目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第61話 元々の性別

 シャワーを浴びながら自分の体を撫でていると、元々の性別を忘れそうになる。


 生まれた時から男子で、この体とも付き合いが長い、みたいな。


 そんな感覚に最近陥ってしまうわけだ。


 正直に言って怖い。


 染まり切りたくない。


 男子じゃなくて、女子に戻りたい。


 つくしはありのままでいいって言ってくれたけど。アタシが辛い思いをするくらいなら、我慢するくらいなら、と言ってくれたけど。


 こっちだって色々とつくしに我慢なんてさせたくなかった。


 元々は女子のアタシを好いてくれていたわけだから。


 奇跡を蔑ろになんてしたくない。


 女子同士で想いが通じ合ってたなんて、本当に奇跡でしかないし。


「……はぁ」


 日曜日の午後三時。


 昨日から続いてる休日の昼下がり。


 アタシは、自分のベッドの上に一人で仰向けになってため息をつく。


 さっきまでこの部屋にはつくしがいた。


 でも、昼からは市役所に行ったり事務系の用事があるみたいで、アタシを色々連れ回すのも面倒だから、なんて言って帰っていった。


 それを聞いた時は『面倒とか言ってるだけじゃん』って思ったし、実際につくしへ呆れながら言った。本当は連れ回すのが申し訳ないと思ってるだけでしょ、って。


 アタシは今日も予定なんて無い。


 日曜だけど、こうしてベッドの上でゴロゴロしてるだけだし、面倒でもつくしと一緒にいたかったし。


 けど、つくしはいいから、と聞いてくれなかった。


 ……もしかして浮気?


 また誰かに遊びに誘われて……?


 なんて考えが頭の中をよぎるけど、そもそも木下君の件は色々と違うから『また』なんて言い方はしない方がいいかもしれないと思う。


 よくわからないまま、とにかくつくしは帰って行ったから暇になった。


 ボーっとしてても仕方ないし、とりあえず傍にあったスマホを手に取る。


 すること言えばネットサーフィンをしたり、電子書籍を読んだりくらいだから、アタシは読みかけの漫画でも開くことにした。


 今日も遊びたかったな。


 そんな思いと共に漫画アプリを開き、ページを繰る。


 その刹那だった。


「……?」


 いきなりスマホが音楽と共にバイブする。


 漫画の画面を邪魔するように【青宮】という二文字とアカウントマークが表示された。


 LIME電話だ。


 突然青宮君からLIME電話が掛かってきた。


「……」


 前も似たような展開だった、と苦笑いしながら何コールかさせて、アタシは応答のところをタップする。


 聴こえてくるのは当然青宮君の声で、軽い咳払いからだった。


『突然の電話ごめん。日曜だけど、君は今暇でもしてるのかなと思って』


 冒頭から少し失礼で苦々しい声を漏らしてしまうアタシ。


 ご名答なのはご名答。


 でも、少し強がって返してしまう。


「別に? さっきまでつくしが家にいてくれたし、今から漫画でも読もうとしてたところだけど?」


 彼は即座に『なるほど』なんて返してきて、


『それはつまり、姫路さんが帰って暇になったってことだよね? 僕の予想通りだ』


 とかさらに失礼なことを言い出す。


 さすがにこれはツッコんでいいはずだ。


「あのね、青宮君。突然電話してきてその言い方は無いよ。失礼です。アタシじゃなかったら絶対怒ってる。ていうか、アタシも怒ってる」


『うん。知ってる。失礼なのも承知だし、わざとだ。こうすれば「休日に電話を掛けて来て何だこいつ?」みたいな君の考えを少しは和ませることができる。作戦通っぽくて安心したよ』


「和むどころか腹が立って今すぐ電話切りたいくらいだよ。アタシも人のこと言えないけど、青宮君はアタシ以上にもう少し他人とコミュニケーションをとるための勉強、した方がいいんじゃないかな?」


