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噂の真相

 六月下旬の定休日、この日、紅見喫茶店に全従業員が集められた。正社員、パート、アルバイト関係なく全員だ。

「皆を集めたには訳がある。この紅見喫茶店は店内ラジオを始める前は六年、始めてからはもう三年半が経っている。……そこで――」

 と店長はいつになく真面目に前置きして話し始めた――。



「――ということです。なので、皆さん、そのつもりで。もちろん、おらもそのつもりです!」

 と言ってその話が終わった。

 それを聞いた副店長の千色とコック長の才木は全然動揺していなかった。

(どうしてだろ?)

 ほのかはそんな二人を見て素直にそう思った。

(もしかして、知ってた、とか?)

 いろいろ考えたが今の自分の気持ちが一番大事だと思うことにした。

(……もう、あんまり苦でもないし……)

 店長というか千色さんの父の考えに素直に従う事にした。

 その隣で考えていた柚野はすぐに思った。

(まあ、良いか……あんまり、変わんないし……)

 結構、単純思考だった。

 二か月前からまた働き出したアシスタントのきのみ、メイン候補者の森市、町山は柚野よりも真剣だった。

(準備は手伝えないかもだけど……)

 案外、素直に受け入れた。

 そして、正社員の吉玉と迫平は、

(正社員だもんな……)

 と思い直し、受け入れる事にした。

 パートのおばさん達も最初はびっくりしていたが、

「まあ、才木君がいるなら……」

 と受け入れたようだ。

 他のアルバイトの子達もほのか達のように何かしら思ってから受け入れたようだった。

 そんな皆の様子を見て千色はこの話をすればうちの父も少しは安心するだろうと思った。

そして、千色は自分の近くにいるたまたま一人な才木を見つけた。

(才木くんにはあの時相談したから何か言わないと……)

 そう考えて普通に才木に言った。

「才木くん、これからが大変だけど頑張ろうね!」

「いや、いつも大変だろ。店長のせいで。まあ、今回は千色のおじさんのせいか」

「む……親のこと悪く言わないでよ。……まあ、才木くんの言う通りだけど。今回は」

「お、そうだよな。認めてくれないと俺、困るよ」

「どうして?」

「何となく」

「もー」

 そんな二人もいた訳で皆、素直に千色父の考えに従う事にしたのだった。


 *


 七月になった。ということはそう、『店内ラジオ夏サン』だ!

 今回は何故か『今までの店内ラジオを振り返って』というもので生放送ではなかった。

 何故、今頃? という疑問があったがそれなりにお便りがあったようで順調に終わっていた。

(やっぱ、事前収録だとこれはダメだろ……って所カットされてんのかな? ……ユズノさんのあの『詰まり』がないなんて……)

 そこ判断のハッパだった。



 そして、九月中旬、あの『噂』に似た噂がまた流れた。これはそういう流れが定着しているのだろうか? と思ったが四十さんもその噂は本当だと言って来た。

「俺もさ、ウソだと思ってその店行ったんだよ。そしたらさ、ホントにその店の目立つ所に『十月、紅見駅ビルに移転します』って書いてあってさ……何! と思ってよく読んだらさ……」

 四十さんの声がものすごく小さくなった。

「なんと! ここに移転だって!」

「『ここ』? ここってどこですか?」

「だから、ここ! この紅見喫茶店! にだよ!」

 は? それしか思えなかった。

「ハッパ君、それに末広も大丈夫か?」

 何も答えない僕達に四十さんはそう声を掛けた。

「……つまり……」

「この店、なくなるってことだ」

 そう言って四十さんは珍しく注文したオムライスを食べた。

「うわ……吉玉さんのじゃない!」

 前に頼んだ時は吉玉さんだったのか? と思ったがそれを言うのも億劫になった。

「四十、それって『和食しま』のことか?」

「おう」

 こちらも珍しく深刻だ。

「そうか……あれ、本当だったんだ……」

 末広さんの言う『あれ』が何なのかはよく分からなかったが僕もその『和食しま』に一度行こうと思った。

 今、この紅見喫茶店のどこにもその『移転』という字も言葉もなかったからだ。

 そう決意した僕の顔を見て末広さんと四十さんは同時に言ってきた。

「行くな。ショックがより一層増すぞ」

 二人ともそういう気持ちなのか……と思った。

 だが、後日、僕はその『和食しま』に行った。

 そして、言うまでもなくあの二人と同じ気持ちになった。

 確認はして良い時と悪い時がある……と改めて思った。


 *


 紅見喫茶店、最後の日だと客達の間で言われた日、ダーマさんと店長が話していた。

「それじゃ、終わりじゃないんだ」

「そう、今よりもっと南に移転するだけなんだよね、実は」

「へー、そうなんだ。あ、もちろんその新しい所にも甚兵衛で行くけど、良い?」

「全然大丈夫!」

 その二人の会話に二人の客の耳が同時に動いた。

「それじゃあ、これ、最後のコーヒーじゃないじゃないですかぁ!」

「ん? そうだよ」

 僕と末広さんの大声に店長は不思議そうに答えた。

 ダーマさんはそんな僕達の言葉を気にせず話の続きをした。

「じゃあ、ここの店の名前、『せんしき』に戻すの?」

「いや、せんしきとは別の所借りて今、その準備で大忙しなんだよね。皆。店名はこのまま『紅見喫茶店』をね。あと、新しい所は二階建てでなんと一、二階使えることになったんだよ!」

「ああ、だから、いないの? 副店長の千色さんとか才木君とか露木さんとか柚野さんとかあと、きのみちゃんとか迫平くんとか」

「そうなんだよねー」

「ふーん、二階までお店なんだ」

「いや、お店は一階だけ。で、二階が関係者以外立ち入り禁止みたいな、ね」

 なんだよ! とその話をその場でちょうど聞いてしまった客達全員は心の中でそう突っ込んだという――。



 後日、

『紅見喫茶店はこの紅見駅ビルから移転いたします。※店内ラジオはその移転先でも変わらずに聞けます! もちろん、メインのほのかさん、ユズノさん達で継続していきます!』

 とのお知らせがあの紅見喫茶店の手動ドアの所に大きく正式に貼り出された。

 そして、それを見た者は皆、

「何だよ、また十月に新しい所で会おうな!」

 と言い合って紅見駅ビルを後にして行った。

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