一世一代の告白をした。
好き、とはもう言ったけど、それ以上の告白をしてしまった。
変化した自分の気持ちに、どうにかして抗いたい。
その一心でつくしにお願いした。
――アタシの頭の中、つくしでいっぱいにして欲しい。
後には引き下がれない。
引き下がれないけど、無謀なお願いでもなかった気がする。
だって、アタシとつくしは、お互いに好き合ってた。
過去形なのは、アタシの気持ちが100%になってないからそうしてるだけ。
男の子が恋愛対象になった、なんてことは言えない。
言えば、きっとつくしは深く傷付く。
そうなるくらいなら、頑張るのはアタシだけで充分。
荒療治で、無理やりにでもつくしへの恋愛感情を取り戻したい。
そういう意味でアタシは、アタシを愛してくれるたった一人の女の子にお願いしたんだ。
頭の中をあなたのことでいっぱいにしてください、って。
……なのに……。
「あーあー! マイクの音、これくらいでいいかな?」
二人きりとはいえ、どうしてアタシはつくしとカラオケボックスに来てるんだろう。
全然わからない。
ここはどちらかの家に行って……みたいになるのかな、とか思ってたのに。
「春は何歌う? いつものメイコの曲? それとも……あ、男の子の声出せるから渋めのやつ歌えるんじゃないかな? いっちゃう? いつもとは違うタイプの曲!」
アタシにマイクを差し出してくれながら、楽しそうに言ってくるつくし。
思わず苦笑い。
確かにこの声だと男性ボーカルにも合うだろうから色々歌えそうだけど……まあいっか。つくしが楽しいなら何でもいいや。
「じゃあ、MADとかいってみようかな? 先、つくしが歌ってもいいよ」
「え、ほんとに? それならお言葉に甘えて。あ、そうだ春! 最後でいいからデュエットしようよ! 男声と女声の見事な二重奏を披露しちゃお!」
「う、うん。いいよ。……でも、披露って誰にも聴かせないけどね」
いいのいいの、とつくしはニコニコしてた。
アタシも思わず笑んでしまう。
「では一曲目、いきまーす!」
そうやって、アタシたちは二人きりでカラオケを楽しんだ。
今までもこうしてつくしと一緒にカラオケボックスに来たことはあるけど、なぜか今回はいつもより新鮮な気がした。
男声で歌えるから、っていうのももちろんあるのかもしれない。
たまに歌いたい曲がつくしと被っちゃったりしがちだったけど、今日はそんなことなかった。
どっちがその曲を歌うのかのじゃんけんだって一度もしてない。
それが良いのか悪いのかは置いといて、とにかく目新しいことが続いてたからの新鮮さだと思う。
そう。
きっとそうだ。
「じゃあ、最後にお約束のデュエットタイム~! えっと、入れる曲は~」
「……ね、ねえ、つくし?」
「ん~? 何~?」
曲入力のタブレットを操作しながら返事してくれるつくし。
アタシは、思い切ったように提案した。
「そのデュエット……女声二人分で歌えるやつとか……にしない?」
「え?」
つくしの手が止まった。
顔を上げ、アタシの方を見つめてくる。
アタシは、そんなつくしの視線から逃げるように下を向いて続けた。
「や、やっぱり二人で歌うならいつも通りがいいかな……とか思ったりして……。さ、さっきまで男声で歌ってたけど、いつもと感覚が違うから上手に声出せなくて……」
「……ふふっ。どうしたの? 別にそんなことなかったと思うけど?」
「い、いや……そ、そんなことあるの……。結構無理してて……アタシ……」
「ん~?」
冗談っぽく意地悪なジト目をこっちに向け、つくしはアタシの反応を楽しんでくる。
思わず歯ぎしりしてしまうけど、こういうところは前までのつくしと何も変わらない。
アタシの知ってる、大好きな姫路つくし。
久しぶりな気がした。
こうしてふざけたようなやり取りをするの。