 アイスブレイクにしてもやり方が斜め過ぎると思う。


 こんな和ませ方、青宮君くらいしか絶対しないよ。まったく……。


『悪かった。少し君を苛立たせ過ぎたみたいで。反省するので、さっそく話の本題に入っていいでしょうか?』


「うん。いいよ。青宮君だし、悪気は無いってわかってるから。……まあ、悪気が無くても本当はダメなんだけど」


 ため息をつきながらではあるものの、つい人を甘やかしてしまうのはアタシの悪い癖だと思う。


 反省しないといけないけど、だからって本格的な怒り方もわからないし、それで人間関係を複雑なものにする方が嫌だった。


 何気ないやり取りの中で、色々アタシの悪いところが出てる。


『ありがとう。じゃあいきなりだけど、姫路さんって今どこにいると思う?』


「……え?」


 アタシが疑問符を浮かべた瞬間、電話口からは青宮君じゃない女子の声が少し聴こえた。


 この声……もしかして……。


『正解は僕の傍。彼女、ちょうど今僕と一緒に市役所に来てる』


「え、えぇ!?」


 寝転がっていたところだけど、アタシは驚きのあまり上体を起こしてしまった。


 何で青宮君と一緒に……?


 疑問符が頭上にいくつも浮かぶ。


「何でつくしが青宮君と一緒に……!? ま、まさかアタシに隠れて二人とも実は……」


『無い! そんなのあり得ないから安心して春! こんなのを好きになるとか一億%無いから!』


 青宮君じゃない大きな声が突如電話口からアタシの鼓膜を揺らす。


 つくしだった。


 つくしの必死な訴えが聴こえる。それからため息も聴こえた。これは青宮君だと思う。


『いやね、詳しい話は今姫路さんから聞いたよ。君たちは水臭いね。本当に』


「どういうこと……? 水臭いって、何が……?」


『年末年始のことだよ。姫路さん、先川さんの実家に泊まるじゃないか。その話、僕にしてくれてもよかったのにってこと』


 呆れるように言う青宮君だけど、アタシは「いやいや」と手を横に振った。誰も見ていないのに。


「それ、別に青宮君は来ないよね……? 来ないのに目の前で楽しそうにアタシがつくしと話するのも違わない? すごい嫌な感じっていうか……」


『そんなの今に始まったことかい? 散々目の前でイチャイチャされてるのに。既に僕の脳は破壊されてるんだから、今さら隠し事は無いだろう? 役立てることもあるかもしれないんだしさ』


 強いなぁ、と思った。


 それをアタシは知らず知らずのうちに声に出してしまっていて、青宮君も反応する。


 強いというか、鍛えられたんだよ、と。強制的に。


『でもまあ、そういう心配をしてくれる先川さんはまだ優しいよ。たまたまとはいえ、僕と遭遇した姫路さんはさっそく相談してきたから。君のお母さんにあげるプレゼントで良いものはないか、ってね』


『聞いて、春。青宮君ね、日曜日だっていうのに春のアパートの前に一人でいたの。気も過ぎるよね!? 犯罪者予備軍過ぎるから警察に突き出そうかと思ったんだけど、「警察は実際に実害を与えないと動かない」なんて言い出すんだよ!? ヤバいよこの人! 早く縁切った方がいいと思う私!』


『でも、そんな僕を頼ってきたのもまた君だよね? 姫路さんの態度の変わりようも僕は怖いよ。気を付けた方がいい、先川さん』


 それはまあ、確かに一理ある。


 青宮君が気持ち悪いのは前からわかってる事実として、つくしが彼を頼ったのも事実なんだから、あまり人のことは言えないなって。


「……とりあえず状況はなんとなくわかったよ。二人とも、今市役所にいるんだね?」


『『うん、そう』』


 声を揃えて仲が良い。


 アタシの中で嫉妬心が薄っすらと湧き始める。


 まったくつくしは……青宮君と一緒にいるなら早く言ってくれてもいいのに。


「……じゃあ、ちょっとそこで二人とも待ってて?」


『『え……?』』


「アタシも今すぐ市役所行く」


『『え!?』』


「三人で話し合お。どこか適当な場所に移動して」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?