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第21話 揺らぎようのない事実

「――さっき、私に何言おうとしてくれてたの、春?」


 改めて二人きりになったカラオケボックスの個室。


 暗いその部屋の中は、液晶に流れてるデモ映像の音声だけがすべて。


 アタシはつくしの顔をジッと見つめ、一度視線を離し、また戻す。


 喜怒哀楽のどれにも該当しない彼女の表情は、どうにも読めなくて、アタシの心臓の鼓動を早めた。


 つくしは……いったいどんな回答を期待してるんだろう。


 思わずそんなことを考えてしまうけど、これ以上自分の『本当』を隠したくなかった。


 勇気を振り絞って、声にする。


「え……えっと……その……」


「うん。何々? すごい気になる」


「あ、あのね……? つ、つくしは……さ……」


「うんうん」


「い……今の……男の子になったアタシといて……どうも思わないの?」


「……え?」


「あっ、あのっ、変な意味というか、怒ってるわけじゃなくて、単純な疑問で……! だ、だって、アタシはつくしに恋愛感情を抱いてた所謂レズで、つくしもアタシを好いてくれてたってことは、れ、レズだよね?」


「……」


「そ、それなのに、こんな今のアタシとデュエットしててどうなのかなーとか、か、変わらずに恋愛感情抱いてくれてるのかなーとか、そ、その、い、色々気になっちゃって……!」


「……」


「あ、あははは……」


 つくしは何も返してくれない。


 本当に、さっきと表情を変えず、喜怒哀楽の色も無いまま、ジッとアタシを見つめてる。


 アタシは耐えられなかった。


 視線を別のところ、自分の足元にやって、頬を引きつらせながら苦笑いを浮かべる。


 みっともないのはわかってた。


 わかってたけど、今の仕草も何もかも、勝手に出てしまう。


 堂々となんてできない。


「……ご……ごめん……なんか……面倒なのはアタシも……」


「……え?」


 声を発してくれた。


 つくしの口から疑問符が漏れ出る。


 少しホッとして、頬を引きつらせたままアタシは続けた。


「今日の帰りのホームルーム前……化学の後……つくしがアタシに言ったこと……全然自分にも当てはまる。面倒なこと言ってごめん……」


「……あー……」


「つくしのは全然なんだけど……アタシの方は群を抜いてる……本当にごめんね……?」


「……」


 沈黙。


 またデモ映像の音声だけが部屋の中の全部になった。


 消えてしまいたい。


 心の底からそう思う。


「……ふふっ」


「…………?」


 何を言われるだろう。


 そう思ってると、つくしの笑い声が聴こえる。


 アタシは思わず少し顔を上げてしまう。


 つくしは天井を見上げていた。


「そんなの全然面倒じゃないよ……って言う時、こんな気持ちなんだね」


「……っ」


「うん。でもね、春? 本当に全然面倒じゃないよ。安心して?」


「……で、でも、今の言い方……」


 ごにょごにょと言うと、つくしは「あー」と言ってその場で立ち上がり、アタシの真隣に腰を下ろした。


 近くなって、また目を逸らす。


 つくしはずっとアタシの方を見たままだ。


「面倒じゃないって言ったら面倒じゃないの。そこ、疑ったらダメだよ? わかった、春?」


「……は、はい……」


「なーにが『はい』なの。堅苦しいなぁ。そこはさ、いつもみたいに明るく『うん』って言ってよ。ね?」


「う、うん」


 はぁ、とつくしがため息をついて続ける。


「ていうかね、春? 男の子になってからの春、ずっとオドオドしてるし、アタシと目を合わせてくれる頻度すっごく減った」


「……っ……!」


「私のこと、嫌いになっちゃった? やっぱり面倒だから、相手するのもヤ?」


「そ、そんなことない! そんなことないよ!」


 つい大きめの声で反論してしまう。


 逸らしていた目もつくしの顔に合わせ、きっぱり否定。


 つくしは、アタシに向けていたジト目をそのままにして、口元を緩ませる。


「ほんとに~?」


「ほ、ほんと! ほんとだよ! アタシにとってつくしは大切な人でしかないし、唯一無二だし、かけがえのない人で……と、とにかく大好きな女の子だから!」


「ふふふっ。大胆な告白もらっちゃいました」


「あ……」


 手のひらの上で転がされてしまった。


 でも、それに関しては本当のことだから否定はしない。


 ただ恥ずかしさに下を向く。


「……と、というか……オドオドしてるのもアタシの場合……女子の時からそうだし」


「そうだねぇ。そこが春の可愛い所でもある」


「……っ」


「だけど、その頻度が高くなったかなぁ、っていう話だったの。今だってそう。目もよく逸らしがちだし、まるで私に何か大切なことを隠してるみたい」


 ドキ、と心臓が強く跳ねる。


 嫌な汗が浮かんだ。


「……私は……春に何でも言ってもらえるような……そんな存在になりたいから」


「っ……」


「まあ、そのためには私も隠し事無しでいかなきゃいけないんだけどね! 春だけに何でも言って欲しいとか、そんなのは都合が良すぎるもん!」


「……」


「正直者になる道はまだまだ遠そうだ~。昨日の間食のこととか、絶対に言えないもん。ふふふっ」


「……」


 胸が痛い。


 つくしをずっと裏切り続けてる。


 その事実をこれでもかというほどに突き付けられる。


「それで、さっきの春の言ったことだけど、私は別に不満とか無いよ?」


「……え」


「私の恋愛嗜好がどうであれ、好きな人が春なのに変わりは無いし、何て言ったって春は春だもん」


「……そ……そう……なんだ……」


「そうそう。って、青宮君もそう言ってたらしいから、先にセリフ取られたみたいでなんか嫌なんだけどね。彼、私のライバルだし」


「ら、らいばる……?」


「うん、ライバル。恋敵。春、あの人に告白されたんだよね?」


「ま、まあ……」


「今も友達って名目で春に近付いてきてるし……! 本当は近付かないで! って言いたいんだけど、そんなこと言ったら春の友人関係に水を差しそうだし、それもまた私が嫌なの。面倒過ぎるよね、私」


 そんなことない。


 面倒なのは、全然アタシの方。


「とにかく、そういうこと。私は気にしてないよ。想いが通じ合ってたって事実があったら、どんな春でも受け入れられる」


「……でも、つくし……男子があんまり得意じゃないって……」


「そんなの、私はお父さんだけだよ~。男の人全員が酷くないってことはわかってるし、一括りにして嫌うつもりなんて全然無いからね、私」


「……」


「だから春? 自分のことは気にしないで、これからもずっと私と一緒にいて? 本当に、本当に、大好きだから」


「……じゃあ――」


 吹っ切れたように体を動かす。


 アタシはすぐ傍にいたつくしを座ったまま押し倒し、唇に唇を重ねた。


 キス。


 一度も自分から仕掛けたことのない行為を、衝動に任せて行う。


「っ……!? は、春っ……んっ……!?」


 喋る隙なんて与えない。


 動揺からか、逃れようとするつくしの唇を強引に奪う。


 それだけじゃない。


 舌も入れた。


 熱が絡む。


 つくしの体温がすごく伝わってきた。


「――い、いやっ……!」


 ……だけど。


 だけど、そんなアタシの行為は。


「…………つく……し……?」


「――っ! あ……! え、えっと……」


 やっぱり、そういうことなのかもしれない。


 残酷な現実が、揺らぎようのない事実が、目の前に現れる。


「……ごめん……」


 アタシは置いていたカバンを手に持ち、部屋から飛び出た。


「春!」


 つくしが名前を呼んでくれるけど、止まることなんてできなかった。


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