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第22話 彼のおかげ

 離れて欲しくない想い。


 消えて欲しくない想い。


 繋がって欲しい想い。


 そのすべてが願望になって、アタシを衝動的に突き動かした。


 アタシは、つくしにキスをした。


 今持ってる自分の気持ちが、言葉にしなくてもつくしに届いて欲しいと願って、つくしの唇に自らの唇を重ねた。


 でも、ダメだった。


 キス自体は初めてじゃない。


 初めてじゃないけど、アタシからするのは初めてで、結果としてつくしに拒まれてしまった。


 やっぱりそうなんだな、と思った。


 つくしが好きなのは、女子のアタシ。


 男子になってしまった先川春なんて、本当は無理だったんだ。


 ただ、やっぱり、とは言ったものの、拒否されるのが現実になって欲しくなかったって思いはある。


 繋ぎ止めておきたい大切な人から突き放されることほど辛いことは無い。


 胸の内側が張り裂けそうなほどに痛い。


 呼吸も苦しくなった。


 とにかく、この場からは消えてしまいたい。


 つくしの前から消えてしまいたい。


 そう思ったアタシは、まだ使用時間の残ってるカラオケボックスの部屋から飛び出した。




「春! 待って!」




 優しいつくしは、アタシのことを呼び止めてくれる。


 でも、そんな優しい彼女に拒否されるくらいのことをアタシはした。


 その事実がただただ辛い。




 ――待って。




 後ろから何度もそう言ってくれるつくしの呼びかけに応えず、アタシはどんどん前に走り進んで行った。






●〇●〇●〇●






 翌日の学校はすごく行きづらかった。


 あんなに楽しくカラオケで歌えたり、話せたりしてたのに、どうしてこうなったんだろう。


 強く思うけど、話は単純だった。


 男子になったアタシは、つくしに受け入れてもらえてなかった。


 ただ、それだけのこと。


 それだけのことなのに、それがすごくすごく悲しい。


 苦しい。


 苦しい。


 苦しい。


「……つくし……っ……」


 こんなことになったアタシは、彼女のことを諦めないといけない。


 関係を続けていけない。


 それなのに、いつまでも、いつまでも、つくしのことが頭の中を埋め尽くして離れてくれない。


 アタシは、どうしようもなくつくしのことが好きなんだ。


 訳のわからない恋愛嗜好に陥っても。


 女の子のことが好きじゃなくなっても。


 男の子のことが好きになっても。


 人としてつくしのことが好き。






●〇●〇●〇●






 つくしに拒まれた翌日。


 アタシは学校に行かず、放課後の時間帯になって青宮君をアパートの部屋に呼んだ。


 つくし以外の同級生に自分の住んでる場所なんて教えたことが無い。


 青宮君を入れて、これで二人目。


「――君も色々大変だね。そんなことがあったんだ?」


「……うん。あった」


 問うてくる青宮君に対し、アタシはテーブルの傍で体育座りしながら返す。


 彼は腕組みしながら続けた。


「それで、今日の学校は休んで、放課後に僕と会ってくれてる」


「……うん。会ってくれてる」


「弱ったね。なんか責任重大だ。もっと軽々しく遊んで、最後にもう一度告白でもしようかと思ってたのに」


「してみてくれてもいいよ。今のアタシなら、案外すんなりいくかもしれない」


 アタシの言葉の意図なんてきっとわからず、青宮君は表情を変えないまま小さくため息。


「そう言われて告白する気が無くなった。僕は振られるつもりでいたし、何よりもそんなセリフを吐く君とお付き合いしようって気にならない。ごめん」


「振らないでよ。別にアタシは告白したわけじゃないのに」


「今のは告白みたいなもんだよ。勘違いしがちな僕には少なくともそう聞こえた。物事ってのは、いつも受け取る側の価値観に沿って変動していくもんだ。自分勝手なこと言って悪いけど」


「……ごめん」


「だからそこで謝らないでよ。いつもの君なら言い返してるはずだ。『自分勝手だと思うなら言わないでよ』ってさ」


 言葉としては注意してる風だけど、彼の語調や表情は特に変わらない。


 こういう時、アタシは青宮君が本気なのか、冗談なのかわからなくなる。


 何も彼だって一切表情を変えないってわけではないんだけど、あまり喜怒哀楽を顔に出さないタイプだ。


「アタシ、そんなきついこと青宮君に言わないよ。ていうか、基本的に誰かにそこまできつく当たれない」


「そっか。じゃあ、僕はおおよそ君の言う『誰か』に該当していない人ならざる者として捉えられてる、と。そう考えていいかい?」


「考えて良くない。人として捉えてるつもりなので」


「……うーん」


 うーん、って……。


 何もアタシだってそこまでひどいこと言わないよ。


「……まあ、何というか、今の君に僕は手を出せない。元よりそんな強引に、っていうタイプでもないんだけどね。君も冗談で言ってるだけだろうし」


「どっちなんだろうね。冗談じゃないかもしれないし、冗談なのかもしれない。青宮君も口では大丈夫って言ってたけど、やっぱり無理に決まってるよね、男子になったアタシなんて」