……でも。
だけど。
アタシは――
「……あ、あのね、つくし。アタシ――」
言いかけた時だ。
不意に出入り口の扉が開き、女性店員さんが入って来る。
手にはお盆。その上にフライドポテト入りのお皿が置かれていた。
「――すみません、失礼します。ご注文されましたフライドポテトになります」
何かを歌ってたわけじゃなかったから、アタシたちの部屋の液晶からはデモ映像が淡々と流れるばかりだ。
つくしと一緒に、どことなく気まずい雰囲気で店員さんに対して会釈し、テーブルにお盆を置いてもらう。
この人が出て行ったら、会話の続きをしよう。
今、アタシはつくしに大切なことを訊こうとしてた。
気持ちがはやる。
若干前のめりになるアタシだけど、いつだって神様は物事を簡単に進めさせてくれない。
「それでは、ごゆっくりどうぞ――あっ!」
置いたお盆から手を離し、元の体勢に戻ろうとした店員さんが、傍に置いてたジュースの入ったコップに手を引っ掛けてしまう。
それが空ならよかったんだけど、中はカルピスで満たされてた。
「ご、ごめんなさい!」
幸いコップがプラスチックだから割れることはなかったけど、床は見事にびしょ濡れだ。
アタシはあたふたするも、すぐにつくしは店員さんに声を掛けてた。
「何か拭けるものとかありますか? 雑巾とか」
「申し訳ありません! す、すぐに持ってきますね!」
店員さんは走って部屋から出て行った。
残されたアタシたちは苦笑交じりにテーブルを少し避けさせたり、落ちたコップを拾ったり、できることをした。
「すみません、持ってきました! これでお拭きしますので少々お待ちを――」
「いいですよ、私にも何枚かください。一緒に拭きますので」
「え、で、でもお客様にお手伝い頂くわけには……」
「大丈夫です。ね、春?」
つくしはアタシの方へ視線をやり、問いかけてくる。
「う、うんっ」
頷いて、二人で店員さんから雑巾を受け取った。
床を拭き、飛び散ってる椅子の方も拭く。
結局、片付けるのに10分ほどかけて、部屋は元通り綺麗になった。
「本当に申し訳ありませんでした! 時間の方、ご迷惑おかけした分延長させていただきますので、どうぞ引き続きごゆっくりしていってください!」
「いえいえ~、大丈夫ですよ~」
何度も頭を下げながら、店員さんは部屋から出て行った。
とりあえずアタシたちは椅子に腰掛ける。
「まあ、こういうこともあるよね。人間誰でもミスはするし」
「うん。そうだね」
「ポテトも持って来てもらったし、これ食べよーよ」
「時間延長してくれるみたいだったけど、どれくらい増やしてもらえるんだろ?」
「わかんない。でも、また電話してくれるんじゃないかな? とにかくゆっくりしよ?」
「そもそも時間、あと10分くらいだったよね? このタイミングでポテト持って来てくれるっていうのもツッコミどころ満載な気がする……」
「あははっ。確かに。まーまー、いいや。結局時間にも余裕ができたわけだし」
もしかして、ジュースをこぼしたのもわざと……?
なんて、ありもしない推理を頭の中でふざけて働かせるアタシだけど、実際につくしもそう言ってた。
あれ、さっきのわざとだったりして、みたいに。
面白くて、つい笑ってしまった。
何か曲を歌うわけでもない。
ポテトを食べながらダラダラ。
でも、そんな中で、つくしがアタシに問うてきた。
冗談っぽさを残しつつも、少し神妙な表情。
「さっきさ、何か言いかけてたよね、春?」
「え?」
「デュエット曲歌お、ってなってる時。あれ、何を言おうとしてくれてたの? ちょっと間が空いちゃったけど、訊いていい?」
心臓がドク、と動く。
アタシは、一度取りやめた決心をもう一度復活させるのに、少し間を空けながらつくしの顔を見つめた。