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メイン達と会員達

 紅見喫茶の定休日は水曜日である。

 その午前中にビージーエム用の店内ラジオを事前収録するというのがメイン達の習慣になっていた。

 この事前収録の主なスタッフは迫平だけである。店長は『ここは若者の出番!』と言ってなかなか事前収録には参加しない。その代わりに副店長の千色やコック補佐の男、吉玉よしたまが手伝いに時々来てくれていた。

 今日は吉玉が手伝いに来ていた。

「じゃ、迫平、今日はほのかちゃんとゆのちゃんときのみちゃん?」

「はい、そうです。吉玉さん」

 吉玉は全ての人の名やあだ名にまで『ちゃん』付けだ。

 ただし、コックの才木さいきと店長と千色とパートのおばちゃん達には『さん』付けで何故か迫平だけは呼び捨てである。そして、正社員としての自覚があるのか事前収録において指示を出し過ぎるところがある。

(やっぱ、あれかな? 解放感からくるのかな? あのピリピリ感漂う男って噂の才木さんいないと吉玉さん元気だな)

 迫平は才木とはあまり接点がない。この店内ラジオが始まってからというものパートのおばちゃん達が主に才木と仕事をしているからだ。

 ちなみにそのパートのおばちゃん達に才木は人気である。

 一度、会えば才木さんブームに陥るくらいでいつもパートのおばちゃん達は出来る限り出たい、才木さんに会いたいと日頃から言っていた。

 だが、パートのおばちゃん達もシフトが決まっているので一度に何人ものパートのおばちゃん達が働くことはない。

 なので、常時、厨房の方はコックの才木、コック補佐の吉玉、そして、パートのおばちゃんが一人か二人、多くて三人くらい昼間は入っていたのでいつも人手は足りていた。

 その中で仕事をしている吉玉を迫平は少し哀れ気味に思っていたのは事実である。

 迫平がそんなことを思いながら事前収録の準備を整え終わり、今日の三人も三人で打ち合わせという名の最終確認が終わるとそれまで準備の手伝いをしていた吉玉が一番偉い責任者の如く言った。

「じゃ、収録開始だな!」

 ほのか、田井の場合、一人での事前収録が多いが柚野の場合は一つ、二つの弱点の為いつもきのみや他のメイン二人と一緒に録る事前収録が多かった。

 こうなったのには店長からの柚野の一人事前収録では何を言いたいのかが分からないというダメ出しがあった為である。

 そして、いつもその収録後が大変だった。

「ただ今のビージーエム担当はユズノと」

「ほのかと」

「きのみでした! しれでは、引き続き、紅見喫茶でお寛ぎ下さい」

 三人はもう吹き出しそうで限界になっていたが無言を守った。

 きのみの強行で言いきってしまった少しの間違いに迫平は気付かなかったのかこの回はこれでオッケーになったようだ。

「はい、い」

 ぶはっ! 雑用係迫平が言い終わる前にメイン達は吹き出した。

「もーう、きのみはまたぁ」

「すみません、噛んじゃいました。少し」

 柚野の言葉にきのみは申し訳ない気持ちで恥ずかしそうに顔を赤らめて言った。

「まあ、柚野よりは良い間違いしてるから大丈夫」

「そうですかね、ほのかさん」

 ほのかの励ましにきのみはほんの少し、元気になったようだ。

「そうですよね、柚野さん漢字間違い多いですもんね」

 小さな間違いなんて気にしない迫平はなんとなく会話に参加した。

 吉玉もそういうのには無頓着な方だった。

 柚野は少しイラっとした。

「迫平さん、もう帰って良いですよね? 今日の分は終わりでしょ?」

「そうだけど」

 迫平は少し困った。実はまだあと一本いっとく? と訊きたかった。

 この三人で集まれることが稀にしかないのが理由だった。

 迫平がそれを言おうか言うまいか悩んでいる隙に柚野は着々と帰り支度を始めた。

 それを見ていたほのかは不思議そうに言った。

「あれ、今日はふりがなふってかないの? 明日、生放送でしょ?」

「もう、いいの!」

「明日、泣いたって知らないよ?」

「じゃあ、明日の原稿ここに置いとくからふっといてよ」

 柚野はそう言って今まで自分が座っていた場所の机の上に明日読むことになっている原稿を置いた。

「え、それじゃ勉強にならないじゃん」

「そんなのしなくたって生きていけるもん!」

「もう、柚野!」

 ほのかは柚野を叱った。まるで妹を叱る姉のように。

「だって、たまには休みたいじゃん!」

(そりゃ、そうだけど)

