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第63話 お母さんはきっとそう考えている

「――それで、結局青宮君的にはアタシのお母さんへ何をあげるのがベストだと思う? 冗談とか悪ふざけは抜きにして」


 ベンチから移動した先、アスレチックスペースにて。


 アタシたち三人は、そこにある適当な遊具の上でだらだらと会話をしていた。


 つくしだけが立っていて、アタシと青宮君は寝転がっていた。仰向け状態。


「まあ、色々と考えてはみたが、僕は何もあげなくていいんじゃないかと思う」


「え……?」


 予想していた答えとはまったく違い、アタシは思わずポカンとしてしまった。


 てっきり花束とか、アタシとつくしが見つけた面白いお菓子をあげるべきだ、って同調でもしてくれるのかと思ってたのに。


 まさか何もあげない、なんて答えが返って来るなんて。


「またこの人訳のわからないこと言ってるね。何もあげないって選択肢、あるわけないんだけど? 私、図々しく年末年始にお泊りさせてもらうのにさ」


 半笑いでつくしが言う。


 それは、青宮君の発言を軽くバカにしてるような言い方で、別の捉え方をするなら『冗談はやめて』的なニュアンスを含んだ語調だった。


 遊具にもたれかかってあくびもしてる。


 それでもアタシたちみたいにつくしが寝転ばないのは、髪の毛が汚れるからだと思う。


 こういうところが女の子らしい。


 アタシとはまるで違う。


「いや、姫路さん。そもそもそこなんだ。別に図々しくてもいいんだよ」


「「……?」」


 アタシとつくしはほぼ同時に首を傾げた。


 バカにするわけじゃないけど、青宮君が言ってることの意味がわからない。


「だって、先川さんのお母さんは姫路さんが年末年始に家に泊まることを許してくれたんだろう?」


「それはね。ちゃんとメッセージで『いいよ』って連絡が来た」


 アタシが答えると、青宮君は「うん」と頷いて続けた。


「なら、そこはもう多少の図々しさは許されるんだよ。プレゼントも無しでいい……というか、もしかすると先川さんのお母さんは物質的なモノじゃなくて、物質的なモノじゃない何かを望んでいるのかもしれない」


「物質的なモノじゃない……何か……?」


「そう。つまるところ先川さんのお母さんは、娘である先川さんと姫路さん、この二人と色々話したいんじゃないかな、と僕は勝手に推測しているんだ」


 堂々と言い切る青宮君。


 それはどうなんだろう……?


 そう思っていると、アタシの考えていることをそのままつくしが口にしてくれた。


「さすがにそれは良いように考え過ぎじゃない? もしそうじゃなかったらどうするの? すっごい失礼になるけど?」


「いや、ならない。僕を信じて欲しい……とまでは言えないが、とにかくならない可能性が高い。そこは断言させてもらう」


「何それ? 言ってることハチャメチャじゃん。春、やっぱり青宮君アテになんないよ。こんな推測で思い切ったことさせようとしてくるって普通じゃないし」


 つくしが言うと、青宮君がそれを遮るかのようにして続けてきた。


「僕の推測を信じないなら、それはそれで構わないよ。贈り物は何を渡してもいいし、何を渡しても結果は同じだ。恐らくどれもありきたりな反応をされて終わる」


「それ、軽く春のお母さんのことディスってない?」


「別にディスってはいない。そうなるだろうって事実を淡々と述べてるだけ。僕は意見を伝えるロボット。ういーん」


「うわ、出た。春、近付かない方がいい。青宮君の謎発言。かっこその中でも結構気持ち悪いバージョン」


 ロボットのような動きをする青宮君に対して、つくしがアタシの前に立ってくれる。


 守ってくれてるんだろうけど、その必要はない。


 たぶん、あの青宮君ロボットは無害だから。


「……でも、青宮君。君的には、お母さんと色々会話するべきってことなんだね。贈り物とかはどうでもいいから」


 つくしの後ろからアタシが言うと、青宮君は「そうだね」とすぐに返してくれた。


「余計な出費はするべきじゃないと思う。何なら君のお母さんもそう思うんじゃないかな? なけなしの小遣いから出してくれたプレゼントって、大人からすればそんなに喜べるものでもないし」


