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第26話 相談すること

 まさか。


 まさかこんなことになるとは思ってもなかった。


「相談窓口ってこの辺りになるのかな? ……あ、でもなんか違うっぽいね」


 平日に学校を休んで、つくしと一緒に病院へ行くことになるなんて。


「受付の人に場所訊く? 総合病院だし、ある程度広いのはわかってたけど、まさかここまでとは思ってなかったよね」


「……せめて病院くらいは大きくしとかないと、って思ったのかな?」


「田舎で、おじいちゃんおばあちゃんが多いから、みたいな?」


「その言い方、どことなく不謹慎な気もするけどね……」


「え、でもそうとしか思えなくない?」


 ――なんて会話を繰り広げつつ、アタシはつくしと一緒に並んで歩く。


 とりあえず内科の相談窓口まで行くために、ようやく見つけた院内案内図を見て確認。


 場所を把握してから、アタシたちはまた歩き出した。


「それにしても、最近アタシ学校休み過ぎだよね……。そろそろ先生に目付けられそう……」


「……そこは仕方ないよ。春、今大変な目に遭ってるんだし」


「先生に話せたら多少は楽になるんだろうけどね。その辺り理解してくれて、みたいな」


「でも、そうなると……」


「お母さんに話が行っちゃうんだよね……」


 それを避けたいがために、アタシは今こうして受診するわけでもなく、相談窓口で話だけ聞いてもらおうとしてる。


 自分を俯瞰して見ても、哀れというか、可哀想……なんてことは自分に対して思いたくないけど、そうするしかないってどうなんだろ、とか思う。


 もう少しだけ生きやすい環境に生まれたかった。


 ……っていうのは、少し欲張りなのかな。


 わからない。


 もっと恵まれてない人はたくさんいるだろうし、アタシなんかがそんなことを思うのは、ちょっと悲劇のヒロインぶってる節があるかもしれない。


 仕方ない。


 今あるところで人は生きていくしかないから。


「……ここだね。内科の場所」


 出入り口の扉付近。


 プレート上に内科と書いてある。


 見れば、そこには待合の椅子が数多く設置されていて、お年寄りの人たちや、子ども連れのお母さんらしき人たち、それから他にも若めの男の人たちが座ってたり、色々。


 ただ、この人たちはこれから受診するわけで、アタシはそうじゃない。


 だとしても、とにかく勝手がわからなかったから、とりあえず受付の窓口にいる女の人に声を掛けてみた。


「……あの……すみません。相談窓口の予約をしていたんですけど……」


 彼女から見て、アタシとつくしはどう映ったんだろう。


 子どもが二人で何しに来たんだ、とか思われてるのかな。


 不安になるけど、すぐに女性の受付さんは事務的にアタシの名前を訊いてきた。


 求められた通り名前を教えると、彼女は「少々お待ちください」と言って席を立ち、電話を繋げ始めた。


 医療ソーシャルワーカーの相談員さんが来てくれるという話になってたから、その人がアタシたちの元へ来てくれるんだと思う。


 ちょうどすぐそこに、空いていた二つ分の椅子スペースがあったから、腰を下ろす。


 どことなく緊張してるアタシだったけど、つくしはそうでもない口調で、それでも静かに話し掛けてくる。


「医療ソーシャルワーカーさんって、お医者さんではないんだよね?」


「……みたい。だから、たぶん医療的なこととか、専門的なことはわからないと思う……」


「じゃあ、何ならわかるんだろ? 入院制度の話とか?」


「……もだし、色々保険のこととか……? アタシもよくわからないんだけど、でもちょっとくらいは今の状態のこと話したい……」


「……それがいいと思う。話したら楽になることだってあるし」


「……うん」


 つくしの言う通り。


 医療ソーシャルワーカーさんからしたらいい迷惑かもしれないけど、それでも少しだけ話を聞いて欲しかった。




「ええっと……あなたたちかしら? 今日の相談予定の方は……」




 視線を足元にやっていたところ、頭上の方から声がする。