 その場にいた全員がそう思った。

 だが、やはりそれでは柚野のためにはならないと判断したほのかは言った。

「これだからぶーぶーさんは」

 本当に帰ろうとしていた柚野は急にぴくっと動きを止め、ぼそっと言った。

「分かりました。勉強します」

「よろしい」

 ほのかは素直にそう言った。

 きのみと迫平、吉玉はほのかのその一言を聞いた後、柚野が素直にそれに従う事を毎回疑問に思っていた。

 迫平はその考えを途中で止め、メイン達に言った。

「その前にもう一本ね」

 その言葉にメイン達の顔がかなり変わった。

 迫平もそれは当初から分かりきっていた事なのでメイン達を見るのが怖かった。



「違うでしょ!」

 それから柚野とほのかはきのみ達三人が帰った後、漢字のふりがなを付けるという作業を行っていた。

 これは柚野の生放送前日だけのこの二人の恒例作業になっていた。

「これ、絶対学生の時に習ったって」

「覚えてないってかこんなの習ってないし」

「また、そういうこと言う。ぶーぶーさんって言うよ」

 いつもは友人関係な二人もこの時ばかりは違う。

 ほのかはしっかりと柚野をサポートし、柚野は漢字が弱点のぶーぶーさんになる。

 この『ぶーぶーさん』というのはもちろん柚野のことである。

 柚野は自分が分からない漢字があるとすぐに『習ってないし』などと言って文句を言う。

 その文句の多さに呆れたほのかがぶーぶー文句を言い続ける柚野に対して言い出したのがこの『ぶーぶーさん』だった。

 あくまでこの『ぶーぶーさん』はこの漢字ふりがな作業時のどうしてもの時のみに限ってほのかだけが使用する言葉であり、普段は誰も使用していない。

 柚野はこれ以上この『ぶーぶーさん』を他の誰にも広めたくないと思っていた。

 いつもはこんな『ぶーぶーさん』のような感じではないからだ。さらに言えば店長のような厄介な人物には絶対、知られたくない。

 知ったら最後、だとも思うのである。

 もう、ほのかも柚野も義務で学校に行く歳ではない。そのため、常識人なら読める漢字が読めないと恥ずかしい。ということで、各自生放送、事前収録直前までに投稿されたお便りや紅見駅周辺のお知らせ等の原稿は必ず一回は目を通す事になっているのだが、柚野はいつもそこで落胆する。

