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第67話 癒しのことば

 今も大人ってわけじゃないけど、アタシがもっと小さかった小学生の時。


 理科の授業で班を作って磁石の勉強をした。


 一人に二つほど色の違う小さい鉄の棒を渡されて、それを扱いながら先生の指示を聞いていく。


 磁石を初めて見たという子は周りにいなかった。


 皆一度は見たことがあって、実際にどういう性能をしているかは何となくわかってる。


 プラスとマイナスがくっ付いて、プラスとプラス、マイナスとマイナスはくっ付かない。


 それは当然のことで、けれどそんなことを知りながら色々なものを磁石にくっ付けていくうちに疑問が生まれる。


 そもそもどうしてプラスとマイナスがくっ付くのか、と。


 先生もその疑問をアタシたちに提示してきて、考えてはみるけど明確な答えを導き出せる人は誰一人としていない。


 当然のことという認識の下で生きていて、それに対しての原理を考えたり、疑問を抱いたりなんてしないわけだ。


 だから悩んだ。


 先生が答えを言うまで、皆沈黙。


 でも、そんな沈黙を切り裂くようにして、とある男の子が手を挙げた。


 先生に当てられて、彼は自分の考えた答えを発表する。


 確かその男の子はクラスの中でも浮いていて、普段周りの人からバカにされたり、無視されたりしていた。


 そのせいで、周りの子たちは目配せして、『目立ちたいだけ』とか、『ウザイ』とか、『調子に乗ってる』みたいな雰囲気を出していたけど。


 アタシは彼の発表を聞いて、すごく腑に落ちたのを覚えてる。




『――スムーズに自然とくっ付かないだけで、僕たちが力を加えればなんとかくっ付けることはできます』




 だから、そもそも『くっ付かない』というのも自分たちの認識でしかなくて、誰かの力を使えばそれは『くっ付く』。


 彼はその後先生からすぐに『自然とくっ付く、くっ付かないの話をしている』と指摘されて、周囲の子たちからクスクス笑われていた。


 でも、その答えはアタシからしてみれば新鮮で、どこか感動的だった。


 自然にくっ付かないだけで、誰かの力を使えばくっ付くというのは、どうやってもくっ付けられないってわけじゃないから。


 プラスとプラス、マイナスとマイナスでもしも磁石がくっ付きたがっていたとしたら。


 それはどうにかしてくっ付けられる。


 そんな可能性を彼から教えてもらった。


 確か、名前は木村君っていった。下の名前はちょっと覚えてない。


 卒業前、小学五年生の段階で彼は親の都合でどこか遠い所へ引っ越して行ってしまった。


 今、木村君はどうしてるだろう。


 そんなことをふと考えてしまうけど、それはいつだって考えるだけで終わらせるしかなくて。


 でも、アタシは彼から確かに自分を肯定させる何かをもらっていた。


 心の中でいつもお礼を言う。ありがとう、って。


 アタシは、つくしっていう同極の子を好きになってしまったから。




「――……っぷは……はぁ……はぁ……つく……し……」


 放課後の図書室。


 窓からは夕陽が部分的に差し込んでいて、だけどアタシとつくしはその恩恵の得られない本棚の陰に隠れながらキスをしていた。


「…………春……」


 唇と唇が離れて、つくしは囁くような声でアタシの名前を呼ぶ。


 他に誰も居なくて、今ここは二人きりの空間。


 でも、それをいつ壊されるか、誰がいきなり入って来るかわからないから、大きな声は出さないでいたのかな、なんて考えたりする。


 正解はわからない。


 わからないうちにどうでもよくなって、アタシは乱れた呼吸を戻しながら視線をわずかに逸らした。


 すると、そんなのは許さないとばかりにつくしがまた唇を奪ってくる。


 キスの時は鼻呼吸すればいいんだよって教えてもらったのに、慣れてないアタシはつくしに溺れそうになって。


 許してもらうような形でキスから解放された。


 震える膝が限界に近いのを物語ってる。


 こんなこと、落ち着けるアパートの部屋の中ですればいいのに。