「いやいや、それは青宮君がズレてるよ。なけなしのお金で買った贈り物は、受け取り手をすごく喜ばせる。現に私はそういう経験何度かあるしね」


 ふふん、とつくしは胸を張りながら言った。


 自慢げだけど、青宮君はそんなつくしを見て「うぇぇ」と嫌そうな表情を作る。


「君、そういうので自慢げにしない方がいいよ。計算高い嫌な女子だと思われるから」


「っ……! う、うるさい! そんなの青宮君に言われたくないし! そもそも計算だってしてるわけでもないんだから!」


「君がしてるわけじゃなくても、相手からすればそう見えるってことだよ。そうなればイコール計算高いってことになるんだ。肝に銘じておくといい」


「春! やっぱりこの人嫌! もうすっごい嫌味っぽい!」


 つくしにそう言われても、アタシはただ頬を引きつらせた笑みを浮かべるしかなかった。


 微妙にコメントしづらい。


 確かに計算高いようにも思えてしまうから。


「ん……。まあ、えっと、その話は今置いといて、結局どうするかちゃんと決めよう? 青宮君の斜め上な発想が出てきたわけだけど、お母さんに何かあげるのかどうか」


「それはあげるよ! あげなきゃ! そこは私の気が収まらない!」


 つくしが私の方へ寄ってきながら言った。


 近付いて来て、寝転がってるアタシの顔を上から覗き込む格好。


 つくしのパンツが見えた……と思ったけど、そんなことはなかった。


 アタシはこんな時にいったい何を考えてるんだろう。


 むなしくなってしょうもない考えを霧散させる。


「今言った通りだね。贈り物をあげるかどうかは君たちに任せるよ。ご自由に」


「とりあえずは何でもいい、と」


「そ。何でもいい。何でも同じだから」


「嫌な奴~」


 つくしのツッコミを仕方なくスルーし、アタシは続けて青宮君に返した。


「やっぱり、体のことを話すべきなのかな? つくしと一緒に」


「さあ? それも僕にはわからない。何を話すべきかなんて、そこを一番理解しているのは先川さん、君だけだと思うしね」


 ……それもそうか。


 青宮君はあくまでも他人だ。


 意見を求めたところで、これに関する明確な答えなんて返ってくるはずがなかった。


 ただ、だ。


 それでも、と彼は続けてくれる。


「もしもその話をお母さんにするならば、確実に君は前へ進めるだろうね」


「……前に……ね」


 青宮君は頷く。


「君の一番の壁はお母さんで、一番の味方も何だかんだ言ってお母さんだ。なんせ、先川さんを産んだ張本人なんだから」


「……アタシを」


 青宮君の言葉が妙に胸に刺さった。


 つくしはあくまでも疑いの姿勢らしいけど、アタシはそうでもない。


 彼の意見に最大限理解を示して聞き、今ここで自分の行うべきことを再認識できた。


「……なら、やるべきことはわかったよ」


 ――ありがとう、青宮君。


 アタシがそう言うと、風がビュウと吹き抜けていった。


 近くに立ち並ぶ木々はその風に揺らされ、ざわめきを作り出す。


 アタシの最後の壁。


 それがお母さん。


 わかってはいた。


 わかっておきながら、ずっとちゃんと目を合わせることを拒否してた。


 理由はある。


 アタシが一人でお母さんに立ち向かえるほど強くないから。


 だけど、それをお母さんも知ってるんだろう。


 だからつくしを連れて行くことが許された。


 安心できて、信頼できる人が傍にいれば、それだけでアタシが本音をぶつけてくれるだろう、と。


 お母さんはきっとそう考えているのだ。


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