「じゃあ、これは?」

 ほのかは原稿に書かれている一つの漢字単語に指差した。

「えーと、やどり?」

「ぶー、野鳥でした」

「えー、これ、絶対『やちょう』じゃないよ」

「普通の人はすぐに『やちょう』って読めるものなんだよ」

 ほのかはそんな柚野にやれやれという顔をした。

「そもそも、やど、やちょうの会なんていうのが」

「読むお知らせがあることに感謝しなさい」

 ほのかは柚野に上から目線で言った。

「だってー」

 柚野の弱点、それは漢字の読み書きだった。あと、数字にも弱い。レジを打つのもそれが関係してか遅い。

「今日はこれでオッケーね」

 ほのかは柚野と一緒に明日の柚野の生放送用原稿の漢字全てをチェックし終わるとそう言った。

「よし、帰ろう!」

「帰る時だけ良いんだから」

 ほのかはもう散々柚野に言っている文句を言って帰る。

 これがこの二人の定休日の過ごし方の三分の一を占めている時もあるくらい大変な作業だった。

 ほのかが柚野に漢字を教えているのはただ見ていられないという姉御肌が働くからであろう。



 もう、梅雨も終わり、夏も近くなるという店長の意見で『店内ラジオ夏』と題してメイン三人とアシスタント、きのみの計四人での事前収録となった。

 もちろん、この四人での収録は生放送を含めても初の試みである。

「じゃあ、次はのぶ子かな」

 ほのかはのぶ子こと、田井に次に読むお便りを渡した。

 田井はそれを受け取るといきなり読み出した。

「『初めまして、くろです』」

「はじめまして~」

 四人はそのくろさんに対しての挨拶を返した。

「あ、くろさんからです」

 田井は今、思い出したように言った。

「もう、わかってるよ」

 ほのかは田井にツッコんだ。

「あ、そうですね。えー、『もし、四人での収録が実現した際には是非質問させていただきたいのですが』」

「はいはいー、今、四人で収録してますよー」

 柚野は少し茶茶を入れてみた。

「えー、『では、この四人に質問です』」

「え! いきなり、質問ですか?」

「うん、だってこのお便りそうなってるんだもん」

 驚くきのみに田井はそのくろさんからのお便りを見せた。

「本当ですね」

 他、二人もそのお便りを見たところで田井は続きをまた読み始めた。

「『それぞれ、お互いの今の印象を教えて下さい』とのことなんですが」

「今ー」

 柚野はそう言って考え始めた。

 それを見ていた田井はきのみに答えを求めることにした。

「きのみちゃんは私達三人に今、どんな印象を持ってる?」

 お客さんでもあるリスナーからのお便りを読み終わった田井はきのみに訊いた。

「そうですねぇ、のぶ子さんはしっかり者でほのかさんは何でも出来て、ユズノさんは……」

 少し、きのみがどう答えようかと考えているとほのかが透かさず言った。

「ユズノは爽やか元気少女体育係だよね」

「何ですか、それ」

「ほんと、なに」

 田井はその発言にテンポ良くツッコミ、柚野は少し戸惑った。

「だから、『系』じゃなくて『係』な感じしない?」

「どの辺が」

 柚野の問いにほのかは適当に言ったことがバレないようにしながらまたもや適当に言った。

「え、服装?」

 こいつ、適当なこと言ってやがる! とユズノリスナーがこの場にいれば口に言わずとも心の中で言われたに違いない。

 そんな適当なことに対してきのみは少しこの場の為にもと思い、

「えっと、要するに明るいってことですよね」

 と全然納得のいかないフォローをしてみた。

「いやいや、違うんだって。なんて言うのかな。ほら、なりたくなかった係に決まっちゃった子が精一杯頑張る! ってそういう感じなんだよ」

「もう、言ってる事わかんないから次、次――」

 柚野の強制終了でその場を切り抜けてはみたもののそのほのかの自由発言をそのまま使用することになってしまった。

 そのため、後日それを聞いたリスナーからユズノの印象がまた変化した。そして、ほのかの自由発言『爽やか元気少女体育係』が何故かその夏の間、一部のリスナーの間で流行ることとなった。

 たぶん、ユズノさんをキャラ化したいとずっと思っていた奴がそうするのに有効と考えた為であろうと僕は判断した。

 でも、ほのかさんでそうしてほしいとか思ったり、しちゃ駄目だぞと末広さんに釘を刺された。確かにその通りである。

 僕は会員なので堪えなければいけない時があるんだ! って全然、思ったことは一瞬たりともないが末広さんには勝手にそう見られていたらしい。

 僕はその話を居酒屋で酔った末広さんに聞いて自信がなくなりそうだった。


 *


 最近、紅見喫茶では『夏のカフェ』というのが新メニューとして登場した。

 この新メニューは『のぶ子のメニュー情報』というビージーエム代わりの店内ラジオでも紹介されていた。

「もう、夏なんですねー、早いですよね、そんな時こそ新メニューの夏のカフェいかがですか? あ、そういえばもう、会員番号って四百九十一なんですよね。そんなびっくりする味が夏のカフェにはあるんですよ! なんとこの」

「なあ、知ってるか?」

 それまで黙ってのぶ子さんの再放送を聞きながらその夏のカフェを飲んでいた僕は末広さんにそう声を掛けられ、夏のカフェをごっくと一口飲んだ。

「何ですか、急に」

 僕は末広さんの出方を待った。

「もう、会員番号四百九十一なんだって」

「へー」

 僕も末広さんもそれ以上は喋らなかった。

 少し間が空いたところで末広さんがもう我慢出来なさそうに言ってきた。

「って、言われてもねーみたいな反応できないのーハッパ!」

「別にそんなに興奮する事でもないじゃないですか。末広さんの言うそれってのぶ子さんがそう言ってたから判明した事実じゃないですか」

「そうなんだけどさ、なんであれからメチャクチャ数字増えてんの? って思わん」

「あ、でも、それこの前も四十さんに言われたんですけどたぶん、夏の一過性ってことになってどうしようもないねってことでその話もう僕の中では終わってるんですよね」

「それで終わりにして本当に良いのか? ハッパ」

「はい、良いです」

 僕は熱く真剣に問う末広さんにすんなりとそう答えた。

「違うだろ! ハッパ、そこはもっとこう――会員番号九百十四はまだ会員ではないのぶ子リスナー候補者、全員が狙っているからじゃないですかね? とか言え!」

「そんな無茶な」

 僕は少し末広さんと距離を置こうかと考えた。

「だいたい、何でそんな話するんですか?」

 末広さんの話は興味あるものだったが。

「そうだとしたらこの会員数急上昇はのぶ子リスナー候補者の仕業……かもしれないってことになるかもしれないだろ」

「なりませんって絶対」

「でも、不謹慎番号はどうみても誰かの悪意からだろ」

「もう、考え過ぎですって末広さん」

「お前は楽観過ぎだ」

 こんな末広さんの言う『不謹慎番号』というのはこの店内ラジオに冷やかし目的等で決まってしまった番号のことだ。大抵の場合、この冷やかし番号の会員はすぐに退会する。そして、それらの番号はそのまま使用不可になり、次へと進むようになっているのが現状のシステムだ。

 随分前には一発屋さんという人がいたようでその人は何らかの事情で一回の投稿のみでそれっきり喫茶店には来なくなり、その番号もそのまま不謹慎番号となってしまったらしい。

 その話を僕と末広さんがしていた時にそれまでこの場にいなかったダーマさんが偶然にも現れ、僕達の座っている席を通り過ぎようとしたその時にぼそっと、

「まあ、彼、一発屋の場合、ただ単に仕事の転勤によるものだったから。仕方ないんだけどね」

 と言ってきた。

 たぶん、ダーマさんが急に現れたと僕が勝手に思った一番の理由は僕が店に来た時にダーマさんの姿がなかったからだろう。そして、ダーマさんは紅見喫茶の外にあるどこかからの帰りだったに違いない。それ以上にそのダーマさんのその一言によって一発屋さんが悪意ある者ではない事が判明した。

