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第27話 なんと春なのです

 思うようにいかないことを予想して、その通りに物事が上手くいかなかった時、それでもどうして人は心の中をモヤつかせてしまうんだろう、と考える。


 病院に行って、病気かもわからない自分の体の話を誰かに聞いてもらう。


 そうすれば、もしかするとこの変化してしまった体の謎に迫れるかもしれないし、少しは気持ちを楽にできるきっかけが掴めるかもしれない。


 かもしれない、っていう可能性に掛けた行動でもあったのに。


 翌日のアタシは、どことなく気持ちが上向かないでいた。


 たぶん、病院に行きさえすれば救われる、と心の奥底で思い込んでいたんだろう。


 休み時間につくしと話をしていても、何となく上の空だ。


 どうもアタシの体に起こってることは、意味不明で病気とは言い難いと『思う』らしい。


 小牧さんにはそう言われた。




「――昨日結局病院に行ったらしいね、先川さん」




 昼休み。


 何気なくつくしと喋ってると、普段アタシたちの教室にはいないはずの青宮君が、こっちまで来て話し掛けてきた。


「え。何で青宮君知ってるの?」


 訊きたいことは色々あるけど、まずは少し驚く。


 彼はアタシたちの前で腕組みをしながら、普段通りの淡々とした喋り方で返してきた。


「君たちの担任と、僕たちC組の担任が廊下で話してるところを盗み聞きした。休んでる生徒の名簿か何かを確認してる最中だったのかな。よくわからないんだけどね」


「何それ。そういうことしていいの? 立花先生の株下がりそう」


 つくしが言うけど、青宮君は首を横に振って、


「いや、別にそんな堂々とやり取りしてるわけじゃないよ? この子は今日こういう理由があってお休みしてるんです、みたいな事務的なやり取りだったし」


「だとしてもじゃないかな? プライバシーは守らなきゃじゃん」


「うーん。まあ、そう言われると確かに、って感じなのかな? 良くないのかも」


「何なら、それを盗み聞きしてる青宮君も悪いよね。サイテー」


 ジト目で言うつくし。


 そんな視線を受けて、青宮君は軽く鼻で笑った。


「その意見に関して言えば、答えはノーだ。明らかにそこには君の私怨が感じられるね、姫路さん」


「よくわかってるじゃん。私怨入りまくりだよ?」


「僕が未だに先川さんのことを好――」


 言いかけてるところで、アタシは席を立ちあがり、青宮君の口を塞ぐ。


 ここは教室の中。


 皆が喋ってて騒がしいけど、うかつなことを話すとそれを誰が聴いてるかわからない。


 ただでさえ色々あるのに、これ以上状況を面倒なものにしたくなかった。


「……青宮君。色々言うのもいいけど、少し声のボリューム落として。何ならアタシの席座っていいし」


 アタシが言うと、つくしがそれに反応してきた。「何で~!?」と。


「だって、青宮君を立ったまま喋らせてたら、四方八方周りに聴こえるような声で色々言うだろうし、だったら座ってコソコソ話してもらう方がいいかな、とか思ったんだよ。絶対こうしないと事故になるから」


「そうだな。確かに君の言う通りだと思う、先川さん。さすがだ」


 堂々として言うもんだから、思わずため息をつきそうになった。つくしはジト目で青宮君のことを見てる。


「青宮君、よくそんな堂々と肯定できるね。自分の弱みを認められるのは良いことだと思うけどさ」


「まあ、実際のところ事実だしね。たぶん僕、あのままだとここが人の大勢いる教室だってことを忘れて喋ってたと思うし」


 アタシの言った通り、小さい声でコソコソとつくしとやり取りしてくれる青宮君。


 知らない人の席に座るわけにもいかないから、アタシは座ってるつくしと青宮君の間辺りに立ち、話に参加する。アタシは別にこれでも不満とかはない。


「それで話を戻すけど、青宮君はここへ何しに来たの? 元々C組なんですし、お帰り頂けますか?」


「姫路さん、君案外冷酷だな。せっかく僕を歓迎してくれたような流れだと思ってたのに」


 歓迎してないよ、とジト目のまま言い切るつくし。


 それに対し、青宮君は囁きボイスのまま、つくしへ顔を近付けるようにして返す。

「歓迎してくれよ。僕は自分のクラスに友達と言える存在がいないんだ。今日はちょうど読書するための本を忘れてしまったし、図書室が使えないから、君たちの傍にいない場合学校中を探検するハメになる。それだけは嫌なんだ」


 図書室が使えない……? 何でだろ……?


