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第28話 関係あるよ

 もうすぐ11月になるこの季節は、校内での目立ったイベントがほとんどない。


 あるとしたら、あと一週間後に始まるテスト週間くらいだけど、それが終わったら次は冬休みだ。


 時間が流れるのは本当に早い。


 特にここ最近は特にそう思う。


「昼休みぶり。珍しいね。今は姫路さんいないんだ?」


 4限の終わった15分間の休憩時間。


 教室を出てすぐそこの廊下で窓の外を眺めていると、青宮君から声を掛けられた。


「休憩時間の度にアタシの元へ来るつもり?」


 来るな、とは言ってないけど、あくまでも冗談のように言う。


 すると、彼は小さく笑んで、アタシの隣で立ち止まった。


 嫌な距離感じゃない。適度に離れてて、かと言って離れ過ぎてるわけでもない距離。


 青宮君はこういうところ上手だと思う。


 パーソナルスペースを弁えてるじゃないけど、人が不快に思わない距離感っていうのを心得てる人だな、と思う。見習いたいくらいだ。アタシの場合は、離れ過ぎて相手を不快にさせてしまうことがあるから。


「昼休みにも言った通りだよ。本が無いと、読書ができないと、僕は何もすることがない」


「それで毎回アタシのところに来るなんて、やっぱり好かれてるんだなぁ~」


「そうだね。僕は君のことが好き。そこに間違いはない」


 こうも堂々と言われてしまうと、友達だと認識してる青宮君相手でも動揺してしまう。


 特に今はやめて欲しかった。周りに人がいるし、何よりもアタシは変わってしまったんだから。


「……なんか、そういうところ意図してやってるのかな、って思うよね」


「ん? 何のこと?」


 表情を変えずに疑問符を浮かべる青宮君。


 アタシはそれに対し、「何でもない」とそっぽを向いた。


 彼は困ったように苦笑いを浮かべてる。


「そういえば、昼休みはこの話をできなかったから、今してもいいかな?」


「この話?」


「うん。学校を休んで、姫路さんと二人で病院へ行ったこと」


 どことなく言い方や語調に毒が含まれてるような気がした。


 アタシは少し言葉を詰まらせ、青宮君から目を逸らし、窓の外へ懸命に視線の先をやりながら口笛を吹こうとして見せる。


 ……が、


「先川さん、口笛吹けてないよ? あと、そんな必死に僕から目を逸らそうとしないで。ちゃんとこっち向いて?」


「……それは無理です。アタシが青宮君を見ないといけない理由……ありませんので」


「それなら、僕は淡々と話をさせてもらうよ。こっち見なくていいから、話だけ聞いて、質問も答えられるものだけ答えてください」


「……はい」


 なぜか敬語になるアタシ。


 結局、こういう時に強く出られない。


 つくしみたいに、普段大人しくても芯の強さがある人だったら、キッパリ色々言えるんだろうけど。


「まず、どうして病院に行ったの? 僕、行かない方がいいって言って、先川さんもそれを了承したような感じだったよね?」


「……それは……」


「そもそも、君は叶うなら病院に行きたくなかったんじゃ? どういう気持ちの変化?」


「……っ」


 青宮君自体に言えないわけじゃなかった。


 でも、ここだと少し言いづらい


 すぐ近くにはアタシのクラスの教室があるし、つくしとの恋をよりスムーズにしたい気持ちが膨れ上がったから、なんてこと、誰かに聞かれたら大変だ。


 だから、こうするしかない。


 アタシは周りを見渡して、青宮君を見つめる。


 そして、ぎこちなく手招きした。顔を寄せてくるよう促したつもりだ。


「……?」


 彼は最初こそ疑問符を浮かべるも、すぐにアタシの意図を理解し、顔の側面、つまり耳をこちらへ差し出してくれる。


 アタシはその耳に向かって口元を近付け、近くなったところでコソッと囁いた。




「……つくしの『好き』に最大限応えたくなったの。自分の気持ちを置き去りにしてでも」




 青宮君の顔が、体が微かに震えたのがわかった。


 耳をくすぐってしまったかもしれない。


 アタシはそれだけを言って、すぐに彼から離れる。


 青宮君は少しばかり顔を赤くさせ、耳に手をやって「なるほど」と小さく呟く。


 他に何か言いたげだったけど、そこは聞こうとしない。


 変な方向に話を持って行かせず、アタシはつくしの話をした。


「つくしはね、本当は女の子が好きなの。……だけど、それを押し殺してでもアタシに全力で寄り添うよう言ってくれた」


「……うん。それは知ってるし、先川さんだってそうするよう努める宣言をしたんだよね? お相子だから、って」


 アタシが頷くと、青宮君は続ける。


「それで、どうしてまた病院へ? 姫路さんの想いに応えたいって、また問題だったところに戻ってない?」


「戻ってない。そういうの色々打ち明けて、わかり合ったうえでアタシが言ったの。やっぱり病院へ行ってみる、って」


「……僕が姫路さんなら止めるけどな。君に辛い思いはして欲しくないから」


 もう一度頷く。


 その通りだ。


「それはつくしも同じようにアタシへ言ってくれた。でも、本当にそこからはアタシの意思でしかないんだ」


「……」


「それに、実際のところ受診したわけじゃないしね。アタシの体に起こってることが何なのか、病院の人へ相談だけしに行った」


「……結果はどうだった?」


 青宮君の声がさっきよりも沈んでる。


 そんな落ち込んだ質問に、アタシは嘘偽りなく答えた。


「こんな状態になってるのはあまり見たことがない、だって。まあ、そうやって言ったの、お医者さんでもないただの医療ソーシャルワーカーのおばさんなんだけど」


「え……? 何それ……?」


「アタシの世間知らず発動だよ。病院での相談って言ったら、ソーシャルワーカーさんが出てきたの。もっと看護師さんとかが来るものかと思ってたんだけど、全然そんなことない。入院費のこととか、そっち方面に詳しいだけの人。がっかりしちゃった」


「えぇぇ……」


 呆れたように青宮君がアタシをジト目で見つめてくる。


 アタシは、そんな彼に対して笑み顔を向けた。


 結局のところ、それでよかったのかもしれない、と。


「究極、アタシは気休めというか、つくしや青宮君以外の誰かに話を聞いて欲しいだけだった。別に解決なんて心の奥底では求めてなかったんだな、ってそこで気付いたんだよね」


「……そうなの? なんか可笑しな話だけど」


「確かに可笑しいね。アタシもよくわかんない。それ以上を求めたら次は診察になりそうだし、これでよかったんだよ」


「……姫路さんは何て?」


「つくし? つくしは――」


 と、アタシが言いかけたところで、だった。




「――アタシは別に今のままの春で構わないから気にしないよ、って言ったけど? 青宮君?」




 青宮君の背後から唐突に現れたつくし。


 当然彼はびっくりして、その驚きのままに尻もちをつきそうになってた。


 オーバーリアクションな気もするけど、その様が面白くて、アタシはつい声を出して笑ってしまった。


「青宮君……! 驚き過ぎ……!」


「だ、だって、あまりにもいきなりだったから……!」


 つくしは、ムスッとした表情で青宮君に詰め寄る。


「私がいない間に春に変なこと訊かないでもらえるかな?」


「別に変なことでもないよ。先川さんを傷付けない範囲の疑問だ。君には関係ない」


「関係あるよ。だって春は私の――」


 と、言いかけたところで、アタシはつくしの口を塞いだ。


 それ以上はダメ。


 そう言うと、つくしはすぐに笑顔になって、アタシに抱き着いてきた。


 わかった、と。


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