 それを聞いて末広さんも、

「そうですよね、僕もそうじゃないかなって思ってたんです。ダーマさんだってトイレに行きますよね」

 と瞬時にその一発屋さんの事やダーマさんの事を言い当てた。

「まあね」

 ダーマさんは少し何か言いたそうだったが何も言わずに自分の席に戻って行った。

 僕は末広さんのその言葉の真偽を知りたくて訊いてみることにした。

「末広さん、一発屋さんの事は良いとしてどうしてダーマさんがトイレに行ったなんて分かるんですか?」

「それはだな、ダーマさんの手を見れば分かるだろ」

「手?」

「そう、少し濡れてた」

「濡れて? それだけでトイレって決めつけるのはちょっと」

「何でだ? ダーマさんにトイレと言っても全然否定してなかった」

「それは聞こえなかったとかじゃないですか」

「いいや、トイレだ。それに聞こえてないなんてことはないだろ」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「甚兵衛だからだ。あとは店長と話しているのが聞こえたから」

「甚兵衛って。それに店長の話しって何ですか?」

「お前が来るほんの少し前に店の出入り口付近でダーマさんが店長に『少しトイレ行って来るから、奥の席片付けないでよ』と言っていたのが偶然にも聞こえた」

「それって事前に知ってたからじゃないですか!」

「そうだよ。だから、手濡れてるな、ホントにトイレだったんだって思ったんだよ」

 最終的にはダーマさんのトイレ話で終わってしまった。

 そんな小話を末広さんとしていた時に隣の席から明日はのぶ子さんの生放送だと聞こえてきた。

「そうか、明日は久しぶりののぶ子さんの生放送か」

「何で最近のぶ子さん生放送してなかったんですかね?」

「さあな」

 情報通の末広さんもそれに関しては知らないようだった。

「まあ、明日はのぶ子リスナーがたくさん来るだろうな」

「そうなんだよねぇ」

 と末広さんの発言に僕達の席に近付いてきた店長が答えながらやって来た。

「ここだけの話。明日の生放送来た方が良いよ」

「どうしてですか?」

 僕は店長が少し怪しいと思いながらも訊いてみた。

「それはな、い、しょなんだけどとにかくすごい事になると思う」

「う、ホントですか?」

「いや、すごいは言い過ぎか。とにかく来てみてよ。おもしろいからあの先日の爽やか元気少女体育係発言騒動以来のびっくりがあると思う」

 そう言って店長は仕事に戻って行った。

「どうします? 末広さん、明日来ます?」

 僕はあまり行く気なく末広さんに訊いてみた。

「こりゃあ、行く気が起こるモードだろ! 行くぞ、ハッパ!」

 はい。としか言えない場所だったので仕方なく、

「仕事帰りに来ます」

 と言うしかなかった。



 久しぶりののぶ子さんの生放送は最初から何事もなく順調に終わろうとしていた。

「本当に何か起こるんですかね」

「静かにしろ」

 僕は昨日の店長の言葉に偽りがあったのではないかと疑問に思い、末広さんに小さな声で話し掛けたが逆に末広さんに怒られた。

「では、今日最後はこちら、臨時のぶ子の大事なお知らせ! です」

 何それ! 店にいた全員がそわそわ騒ぎ出した。

 のぶ子さんはそれに構わずに言い続けた。

「実は今まで私の生放送がなかったのは店長と副店長にある事について相談していたからなんです。でも、数日前にそれも解決いたしまして皆さんにやっと発表することができます。私が相談していた事とは」

 どうしてそこで止まるんだ、のぶ子さん! と誰かの声が聞こえてきた。その声に反応してかのぶ子さんはまた話し出した。

「今日から私は改名します! のぶ子改め、田んぼの田と井戸の井で田井です。これからはこの『田井』でよろしくお願いします!」

 と言った最後でのぶ子さんは久しぶりの生放送を終えた。

 その生放送終了後の紅見喫茶はあの爽やか元気少女体育係発言騒動の時と比べればそれ程大変な事にもならなかったが少しは騒がしかったのは事実だ。



 その翌日も今までのぶ子リスナーとして応援してきた会員の者達が紅見喫茶を占拠する勢いで集まっていたが店長のこれでは他のお客様のご迷惑判断が下り、騒がしい会員を追い出してしまう始末になった。

 そんな事が数日続いていたがのぶ子改め田井さんの生放送がまたやってきた。

 番組冒頭から田井さんは今まで見たこともないとても複雑そうな笑顔が印象的だった。

「えー、私の改名でとても騒がしい事にここ数日なってしまって大変申し訳ない気持ちでいっぱいな今日この頃なんですが」

 その時、たぶん田井リスナーだと思われる一人の男が、

「そんなことない」

 と言ったのが聞こえた。

「あ、ありがとうございます。えー、今日はこの前言えなかった改名理由について話したいと思ってます。この改名理由が今、一番皆さんが知りたい事だと思うんですよね。だから、これ以後はもうこの改名騒動は終わりにして欲しいと思います」

