店内ラジオ三年目の九月初めの水曜日。定休日となっているこの日、朝から紅見喫茶店従業員達は新装開店する新天地に集まっていた。
ただし、店長に呼ばれた者だけだが。
その場所は前の場所の暗い赤のイメージとは反対に黄色を基調としたオレンジ、赤のレンガタイルが適度に混ざった感じの外壁で二階建ての建物であった。その左には八台分の車が停められる駐車場があり、また、その建物の右側は少し小さいながらも店の壁に沿って駐輪場となっていて一階がこれからの紅見喫茶店となっていた。中も前の場所より広く雰囲気も少し明るく優しい感じで落ち着いていた。ちなみに二階は従業員達の休憩室や更衣室等の予定として千色の父が借りたらしい。何でも一階は全てお客さんの空間として考えたかったらしいのでそうなったようだ。
まあ、従業員達は上の考えに従うものだ。細かい所は気にしない方が良い。
「ここが新しいバイト先かぁ」
店内ラジオメインの柚野莉奈はその新しい店舗となるその場所の前で一人、ほおー……と立っていた。
「柚野! そこ、じゃま」
柚野が振り返ると後ろに柚野と同じく店内ラジオメインの露木ほのかがいた。何やらそんなに大きくもないダンボールを一つ持っていた。
「あら、今、開けるからね!」
と言って紅見喫茶店副店長の千色涼菜がほのかの後から小走りにやって来て手動の扉を完全に開けた。それと同時にあのよく聞いたカラッラン! というお馴染みの音が鳴った。
「これ、持って来たんですね」
ほのかはダンボールを持ったままそれを見上げた。
「ああ。これね。店長がどうしてもっ! って言って持って来ちゃったのよね。あそこから」
千色さんはちょっとその時のことを思い出したのか苦笑いしていた。
店の中ではもう、コック長の
「
「はい、そうです! きのみちゃんは何か用事? があって今日、来れません! だそうです!」
ビシッと吉玉が才木の言葉に従い、報告した。
「そうか……じゃ、また、始めるか……」
才木は吉玉と比べてテンションが低かった。
(こいつ、どうして今日こんなにテンション高いんだ?)
と思っていた。
そこへ店長の元地蓮太郎が店の奥から登場した。
「皆、見て! 聞いて! 移転のついでに店のエプロンも色、追加しました! 今までコックの皆のエプロンは白だけだったけど今度からその白も含めた『黒』と『ベージュ』、『茶色』! も着れるからね! あと、迫平君も。好きな時に好きな色を使ってほしい!」
と店長はその三色のエプロンをコック二人と迫平に見せた。
(いや、白で十分間に合ってます)
と二人のコックはそれを見て思った。
「これで皆、ベージュと茶色のエプロンも着けれるね! あ、でも、露木さん達は前のままで良いからね」
「え、それってまたバイトだけ自前ってことですか?」
「そう。あ、でも、パートの人や男のバイトは皆、正社員と同じエプロンだけで良いから……これとかこれだけどね」
とほのかに新たに加わった新色二種類のエプロンを見せながら答えると店長は正社員の千色に今、思ったことをそのまま言った。
「ふくちゃんも迫平君と同じエプロンで良いけど。もし、なんなら露木さん達バイトみたいに私服で好きなエプロンだけで良いよ。髪長い人はちゃんとしばってもらうけど。うちの店で髪、長いのはふくちゃんと柚野さんと森市さんと町山さんくらいか……」
そして、迫平にその該当のエプロンを一応……と言って二枚ずつ配った。
その新色のエプロンは左の胸元の所に前のと同じロゴの『こうみ』という字が小さくやっぱり白で入っていた。
「店長、本当に私、好きなエプロンで良いんですか? 私服にエプロンだけで」
千色は不安になりながら店長に訊いた。
「うん。だって、ふくちゃんももっとかわいくしないと……」
「え?」
千色には店長の言わんとすることがよく分からなった。
「あ、気にしないで。ふくちゃんも好きなようにして良いよってこと。千色さんもそうした方が良いってこの前、言ってたし。その方が店の雰囲気統一されてなくて良いかなって思って。なんかその方が気楽じゃない? 分かりにくい説明になっちゃったけど」
「そうですね。その方が好き勝手出来ますもんね。ちゃんと分かってますね!」
と柚野は本当にそう思って店長に言った。
でも、それを聞いた才木は、少々どころじゃない、ふざけるなっと思っていたと思う。だから、その時、店長と柚野以外の皆はピリッ……となんだか感じた。
才木は無言のままだったけれど。
そんな風にしてもらった『コック用エプロン』には『こうみ』の字が入っておらず、ただの無地だった。
「やっぱり、これって……」
「何? ふくちゃん。あ、おケネの心配なら大丈夫だから。なんとかなったから」
と店長は言った。
(何をどうすればこんな事になるんだろう……)
とこの場にいた全従業員がそう思った。
「後は全部、駅ビル時代と同じだから! 皆、新しい所でも頑張ろうね!」
「はあ……」
店長のその言葉はこの場の全員を『はい!』や『オー!』にするものではなかったと言える。