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第32話 聞いていた彼女

「――っていうことで、特に詳しく自分の話はしてないんだ。当たり障りのない会話が多くて、最後はやっぱりお母さんなんだなって思わされたんだけど……それでも、途中でアタシのことを心配してくれてる風な感じで色々聞いてきてくれたし、そこは嬉しかったよ」


 気付けば長々と話をしていた。


 正確な時間は計ってないけど、そんな気がする。


「……なるほど。つまるところ、色々と先川さんの体調を気にするようなことを言ってくれはしたが、君がもっと遠くの高校へ行くことをお母さんは望んでいた。そしてそれは、一見突き放しているような言葉にも聞こえるが、よくよく考えてみれば君のお母さんなりに将来を思って口にしたセリフだったんじゃないか、と。そう結論付けたわけだね」


「うん。……実際はどうなのかわからないし、言いたいことを胸に留めてアタシなりに解釈はしてるけど……」


「まあ、実際に僕もその場にいたわけじゃないから断定づけることはできないけれど、概ね先川さんの推測は間違ってないようにも思えるな。途中で君を心配するような発言をしてたみたいだし」


 冷静に、主観と客観を織り交ぜながら意見をくれる青宮君。


 アタシの隣にいたつくしも、「うん……」と頷いていた。それでも、どこか納得のいってなさそうな感じではある。


「……何か言いたげだね、姫路さん」


 向かい側に座ってる青宮君はつくしの表情がちゃんとわかる。


 察したように、自分からつくしへ問いかけ、またつくしもそれに応えるように「ん~……」と声を漏らした。


「何も知らない青宮君からすれば、春の話を聞いただけでそうやってプラスに捉えられると思う」


「ふむ」


 青宮君は顎元に指をやって表情を変えずに頷く。


 けど、アタシはうーん、だ。


 つくしがまた彼と張り合うような言葉のチョイス。


 ただ、本人がそれを意図してるかはわからない。いたって表情は真面目。


「でも、今の春の話、私からしてみれば『何で?』と思うよ。心配してくれてるのはわかったけど、それならなんで遠くへ行け、みたいなことになるの? おかしくない? そんなのじゃ心配してくれたところで、って言いたくなる」


「……そこは……アタシも慣れてるからね。これがお母さんだぁ、って」


「……」


 つくしがアタシのことを無言でジッと見つめてきた。


 アタシは思わずキョトンとしてしまい、青宮君も疑問符を浮かべる。


 どうしたんだろう。


 そう思ってた矢先に、つくしの両手がアタシの両頬に触れた。頬をムニっと軽い力で引っ張ってくる。


「つ、つくひ……ど、どひたの……?」


「春、別にそういうところ我慢しなくてもいいと思うよ……私……」


 我慢。


 そう言われて、アタシは自分自身に問いかけてしまう。


 我慢してるのかな、と。


「姫路さん、先川さんのことが心配なのはわかるけど、僕は個人的にそのセリフ、好きになれない」


「別に青宮君に好きになってもらわなくてもいいですけど?」


「先川さんだって我慢してるわけじゃないかもしれない。一方的に決めつけて、あたかも彼女が不幸であることを謳うのはどうかと思う」


「不幸だなんて言ってないよ」


「言ってないかもしれないけど、それはイコールだ」


「それだって青宮君の決めつけだよね?」


「決めつけじゃない。客観的に見てもそう思う」


 本格的に言い合いが始まったところで、アタシはつくしに頬を引っ張られたまま「あー」と微妙に緩く声を出す。


 二人の視線が一斉にこっちへ集まった。


「えっと……どうか喧嘩はやめて頂きたい……です」


 アタシが言うと、つくしと青宮君は火花の散るような視線を最後に交わし、そっぽを向く。


 どうしてここまで仲が悪いのか……の答えは明白だから、変に考えないようにする。こうなるのも仕方ない。どうにかして仲裁していくのがアタシの役割だ。


「青宮君は何もわかってないんだよ。お母さんとの仲が良好だったら、今の状態のこともすぐ話せるだろうに、何でその辺がわからないかな。ね、春?」


 つくしに問われ、アタシはどうにもぎこちなく頷く。


 事実ではあるけど、これはこれで自分が不幸なのを周りにアピールしてるみたいになりそうで嫌だな。


 実際、アタシもお母さんとの仲があまり良くないってだけで、不幸とまでは思ってないし。


「先川さん、君も大変だね。こんなにすぐ人のことを決めつけて突っ走ってしまうような人が近くにいるの。同情するよ」


 つくしがムッとする。


 で、ボソッと、


「青宮君に同情されなくても結構です」


「うん。先川さんが喧嘩を止めるように言ったのに、またこうして僕を挑発してくる。良くないね、本当に」


 続いてつくしは頬を引きつらせて、


「さ、先に挑発してきたのはどっちなんだろうね……? 春、可哀想。こんな人にベタベタ付き纏われて、ストーカーされて」


「やれやれ。さっきのやり取りをもう忘れたのかな。僕の付き纏いは先川さん公認なんだよ。よって嫌悪感を抱かせるものじゃない。僕はただ、友達としての距離感で話し掛けに行ってるだけだし、先川さん自身も僕の元へたまに来てくれてる。いわば良好な関係の仲でしかないのになぁ」


「っ~……! 色々自分勝手に良いように付け足してて可哀想。どうあがいてもストーカーはストーカーで、春から一線引かれてるのに」


「まったく。僕がいなかったら君はとっくの昔に先川さんと不仲になってたのになぁ。今回の男子化の件で姫路さんは僕にも感謝しなきゃいけないはずなのに……」


「……そ、それは……ありがとう」


「い、いや、そこで素直になるのか……」


 ガクッと肩を落とす青宮君。


 お得意の無表情が崩れ、わずかに口角を上げていた。


 アタシも同じような反応。つくしが急にしおらしくなった。


「で、でも、これはやっぱり言わせてもらう。私のは決めつけでもないし、春は春で色々抱えてるの。そこは青宮君もわかってよ」


「……」


 青宮君は何か言いたげにアタシの方へ視線をやり、やがてつくしを見つめてから悩ましく口を開く。


「……まあ、僕もそこに関しては一方的に物事を言うだけで、理解を示そうとはしなかった。申し訳なく思う」


 いつの間にか喧嘩が収まってるのにびっくりだ。


 またアタシが止めないといけないのかな、とか思ってたけどすごい。


 人ってこんなにもわかり合えるんだ、とアタシは一人で感動してる。


「そういうわけで、姫路さんごめん。謝るよ。これからも先川さんの傍にいる者同士仲よくしよう」


「それは嫌かな」


「え……!?」


 思わずアタシは吹き出してしまう。


 青宮君が聞いたことのない声を出した。


 声を裏返らせて、「え!?」って。


「春の傍にいる者同士とか、青宮君と同じ括りにはされたくない。春の近くにいるのは私だけでいいからね」


「……ここに来て裏切るのか……君は……」


 怒ってるというより、呆れてる青宮君。


 アタシはそれがまた面白くて、笑いをこらえきれない。


 次第に青宮君の不満の矛先がアタシにも向き始めて、「君も君だよ」なんて言われ始める。


 気付けば、アタシたちは勉強なんか放り出して好きなことを喋っていた。


 向こうの背の高い本棚。


 そこに見知った女の子がいたなんて気付くことも無く。


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