 僕はというよりこの場にいる全員がこの後すぐに言うであろう田井さん本人の言葉からによる理由を待った。

「えー、私が改名しました一番の理由は……私生活で自分の名前を書く際に間違えそうになって少し恥ずかしい事になるところだったからです。その少し恥ずかしい内容は今後も一切合切、皆様にお話する気がありませんので悪しからず。ということで毎回やってるこのコーナーにいきましょう!」

 突然、田井さんの生放送はいつもの生放送に戻った。

 その日の田井さんの生放送が終わった後いつものように紅見喫茶内にて末広さんと田井さんの改名理由、そして先日から気になっていた田井リスナー候補者の仕業についてに僕は嫌々ながら参加する事になった。

「まあ、改名理由に関して言えば田井さんの本音が聞けたと思って良いんじゃないか?」

「そうですね」

 僕は今日こそは早く帰るという気持ちでいた。

 最近、仕事が忙しくなり始め、疲れていたからだ。

 そのため、ほのかさん以外であまり時間を使いたくないようにもなっていた。

「それにしても、オレが一番許せないのは『不謹慎番号』だ。あの田井さんのリスナー達はほとんどふとっとちゃんかひょろりとした大食いだろ」

 ん? 僕は末広さんの言葉に少し疑問が出た。

「ちょっと待ってください。末広さん」

「何だ」

「あの、『ふとっとちゃん』って何ですか?」

「あ、言えない」

 そう言いながら末広さんは田井さんリスナー達が集まる場所の中でも肥満そうな人を見ていた。

「あ、すみません。先に進んでください」

 僕は聞き逃せば良かったと思った。

「でだな」

 末広さんは別に気にもしないで言った。

「会員番号九百十四はまだ会員ではない田井さんのリスナー候補者、全員が狙っていると思うんだ」

「どうしてですか?」

 いよいよか。僕はその場の雰囲気を温める用意をした。

「それはな……『くいしんぼう』として名乗ることができるからだ!」

「へー、それはすごい! でも、それは末広さんの個人的な考え、ですよね」

「まあ、そうなんだが」

 僕はこの話を終わらせるために末広さんを僕の考えるまとめ話に誘い込むことにした。

「もう、今の時点では会員番号数は四百九十一になってます。まあ、時々、冷やかしの場合もあるからそういう人はすぐに退会します。でも、そういう人はもう二度とやらないのが鉄則にもなってます。そして、その番号はそのまま使用不可になり、次へと進むようになっていた。でも、それではダメだと店長は常連客の皆さんに言われたらしいと四十さんにこの前聞きました。それを埋める作業も同時に進んでいたみたいです。使用不可になっている番号はリスナー達の間では『不謹慎番号』とされ、どれがそれなのか店長にしか分からないように一応はなっているとも。その『不謹慎番号』のみ自分で選べるようになっていたので後輩も先輩のように振舞っていたりと非常に困った事になっていたんですよね?」

「まあ、そんな現状だったがそこは皆黙認しているようでもあった」

「その事について再度、店長に常連客の皆さんが話し合った後にやはり『不謹慎番号』は使用不可に再びなり、『永久不謹慎番号』と呼ぶように店長が定め、それ以後、冷やかし目的ではなく本気で一度登録した者でも何らかの理由により退会を余儀無くなった場合も含まれる事になった。ですが、もう一度登録したいという場合はある程度の時間を置いてではないと登録ができなくなった、ですよね? 僕の会社、急に仕事が最近忙しくなってちょくちょくここに来れなくて誰かのブログとか読むくらいでしかこの騒動に関してはあまり言えないんですけど」

「そうだ。『永久不謹慎番号』はそれ以後、誰も使えなくなってしまった」

「ということはですよ、そんな危ない事ホントの田井さんリスナー候補者がする訳ないじゃないですか! あるとすればそれは嘘の田井さんリスナー候補者です。そういう人は見れば分かるはずです!」