「僕に二言はないよ。男性も女性も恋愛対象で間違いない。ただ、傷心中の君に言い寄るなんてことできないってだけでさ」


「傷心中が無理だって言うんなら、体育館の近くで話した時もアタシは傷心中だったよ? でも青宮君、全然アタシのこと口説いてなかった?」


「口説いてないね。言葉でそういうニュアンスのことを言ってたとしても、それは恐らく冗談だ」


「皆そう。つくしも結局そうだったの。アタシのこと、好きじゃなかった」


 アタシが言い切ったところで、わずかな沈黙が生まれる。


 青宮君は少し困ったような反応を示して、それからすぐに口をまた開いた。


「どうだろう。僕は姫路さんじゃないから彼女の気持ちはわからないけど、姫路さんも姫路さんで、君と同じように悩んでる気がするけどね」


「でも、つくしは性別変わってないよ? 女の子のままだし、恋愛嗜好もそのまま」


「だけど、君という大切な存在が変わってしまった。そのせいで、気持ちにも変化が表れた。そうも捉えられないかな?」


 想像もしてなかったことを言われ、アタシは疑問符を浮かべてしまう。


「気持ちの変化って……何? 男子になったアタシのことを好きじゃなくなったってこと?」


「んー……まあ、仮にそうだとして、そこに対する悩みかな」


「……?」


「君と一緒だよ。すごくすごく大切だった人が自分の恋の対象外に勝手に行ってしまった。そのせいで100%の気持ちを向けてあげられない。苦しい。苦しい最中に、不意に君からキスされた。勢いあまって、反射的に拒んでしまった。気持ちは先川さんの元にあるのに、と」


「……そんな都合のいい話、あるのは漫画とか映画の中だけだと思う。無いよ。そんな考えてることが何から何まで一緒なんてこと」


「でも、確証が取れるわけでもないし、君は彼女に訊いたわけでもないだろ? アタシと一緒の気持ちですか、ってさ」


「それはそう。そんなの訊けるはずもない。青宮君じゃないんだから」


「うん。僕でも難しいね。すぐには訊けないや」


「ほらね?」


「でも、だからこそ絶望し切るのは違うんじゃない? 何もそんなに落ち込まなくてもいいって話さ。どん底なんてこと全然無いね」


 言って、青宮君はアタシがテーブルの上に置いたお皿に手を伸ばす。


 クラッカーだ。


 お菓子も何も無かったから、塩味だけのそれをお皿に並べてあげた。


 もぐもぐと咀嚼しながら話を続けてくれる。


「たださ、そうは言っても、君が反射的に姫路さんの元から逃げ出してしまったっての、理解はできるよ、僕も」


「……無理してない?」


「無理してない。ほら、僕が先川さんに告白した時もさ、僕は何かを言おうとした君の元から早々に立ち去って、最後まで話を聞かなかったことあっただろう?」


「……あったかな?」


「あったよ。ひどいな。好きじゃないのは知ってるけど、そこのところは覚えといて欲しい」


「好きじゃないこと無いよ。つくしに比べると、ってだけで」


「なるほどね。太陽の前じゃ星の光なんて見えやしないってことか。納得」


「相変わらず自分で納得するのが上手だね」


「そうしないとやってられないからね」


 パリッとクラッカーを噛み割り、真顔のままモグモグする青宮君。


 アタシは彼のそんな姿を見て、思わず笑ってしまいそうになる。


 不思議な人だなって、改めて思った。


「……アタシもそういう力欲しい。自分で上手に納得する力」


「先川さんは身に付けなくてもいいよ。こんなの、いいことなんてほとんどない」


「でも、今は役立ってるよ?」


「苦しいことが起こった時だけだよ。君はそういうこと、全部姫路さんに話せばいい。彼女はきっと全部受け止めてくれるから」


「そうかな?」


「そうだよ。彼女、先川さんのこと本当に大好きなんだから」


 青宮君は、アタシに何度も何度もそう言ってくれた。


 アタシはその言葉を聞いて、我ながら単純に気持ちを少し軽くさせる。


 笑えるのも、全部彼のおかげだ。


 青宮君がここに来てくれなかったら、前みたいに潰れかけてたかもしれない。


「……あ……でも、そっか……」


「……?」


 アタシの独り言に、青宮君が首を傾げる。


「……あの時もそうだった。苦しい時、つくしがここに来てくれたんだ」


 首を傾げたまま、青宮君は咳払いした。


 そして、言葉を続けてくれる。


 アタシが元気になるような励まし文句を。


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