 顔を上げると、そこには50代くらいの優しそうな女の人が立っていた。


「先川さんですか? どちらかの方はお連れさん?」


 女性に問われ、つくしが遠慮がちに手を挙げて主張する。


 私がお連れさんです、と。


「そう。なら、こちらの方が今日の予約を入れてくれていた先川さんね?」


「は、はい」


 大きな声というか、普通のボリュームの声も出せない。


 アタシは消え入りそうな声で頷く。


 この低くなった声で男子だと知られたくないから、今は。


「それじゃあ、少し移動しましょうか。すぐそこですからね」


 優しく微笑み、女性はアタシたちを手招きし、先導してくれた。


 つくしはアタシの顔を見て、自分もついて行っていいのか、何も言わずに疑問符を浮かべる。


 わからないけど、とりあえずは何も言われなかったし、いいんだと思った。


 ダメだったらダメで、アタシが傍にいて欲しいってお願いしてみる。


 それでもダメなら、その時は仕方ないけど。


「ごめんなさい、少し階段上がるわね」


「……いえ」


「高校生さんよね? 今日は学校お休みしたの?」


「……はい」


「そちらのお友達さんも?」


 階段を上がりながらつくしは話を振られ、「はい」と頷いた。


 ソーシャルワーカーさんはクスッと笑み、「仲が良いのね」と言う。


 友達だからといって学校を休んじゃダメ、とかそういう注意はしてこなかった。ホッとする。


「何歳になっても友達は大切にしておくべきだけど、あなたたちくらいの年齢の時の友達は、特に大切にしておいた方がいいわ。お節介なことを言うとね」


「私もそう思います。高校時代って今しかないですもんね」


 頷くだけのアタシの代わりに、つくしが返してくれた。


 そのまま続ける。


「大学生になったら……はまだ先のことだから想像がつかないですけど、何なら中学生の時の友達も大切にした方がいいと思います」


「その通りよ。大切にして? 10年経っても仲良くしていられるような関係の人がいたら、それはもう最高ね」


「私の場合は、それがこの子なんです」


 はにかみながら、惚気るように言うつくし。


 階段を上り終えたソーシャルワーカーさんは、達成感のあるような笑い声を出した。「あはは」と。


「だったら、あなたは先川さんを大切にしてあげて。先川さんも……えっと」


「姫路です。姫路つくしって言います」


「姫路さん。ね?」







 階段を上がり、少し歩いた先。


 静かで、アタシたち以外他に誰もいないこじんまりとした部屋。


 この部屋の名前をなんて言うのかはわからないけど、もっと踏み込んだ会話はここでするんだと思う。


 ソーシャルワーカーさんの指示で椅子に腰掛けるよう言われ、アタシたち二人はそこへ座った。


 向かい合うように彼女も座る。


「自己紹介が遅れてましたね。私はこの病院で医療ソーシャルワーカーをしている小牧と言います。よろしくお願いします」


 アタシとつくしはぺこりと頭を下げる。


「先ほど話した通り、今日は先川さんが予約を取り付けていたということだけれど、相談内容の方を詳しく教えてもらってもよろしいかしら?」


 言われ、アタシは自分の心臓をドク、と跳ねさせる。


 つくしと青宮君、それ以外の特に親しくない人に自分の状況を話すのは初めてだ。


 だから緊張した。


 どんな反応をされるだろう。


 どんな言葉を投げかけられるだろう。


 そもそも、こんなことを話してもいいのか。


 色々な考えが渦巻いて、思わずそれを否定してしまいそうになるけど、アタシは一歩前に踏み出すように声を出した。


「……その……アタシ……」


「はい」


「実は……少し前から……体が女子から男子に変わって……」


「……え?」


「声も……今はこんなですけど……元は高かったんです。体が男性化して、声もこんな感じになっちゃいました」


「……それは……どういうこと?」


 首を傾げる彼女に対し、アタシの焦りの気持ちは強くなる。


 そのまま、アタシは急き立てられるように、自分のことを語っていった。


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