「ハッパも言うようになったな」

 末広さんは僕を見ると微笑ましい顔になった。

 少し、気持ち悪――僕の一人立ちも近いのかもしれない。

「もう良いですか?」

 僕はもう十分だろうと思い、末広さんにそう訊いた。

「そうだな、これについてはこれからも見守っていかないとな」

 末広さんがそう言ってくれたのでその日はすんなり帰ることが出来て嬉しかった。


 *


 まだまだ夏の暑さが残っているような午後だった。

「もう、秋だねー」

 店長のそんなのほほんとした全然今の気温を表現していない一言から始まった会員登録の申し込み日だった。

「これまたたくさんの人ですね」

 きのみは店の奥にある女子更衣室の見えない防止策水色カーテンの向こうのドアを少し開けてその様子を見ていた。

 その下には帰り仕度の整ったほのか、柚野がいた。

「あーあ、今日もあんなに」

 ほのかはまた会員が増えることに不機嫌になりそうだった。

「もう、わたし、人の顔も会員ネームも覚えられないのに」

 柚野はそっちの方の心配をした。

 ほのかはその言葉に今、思ったことをそのまま柚野に言った。

「え? 最初から覚えてないでしょ」

「そんなことないよ、誰だっけ? あの人とあの人くらいは覚えてるよ」

「ほら、それ。それが覚えてないの」

「ぶー」

 柚野は頬をノリで膨らませた。

「あ、いつも事前収録の時にほのかさんが柚野さんに言う『ぶーぶーさん』ってそこからきてるんですか?」

 ほのかは笑顔で柚野は頬に貯めた空気を吐き出しながら同時に言った。

「とっても違うよ」



 店長は一人で会員登録をしていた。

「えーと、君は……会員番号ね、五百十四だから」

「そうですか」

 そう言って彼はこの後どこに行こうか考えていた。

「あー、君、今、会員になった? よね」

 そう後ろから言われた彼はそう言ってきた男を見るために振り返った。



「よ! ハッパ」

「何ですか? 末広さん」

 僕は末広さんに見向きもしないでコーヒーを満喫していた。

 そんな僕を見ても末広さんは別に気にもしてないようだった。

 いつもそんな感じだからだろうか。

「彼、今日、会員になったばかりの会員番号五百十四の小石君こいしくん

「え!」

 そう末広さんに急に言われた僕はコーヒーを飲むことを止め、末広さんが紹介してきたその小石君を見た。

 小石君は僕と目が合うと少し照れながら、

「よろしくお願いします」

 と一言そう言った。

 末広さんの隣に立っていた小石君は少し小太り気味だった。

 そんなことより僕は末広さんに訊きたい事ができた。

「その『小石』って名前」

「ああ、もちろん、オレが付けた」

 末広さんは胸を張ってそう言った。

(やっぱり……)

 僕は小石君に少し同情しつつも少し羨ましい気持ちにもなった。

「いやー、ハッパの時と同じように声掛けたらさ、会員ネームまだって言ってたから」

「そうなんですか。小石君、僕、ハッパです」

 僕は小石君に自己紹介をした。

 小石君は少し頭を下げただけだった。

 それを見ていた末広さんは小石君を僕の座っていた席の隣に座らせ、自分もその席の向かいに座った。

「ハッパ、小石君。これからも一緒にこの店内ラジオ会員の一員として盛り上げていこうな!」

「はい!」

 それまで静かだった小石君がこの時ばかりは生き生きとした元気な返事をしたので僕もそれに釣られた形で、

「ハあ、い」

 と言ってしまった。

 こんな変な返事するならちゃんと返事しとけよと末広さんに睨まれた気がした。

「僕、そろそろ会員にと思っていたんです」

 そんな状況になってしまった中で小石君はぼそっと口を開き出した。

「そうすればもっとこの日常が楽しくなると思って」

「それ、僕も思ってたな」

 僕がそう言うと末広さんは小石君の話よりも僕の話を聞きたそうな感じで言ってきた。

「何、ハッパもそんな事思ってたの?」

「いいじゃないですか! そう思わなきゃ会員になんてならないでしょ! いくら無料でも」

「そうだ! 無料といえば今度あのメインのほのかさんとユズノさんときのみちゃん達と一緒に会員制度記念メニューを考えようかなってコック長の才木さんが言ってたそうだ」

「それ、どこ情報ですか?」

「え? もちろん、店内ラジオ情報スペシャルだろ」

「あの、『さいきさん』とか『店内ラジオ情報スペシャル』って何ですか?」

 小石君の質問に答えたのは末広さんだった。

「才木さんはここの紅見喫茶店、コック長で店内ラジオ情報スペシャルは」

「これだね!」

 末広さんの説明を途中で奪い取ったのは店長だった。

「で、この人がここの店長さん」

「このお知らせ見てたの?」

「はい! だって、これ目立ちますよ」

 店長と末広さんは二人だけで盛り上がっていた。

 店長が一枚僕達のテーブルに置いたその紙を見ながら僕は小石君に説明した。

「えっと、店内ラジオ情報スペシャルってのはこの紙にも書いてあるようにここで働く人達が企画した事を自由参加でやっていくみたいなここだけのイベント的な感じかな。この企画はとても不定期で時々あそこにあるたくさんのポスターと一緒に貼り出されるってだけだから発見できる人は限られているみたいであまり参加する人いないみたい」

