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第60話 こちらこそ

 冷静に考えてみたら、サ●ゼリヤってイタリアンだった。


 いや、すごく唐突な気付きなんだけど。


「相変わらず色々メニューの種類あるのに安いね、ここ。春は何にする?」


 アタシがメニューを眺めていると、つくしが向かい合ってる席から問いかけてくる。


 ニコニコしてて楽しそう。


 確かに色々あるからワクワクするのはワクワクするけど……。


「んー…………何にしよう……? 迷ってるけど……思った以上にイタリアン」


 初めて来たサ●ゼは思ってた以上に豪華で、その分アタシを深く悩ませてきた。


 どうしよう。ハンバーグも食べたいけど、パスタもいいしピザもいい。ドリアも美味しそうで困った。


「まあまあ、それはね~。ほら、私たちって高校生だし、使えるお金も結構限られてるじゃん?」


「ん、そうだね。結構限られてる」


 返答はするけど視線はメニュー一点。


 つくしはあっさりメニュー見るのやめちゃってたし、決めるのが早過ぎる。来慣れてるってことは無いと思うんだけど……。


 アタシたちの実家も田舎で、高校の周辺だって限られた飲食店しかないのに。


「お金が無いけど、イタリアンが食べたい。でも、ファミレスもファミレスでイタリアンかって言われると少し違うな~ってなった時にここなんだよ。どうどう? すごいでしょ? そのメニュー量」


「すごい……けど、それよりも何でつくしがそんなに早く注文決められるのかわかんない。……何で?」


「実家も高校の周りもサ●ゼなんて無いのに、って?」


 ニヤニヤしながら問うてくるつくしに対して、アタシは少し悔しい思いをしながらゆっくり頷く。


 絶対理由があると思うんだけど、そのアタシの推測はやっぱり当たってた。


 つくしはわざとらしく「くっくっく」とアニメの悪役みたいな笑い方をして、


「答えは簡単! 私、実はいとこが大阪の方に住んでるので、その時にサ●ゼ何回か行ったことあるんです!」


「え……。そうだったんだ……」


 初知り情報。


 つくし、大阪に行ったことあるんだ。


「何回かって言っても、十回も二十回も行ったことあるわけじゃないけどね? 二、三回くらいご飯食べたことあるし、それでお店の雰囲気とかわかってたの。こういうものもあるよなー、メニューは大体これくらいの価格帯だよなー、とか」


「そういうの知ってたら大きいよね。……まあ、そんなの最初からネットで調べとけば済む話じゃんって言われたらそれまでだけど」


「いやいや。アタシが急に提案したしね。確かにスマホで調べたらわかるけど、別に一々調べないでしょ。何注文するかは存分に悩めばいいんだよ~」


 言いながら、つくしは横にあるメニュー置きからよくわからないイラストが描かれたものを取り出す。


 間違い探し……かな?


「サ●ゼは面白くてね? この間違い探しがすっごく難しいって有名なの。ほらほら、さっそく一つ……二つ……三つ……は違いがわかるんだけど、四つ目が見当たらない……と思ったらあった。でも五つ目が見つからないんだよ~……う~ん」


 テーブルに肘を突いてよくわからないことに悩みだすつくしだった。


 なんかアタシたち平和だなぁ。


 ついつい笑みがこぼれてしまう。


「ん、何? いきなり笑って。もしかして五つ目の違い見つけたとか?」


 真剣な感じで眉間にしわを寄せてつくしが訊いてくる。


 それもまた面白くて、アタシは本格的に笑ってしまった。


「何? 間違い探しって(笑) 唐突過ぎるよ。そんなもの、あんまりこういうところに置いてないのに」


「バカにしちゃダメだよ!? わかんない!? これで頭を使って、その分お腹を減らすの! そしたら料理も美味しく食べられるってたぶんサ●ゼの人も考えたからこれ置いたんだよ! 絶対そう!」


「わかんないけどね(笑) ていうか、間違い探しで頭って使うの?」


「使うよ! ……たぶん」


 小声になってるし。


 それもまたアタシのツボに入ってしまって笑った。


 バカにされてると思ったのか、つくしはむーっと頬を膨らませてる。そういうのも全部面白かった。


「もう……つくしはなんかつくしだね。決めた。アタシハンバーグとライスにする」


「決める流れが意味わかんないんだけどー……?」


 不服そうにしながらも間違い探しに戻るつくし。


 難しくてもこういうのはやり切らないと気が済まないタイプらしい。


 代わりにアタシがスマホのQRコードを読み込んで、そこから商品を注文する。


 言った通りアタシはハンバーグとライス……にしようと思ってたけど、改めてそこでメニュー画像を見たらチーズインの方が美味しそうだったからそっちにした。値段も五十円くらいの違いだったし。


