雨が降ってる日の薄暗さに負けないよう点けられた電気の明るさが嫌いだ。
朝と昼は、陽の光が室内を照らすくらいでちょうどいい。
人工的に作られた明る過ぎる光は、どこかアタシの気持ちを不必要に騒ぎ立てさせて、落ち着かなくさせる。
もっと静かに自分に向き合いたい。
向き合って、傍にいてくれる人、大切な人と笑ってられるような、そんな日々が送られるようなアタシでいたい。
だから、こうして朝から変に明るい教室は嫌いだ。
今は、特に静かに落ち着いていたいから。
▼
朝のホームルームが終わって、一限の準備をするための15分の休憩時間。
現代国語の教科書とノートを机の上に出そうとしていると、つくしがアタシのところへ来てくれた。
「……春、さっきの話詳しく聞かせて?」
表情は浮かない。
アタシの目を見てくれず、どこかオドオドしてるような、らしくないつくし。
それを見たからか、アタシも声に力を入れられなかった。
自分では普段通り振る舞おうとしているのに、声が掠れる。
咳払いをして、もう一度「うん」と返事の声を出すと、つくしはアタシの肩に触れながら微笑んでくれた。
だけど、その笑みも無理してくれてるのがわかるもので。
胸がギュッとするような感覚に囚われながら、アタシは席から立ってつくしについて行く。
廊下を出て、トイレを超えて、水飲み場を超えて。
人気のないいつもの空き教室に入り、電気を点けず、薄暗い中でアタシたちは改めて向かい合う。
先に口を開いたのはつくしだ。
「……ごめんね。さっきは私……色々びっくりしちゃって……」
「……ううん。こっちこそ……ごめん。いきなり変なこと言って……」
つくしが首を横に振る。
綺麗な髪の毛が小さく一緒に揺れた。
「春が謝ることない。いつだってそう。春は何も悪いことしないよ。悪いのはいつも春以外の誰か」
「……そんなこともないけど」
「そんなことある。だって私、ずっと春のこと傍で見てたから。春のこと、誰よりも詳しい自信……あるから」
「……っ」
「……だから……今回だって……悪いのは私。男の子になった春を受け入れられてなかったのと……春が抱えてること……何も察してあげられてなかった」
「……それは――」
「春が何でも話してくれるような友達に……ううん……恋人になりたいって……ずっと思ってたのに……」
さっきと同じだ。
「私は……全然そういう存在になれてなかった……」
つくしの瞳から涙がこぼれる。
頬を伝って、それが床に落ちた。
居ても立っても居られない。
やり切れない思いがアタシを突き動して。
気付けば、つくしを抱き締めていた。
「は……る……?」
嫌がられるかもしれない。
抱き締めた後になってそう思ったけど、つくしはアタシを拒否することなくジッとしてくれてる。
どうにかして安心させたい。
これ以上悲しまないで欲しい。
そんな身勝手な思いが届いたような気もしたけど、喜ぶ気にはなれなかった。
男子である今のアタシに対して、つくしが抱いてくれてるのはきっと恋心じゃない。
そう思っていたから。
「……つくし……さっきの言葉は撤回した方がいいよ……」
「……へ……?」
震える声でつくしは疑問符を浮かべる。
アタシは彼女の腰に回した手へ少しばかり力を込めて続けた。
「アタシが……悪いことしないってやつ……」
「…………どう……して?」
「だって……悪いことしないなら……つくしのこと泣かせてない」
「……これは……」
「つくしに対して……ちゃんと全部自分のこと……喋ってる」
「っ……」
「でも……アタシはそれをしなかった……。何かを隠すことなんて……一番つくしが嫌うことのはずなのに……」
「……はる……」
「ごめん……ごめんね……。アタシだってずっとつくしの傍にいたのに……こんな……ことになって……」
「……はるぅ……」
震えながら名前を呼んでくれて、彼女は激しく嗚咽を漏らす。
抱き返すようにアタシの腰へ回していた手には、かなりの力が入れられていた。
そして――
「ばかぁ!」
「いたっ!?」
手の力が緩んだと思ったその途端、突然背中を叩かれる。
「だからそれはわたしがわるいんだってばぁ! わたしが……はるにしゃべりづらいくうきただよわせるからぁ!」
「そんなの違うよ……! これはアタシが言っておけばよかったことで、つくしは全然――」
「だからそれもぜんぶわたしでしょ!? てゆーか、それならわたしだってぜんぜんしょうじきになれてなかったしぃ! おとこのこのはるにこいごころいだけないってぇ!」
「っ……ま、まあ、そこは……」
「わかったらみとめて! ぜんぶわたしがわるいって! はるはわるくないって!」
「……それは無理」
「なんでぇ!?」
結局、アタシはそこから授業の始まるギリギリまでつくしに背中を叩かれ続けた。
痛かったのは痛かったけど、だからってそんなのは耐えられない痛みじゃない。
それどころか、本音で話せて、こうしてつくしに思いを伝えられたのが嬉しくて。
アタシは涙ながらに笑ってしまっていた。
●〇●〇●〇●
「――で、とりあえず二人はお互いに自分の抱えていた想いを全部伝えて、状況もハッキリさせることができたと、そういうことなんだね?」
「「うん」」
「そのうえで、僕に判断して欲しいことがある、と」
「「そう」」
「僕以外に、先川さんが男子化したことを誰も知らないから」
「「そうなの」」
「うーん……なるほど……なるほどねぇ……」
「「わかってくれた?」」
「あ、うん。わかったよ。わかったけどさ……」
雨降りの放課後。
アタシのアパートの部屋の中で、青宮君は割と大きめの声で主張した。
「そんなこと訊いてくる!? 理由はわかったけど、僕へそのことに関しての判断委ねる!? ちょっと普通にびっくりしてるんだが!?」
珍しかった。
青宮君がここまで感情いっぱいに叫ぶのなんて。
よっぽど気に入らないんだろうけど、アタシは謝りながら彼へ返した。
「ごめん、青宮君。青宮君の言うことごもっともなんだけど、どうしても意見と判断が欲しくて……」
つくしもアタシに続く。
「そうなんだ。ごめんね、青宮君。こうしてかつてのライバルに意見を求めるのは違うってわかってるんだけど、春と話し合って決めたことで……」
「だからってわからないよ! 『男子化したのを相談するためにはいったい病院のどの科へ相談したらいいか、そもそも病院に行くべきか』なんてさ! そんなの自分たちで決めなよ!?」
「「なにとぞ……!」」
「なにとぞじゃないよ! 僕だって色々複雑な想い抱えてんのにさ! そこんところ、先川さんはわかってるはずだよね!?」
「あー……何なら私も知ってる。青宮君、男の子もいけるんだよね?」
「全部筒抜けじゃないか! なら一層僕にそういう相談しないで欲しいんだけど!? 叶うなら、本当にさ!」
「……ごめん……!」
アタシはただ頭を下げることしかできない。
最低なお願いだってことはわかってるけど、話をできる人なんて青宮君しかいなかったから。
「っ~……! もう……本当に……。とりあえず顔上げて、先川さん?」
言われた通り顔を上げる。
呆れたように青宮君はため息をつき、
「言っとくけど、僕のはあくまでも一意見だよ?」
「うん」
「僕は――」
行かなくてもいいと思う。
彼はそうアタシたちに言ってくれた。