「会員でもですか?」

「うん。僕も一発でそのお知らせを発見した事ないし、これには一度も参加した事ないんだよね」

「あ、この日、用事が入ってます」

 テーブルの上に置かれた一枚の紙を見ていた小石君が残念そうに言った。

「そうか。じゃ、このメニュー作り末広とハッパ参加します!」

「ええ!」

 末広さんの勝手な発言に僕は驚いた。

「何だよ、ハッパもこの日用事あるのかよ」

 末広さんの機嫌が少し悪くなった。

「い、いや、全然ないんですけど」

「じゃあ、良いじゃん! はい、末広君とハッパ君の二名参加っと」

 店長が隠し持っていた参加者名簿に記入されてしまった。

 そして、店長に、

「当日は遅刻厳守! エプロン、三角巾持参だからな」 

 と言って店長は仕事に戻っていった。

「なんか、楽しみだな! 学生の頃の家庭科の調理実習みたいで」

「あはは、そうですね」

 僕は末広さんの言葉に表面的には笑って対応した。

「いいなー」

 僕はその時、小石君の本当の心の声を聞いた。

 こういう人から見れば今の僕は羨ましい存在なのかもしれないと思ったのでこうなればもう行くしかないと思うことにした。



 とうとうこの日が来てしまった――。

 初めての店内ラジオ情報スペシャルに参加した僕はあまりの参加者の少なさにびっくりしたことを思い出した。

「いつもあんなに少ないんですか?」

「ん? ああ、そうだよ。見つけられた奴しか参加できない。だから、スペシャルなんだろ。見つけた奴だけのご褒美だよ。メインと仲良くなるにはこれしかないしな」

 当たり前のように末広さんは言った。

「それにしてもあれは思い付いても言って良いものかと悩むところだな」

「うーん、でも、会員制度記念メニューを各自で考えろなんて才木さんが言うからよく使う方法しか思い付かない僕としても良い案だとは思いますけどね。確か会員番号十六のトムさんのぼそっと言ったのが才木さんに採用されてそれが元になったのに何故か才木さんが最初から考えたかのような『サイキスペシャル』って名前まで付けられて。あれ人気出るんですかね? 一応、デザートになる、んですよね」

「じゃなきゃ、メインの二人もきのみちゃんも皆、納得して終わらなかった」

「ですよね」

 僕と末広さんは店内ラジオ情報スペシャルに参加した帰り道にその日の結末をあれこれ言いながら帰った。



 今日の参加者達が帰った紅見喫茶店の厨房にはコックの才木と店長、そして、久しぶりにこの店内ラジオ情報スペシャルに出た副店長の千色がいた。

 才木は料理を作りそうな感じはする優しそうな男でコック補佐の男、吉玉とは一つ年上なだけの関係だ。

 店長はいつもと変わらない。

 髪の色が不定期に変わる千色だが最近はずっと落ち着いた茶髪でいつも後ろに一つに結んでいるのが特徴だ。そして、秋らしい服装だった。

 才木は店長に最終確認をされていた。

「本当にそれで決定?」

「何ですか? 店長、嫌なんですか」

「いや、才木君がそれで良いなら良いんだけど」

「これならパートのおばちゃん達だけでも作れるでしょ。それにメインの子達もリスナー代表達も賛同してたし問題ありませんよ。あとは人気が出るかどうかです。まあ、これに関しては実際に出してみないと分かりませんからね」

「そうだけどさ。才木くんならもっと別のおお! ってなるのが出そうなのに」

「これはこの店のためのメニューではなく、会員制度記念メニューなのでそちらさん方がこれですよ! って言ったらそれが決定なんですよ」

「そうなの」

 少しがっかりした感じのその一言を言い残して店長は静かに紅見喫茶店を出て行った。

 それまで黙っていた千色は才木と二人きりになってしまった。

 千色は才木の言ったことや店長が才木にそれ以上のものを期待しているのを感じていた。

「店長の言いたいことは何となくだけれど、もっとここだけのが欲しいんじゃない?」

「それは分かってる」

「え? 分かってるのに」

「でもね、ちーちゃん、ちんすこうって何も書いてないんだよ」

「は?」

 いきなり才木の口調が変わった。それに内容もどこか変だ。

「だから、ちんすこうみたいに何も書いてないクッキーにいつもリスナーと呼ばれる会員と言う常連客の連中がお便り書いてるのを真似する『サイキスペシャル』のどこがいけないのさ」

「うーん、意味がぜんっぜん分からないよ、才木くん。それに才木くんはちんすこう好きだろうけど私はちんすこう大っきらいだから!」

 少し千色は昔の事を思い出した。

 実はこの二人、同級生で小学校四年生から友人だったりするので才木は千色のことを『ちーちゃん』とか『ちーすーちゃん』と呼ぶのに対して千色は才木のことを『才木くん』と呼ぶ。時々、何かの拍子に才木のことを『とっちゃん』と言ったりすることもある。