 疑問に思うアタシをよそに、つくしは「そんなの知りませーん」と冗談っぽく塩対応。


 青宮君を指差しながら、


「そんなこと言って、本当は春を狙ってるんでしょ? 今のこの子なら自分にもチャンスがあるから、とか考えたりしてさ」


 青宮君は珍しく焦るようにして首を横に振った。「それはない」と。


「好きなのと、狙い続けるっていうのは、まったく別の話だ。先川さんが姫路さんとの仲を確かなモノにしたのは知ってるんだし、その仲を引き裂くような真似はしない。小説でも漫画でも映画でも、とにかく僕は純愛モノしか好まないからな。悲恋は勘弁だ」


「そう? でも、ネットだと青宮君みたいなタイプは、奪い、奪われのドロドロ昼ドラ展開みたいなストーリーを好みがちって言ってる人もいたけど?」


「何だよそれは。君が僕のことをどういう枠組みの中に入れて考えてるのかはわからないが、失礼なことを言ってくれてるのだけはハッキリわかる。断じて違う。僕はそういうジャンルなどまるで好まない。よって、君たちの仲を壊したりもしない。ここに誓うぞ」


「じゃあ、どうして私と春の昼休みを邪魔しようとしてくるのかな? 自分が奪い役になるつもり満々じゃん?」


「だからそれはさっきから言ってるように、読書もできないし、する環境が無く、学校中を目的もなく徘徊するハメになるからだって言ってるだろ? 君も物わかりが悪い人だな」


 囁きボイスで白熱した舌戦を繰り広げる二人。


 気付けば肩で呼吸して、顔を近寄せ合っていた。


 寄せ合っていたんだけど……まあ、つくしと普段絡むはずのないような青宮君がこんなことになってるのは、周りからすれば面白可笑しいシーンなんだと思う。


 予想した通り、向こうの方から聞き慣れた声が飛んできた。


「おっ、何だ何だ~? つくしが男子と見つめ合ってるぞ~?」


 見れば、こっちに来るのは安定の松島さんたち。


 松島さん同様、楽しそうにアタシたちを見つめてる三木さんと、申し訳なさげに苦笑いしてる尾上さん。


 いつもの三人組だった。


「松たち、何? なんでニヤニヤしてるの?」


 知ってるくせに、つくしは面倒くさそうな感じで松島さんたちの方を見ながら問う。


 アタシたちの元へ来た三人のうち、松島さんと三木さんがつくしを肘でつつき出した。わざとらしくからかう雰囲気だ。


「何々~? つくし~、先川さんがいるのに男~? 男作っちゃう気なの~?」

「まったく~、モテ女ではあるけど~、これじゃあ先川さん泣いちゃうよ~? ねぇ~?」


 三木さんがアタシに話を振って来る。


 苦笑いを浮かべるしかないんだけど、尾上さんがアタシへ言ってきた。「相手しなくていいから」と。


「ていうか、君は名前何だったっけ? 確かC組だよな? 私ゃ知ってるぞ」


「知ってるって、それクラスだけでしょ? 名前知らないんじゃん……」


 げんなりした感じで松島さんへ言うつくし。


 松島さんは舌をペロッと出し、「バレたか」といつも通りのフリーダムさだ。


「この人は青宮君だよ。ご存じC組の男子で、友達がゼロの可哀想な人」


 うわー……最低だつくし……。


 わざとらしくニヤニヤし、青宮君を煽りながら言うつくし。


 でも、そのせいで変な空気にならずに済んでるのかもしれない。


 松島さんたちも「えぇ!? 友達ゼロぉ!?」とオーバーリアクション。


 青宮君も雰囲気に乗せられて、本気で怒ることをせず、つくしを見て歯ぎしりしていた。


「君ねぇ……!」


「ただ、実を言うとそれはC組の中でゼロなだけで、ここB組には残念ながら友達がいるんだよね、青宮君」


「「えぇぇ~! なんだよ、面白くな~い!」」


 声を合わせる松島さんと三木さん。尾上さんはため息。


「それは誰かと言うとですね~……」


 溜めて溜めて、つくしはアタシの方を悔し気に指差した。


「なんと……春なのです……」


「「えぇぇ~!?」」


 またしてもわざとらしいふざけた二人の声。


 アタシも尾上さんと同じくため息だ。


 いったい何なの、このノリは……。


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