 つくしが選んでたのは明太子パスタとピザ。


 ピザは一緒に食べようってことらしい。アタシがイタリアンとかけ離れたものを注文したからそのためかなと少し疑ったけど、元々一緒に食べるつもりだったらしいから嬉しい。


 つくしの優しさが身に染みる。


「つくし、ドリンクバー何がいい? それやってるんだったらジュース取って来るよ?」


 アタシが言うと、つくしは間違い探しの紙を見つめながら「待って。私も一緒に行く」と返してきた。


 そこはちゃんと一緒なんだ。


「よし、残り間違い一個! ってことで、一緒にジュース取りに行こ、春!」


「えぇー、なんかすごい中途半端。どうせなら最後までやり切っちゃえばいいのに」


 二個とか三個ならもう諦めようってなるのかもしれないけど、そこまで一生懸命にやってて残り一個なら大抵最後までやり切りたくなるはず。


 気を遣ってくれた……?


 なんて思ったりもしたけど、どうもそんな感じじゃなかった。


 つくしは立ち上がって、手招きしながらドリンクバーのところまで一緒に行こうと促してくる。


 その姿は迷ってる雰囲気を感じさせない。


「つくしも変わってるね。ああいうの、大抵最後までやり切りたいって人がほとんどだと思うけど?」


「あははっ。まあ、そんなものかもねー」


 軽い。


 いや、確かにただの間違い探しなんだけども。


「でも、私はああやって問題を残り一つ置いておくスタイルでちょうどいいんだ」


「……?」


 何で?


 そう問いかけようとしたところでドリンクバーの場所に辿り着く。


 つくしはアタシの分のコップも取ってくれた。


 それを受け取っていると質問するタイミングを微妙に失って、つくしが話を続けてくれる。


「たぶん、何でもそう。問題は一つだけ残しておく方が安心するんだと思う。そればっかり考えてるだけで時間が過ぎて行くから、みたいな」


「……でも、それだとその問題が結構大事なことだったら大変じゃない?」


 少なくともアタシは嫌だ。


 嫌だから、このままずっと男子の体でいたくないと思ってる。


 全然話の流れにはそぐわないし、自分のことに置き換えると、だけど。


「もちろん自分にとって重大なことだったら看過はできないよ? ……けど、なんて言ったらいいのかわかんないんだけどね。こういうの、大抵時間が解決してくれると思うんだ」


「時間が解決……?」


 アタシが首を傾げると、つくしは「うん」と頷く。


「最初はその問題があってすごくつらくて、でもずっとそれに耐えてたらいつの間にか周りの人とか色んなことが自分を支えてくれてる。その状況のおかげでつらいと思わなくなる。そんなもんじゃないかなって思うの」


 話しながら、つくしがコップにカルピスを注ぎ終える。


 アタシはハッとしてオレンジジュースのボタンを押した。


「……それは、つくしが何か経験して培った考え方? それとも、何となく?」


「両方かな。色々あったことからっていうのもそうだし、何となくでもある」


「……」


「だけど、一番は春の傍にいたってことが大きいね」


 ……アタシ?


「今、春には問題が降りかかってるでしょ? 色々とさ」


「……まあ、そうだね」


 具体的に列挙することはないけど。


「そういうの、傍で見てて思ったんだ。何だかんだこうなんじゃないかなー、みたいにして」


「……なるほどね」


「もちろん、気軽に問題を受け入れていけばいいよ、なんて言えない。だけど、すぐに解決できないことのせいで春が苦しむなら、私はそれを傍で支え続けて、どうにか少しでも楽にして欲しいって思うから。だから、私は私でこういう考えを持ちながら生きていくつもり。押し付けじゃないから安心して?」


 少し焦りながら弁解するつくしだけど、アタシは特に不服な思いを抱くとかそういうわけでもない。


 ただ、自分には無かった考え方だから。


 色々と新鮮だった。


 傍にいるつくしがこんなことを考えてるんだ、って。


「ってね、長々と語ったけど、要するにつらい時は私が支えるよって話。これからも支えさせてね、春」


 つくしは真面目だったところから一転。にこやかに笑んで、アタシへ言ってくれた。


 アタシもそれに対して少しはにかみながら返す。


「こちらこそ」と。


 ジュースを入れ終わり、テーブルに戻ろうとすると、ちょうど窓から外が見えた。


 そこはもう既に暗くて、でも街の灯りが世界を照らしてくれていて。


 暗い中でも、決して一人じゃないことを教えてくれるような、そんな不思議な気持ちにさせてくれるものだった。


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