 そんな二人の会話は続く。

「良いアイデアはそのまま使用。ダメなら再度チャレンジっておじさんも言ってたじゃん」

「なんかその言い方、うちのお父さんを過去の人にしてる気がする。ってか、まだ元気なんですけど」

「でも、過去の発言だし」

「もう、いいよ。とっちゃん、責任は名前の通りだからね」

「店長の方、よろしくお願いしまーす」

 かなり童心に返った才木を見て千色は吉玉のことを思い出した。

「そういう風に吉玉君に接してあげたら」

「吉玉? 絶対無理」

「どうして?」

「ちーすーちゃんだけの特別だから」

「ああ、そうですか。疲れるので私もこれで帰ることにします。お先に失礼します」

「おつかれー」

 全くあの男といい、店長といい……あの二人のことを考え出すと疲れるので帰ることに専念した千色だった。



「副店長のおかげで正式に先日決まった会員制度記念メニュー『サイキスペシャル』が今日からなので皆さんだけで頑張って作って下さいね。あと、このメニューは通常とは異なり店内ラジオ生放送日前日の会員数量限定五個となっているので裏メニューになります。作るのは生放送日当日ですが」

 いつもの才木くんよ! とパートのおばちゃん達は才木の優しそうな笑顔と穏やかな声に今日もウキウキしていた。

「まかせてね。才木くん。こう見えてもクッキーやケーキは何回も作ってるから」

(家庭でね)

 吉玉はその一言を心の中で呟いた。何気ない一言でパートのおばちゃん達の吉玉への好感度はまたかなり下がるからだ。

「じゃあ、あまり必要ない気もしますが一応このレシピでお願いします。文字の方は注文してくださった方に事前に店長がこれだけは言いたい一言と題して聞いてくれたのがこの紙に書いてあるのでそれをこれでお願いしますと言いたいところですがそれは吉玉にやらせるので皆さんはクッキーとアイシングの準備をよろしくお願いします」

「え?」

 吉玉は才木の言葉に耳を疑った。

「分かってるわよ。プレーンクッキー生地を作って指定の型で抜いて焼き上がったらそのクッキーに文字入れでしょ」

「はい」

 才木はそう言って自分の仕事を始めた。

 やっぱり、おばちゃん達は使えると思う吉玉だった。でも、自分が字下手なのは内緒にしておこうと思うのであった。



 あの『サイキスペシャル』が店内生放送に出た後日のことだった。

「あのー、才木さん! 全く読めないんですけど!」

「何が?」

 柚野はコック長の才木に思ったことを直接伝えに厨房にやって来た。その後からほのかも手に何かを持ってやって来た。

 柚野は才木にぐにゃっとした字が書いてあるクッキーを見せながら言った。

「今まで数回この『サイキスペシャル』生放送で読みましたけどこれとかこれとかとっても字が汚くて読めないんです」

「柚野の場合は漢字でしょ?」

 ほのかの指摘に柚野は少しぷっとなった。

「それにしても誰が書いてるんですか? 今までで一番読みにくい字ですよ、これ」

 ほのかも柚野同様のそれを才木に見せながら言った。

「これは――最悪な感じだな」

「才木さんが書いたんじゃないんですか?」

 柚野の質問に才木は誰かを探しながら言った。

「吉玉だ。あいつ、なんか変だと思ったらこれを見せたくなかったのか」

「もう、吉玉さんじゃない人にして下さい」

 ほのかの意見に才木は少し考え、そして、決断した。

「やっぱり、これを注文した会員が自分で書くって方が良いか」

「まあ、その方がなんとなく楽しいし、良いんじゃないんですか? 少しは女の子の気持ち分かるでしょうし」

 ほのかの発言に柚野はピカッと反応した。

「それはもしや、バレンタインとか?」

「そうそう、一回だけよく出てるあの3色使って文字書いたことあるんだけど大変で結局は点で終わったの」

 ほのかと柚野はその場でかなり先のバレンタイン話に盛り上がってしまっていた。

「それは良いがそうなるともっと安いので……いや、ここは店長に聞こう」

 そう言って才木は店長に相談しに行ってしまった――。



「で、店長に話した結果、『サイキスペシャル』の吉玉さんの活躍は今後一切封印することになったわけよ。そして、文字の色は例の色のみを使用することになった。他の色を使いたい時は数十円自分で追加代払わされると」

 末広さんは一般的なチョコレート色で頑張っていた。

「まあ、季節の行事によってクッキーの色や型、字の色は変わるみたいだよ」

 ハッパは緑だろ? と誰がどこから持って来たのか分からない薄い緑でハッパは頑張っていたというより頑張らせられていた。

「追加しなくてもこれ頼めば百パーセント絶対生放送で読まれるの確定なんだから追加する人いないって話。あ、やべ」

 ぶちゅっという音が声と共に末広さんの方から聞こえてきた。

「あえての人いるんじゃないの」

 四十さんは白で頑張っていた。

「そんな奴一度も見たことないけどな」

 今度の末広さんは慎重だ。

「そうなんですか」

 小石はそれをただぼけーっと見ていただけだった。

 会員になった者達はそんな話をしながら『サイキスペシャル』が頼めた時のために自分達で買ってきた練習用のそれで字を書いていた。

「よくやるねー」

 店長の声に誰かが反応した。

「店長。オレタチ頑張る!」

「おー、がんばれ」

 そういう会話が紅見喫茶店ではしばらく続いたと言う。

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