰も崩壊病にならなくて済む。


 なんとなく未来に来た理由が分かった。俺達が無意識に未来へ逃げたのか、それともあの星の使徒がこっそり未来へ俺達を飛ばしたのかは分からないが、どちらでも構わない。この時代、この環境なら、俺達は気兼ねなく呼吸ができる。生きていける。ここはそういう場所だ。

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