 そう言おうとしていたところで、つくしはクスッと笑った。


「こんなところで、なんてやっぱり春は嫌だった?」


 まるでアタシの心を見透かすかのようにして問いかけてくる。


 元々はキスをするつもりで図書室に行こうって誘ったわけじゃなかった。


 放課後になってすぐに伝えたいことがあったから、その伝える場所をここにしたってだけで。


 それに、本来図書室は本を読んだり勉強する場所。


 誰かに見せられないようなことをするところじゃない。


 先生にでも、いや、他の生徒にも見つかったりしたら学校生活を平和に送れなくなる。


「……つくし。アタシ……別にキスしたいからここへ来たわけじゃないんだよ……?」


「うん。知ってる。他に何か言いたいことがあるんだよね?」


 知ってるんだ。


 じゃあ、どうしていきなりこんなこと……。


 ……嫌ではないけど。


「私のシたいことはもうできたし、春の話したいことも教えて?」


「……うん」


 頷くけど、話したいことの前に、もう一つ言いたいことができた。


 アタシは、まずそれから先につくしへ伝える。


「……つくし……なんか前に比べてキスが強引になった」


「え……?」


 きょとんとするつくし。


 まさかこんなことを言われるなんて、みたいな表情。


 予想していなかったみたいだけど、アタシだってこんな話をするつもりはなかった。


 でも、しないといけないと思った。


 木下君との一件からだから。


 つくしがここまで強いキスをするようになったのは。


「木下君とのことがあってから、つくし少し変わった。強くなったっていうか……キスだけに限らず、色々」


「……そう? 春はそう感じる?」


「感じるよ。前はもっとアタシのこと気遣ってくれて、恐る恐るみたいな感じだったし」


「気遣ってるのは今もだよ。木下君とのことがあったから、春のことを大切にしてないなんてことない」


 言って、つくしは続ける。


「ていうか、今さらこんなこと話す必要あるのかな……? 春のお母さんに会いたいって心の底から思ってるし、それは春との関係をもっと良くしたいって考えてるからなんだけど……」


 アタシは首を横に振った。


 そういうわけじゃない、と。


「つくしがアタシのことを想ってくれてるのはわかってる。色々あったけど、そこを今さら疑うつもりはないよ」


 そうじゃない。


 そうじゃなくて。


「なんていうか……もっとこう……アタシのこと狩ろうとしてきてる、っていうか……」


「……? どういうこと?」


「えっと……」


 恥ずかしい。


 ここさから先の言葉を口にするのが。


「……春?」


 つくしは先の言葉を催促するようにアタシの顔を覗き込んでくる。


 それはそうだ。


 自分から言ってこうして恥ずかしがってるんだから。


「っ……」


 いつまでも言わないわけにはいかない。


 アタシは決心し、思い切って考えていることを口にした。


「……つくし……木下君とのことがあってから……すっごいアタシを求めてくるようになった気がする……」


「……え……」


「あ、アタシのこと……強引に自分のモノにしようとしてるっていうか……離さないって思いが強くなってるっていうか……」


「……」


「あ、アタシは……別に離れたりなんてしないし……つくしの傍に……その……ず、ずっといるのに……」


「……春……」


「不安に思わせてるんじゃないかって……アタシ自身が考えちゃってる。つくしのこと……すっごく大切に想ってるつもりなんだけど……」


 言い終わった瞬間、つくしがいきなり抱き着いてきた。


「きゃっ!」


 悲鳴に似つかわしくない男声が図書室内に軽く響いて、アタシは本棚に押しやられた。


 抱き着いてきたつくしの力は強い。


 抵抗できないほどだ。男子の体なのに。


「……大丈夫だよ、春……」


 つくしの声が耳元で囁かれて、アタシは緊張感に包まれていた心を少しばかり和らげるのだった。


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