「昼休み、青宮君と何話してたの?」
帰りのホームルームの時間が近付いてる廊下。
並んで一緒に歩いてたつくしが歩を止めて、アタシにそう問うてきた。
窓から夕日が差し込んでるのに、アタシの前に立ってるつくしの表情には陰があるように思える。
冗談みたいな空気じゃない。
真剣な問いかけで、どことなくつくしが怖く思えた。
もしかして、怒ってるのかもしれない。
「え、えっと――」
「そもそも、私には言ってなかったよね? 青宮君と昼休みに二人きりで話しに行くなんて」
「っ……」
そこに間違いはない。
青宮君と話すことをつくしには何も言ってなかった。
「やっと昨日知れたのに。私と春、想いが通じ合ってたんだって」
「ち、違うのつくし。アタシは――」
「春、私一人でお弁当食べたんだよ?」
「……へ?」
「だって浮気だもん。他の女の子たちと一緒にご飯食べたら、春が悲しむよね? だから私は一人で食べた。寂しかったけど、それも我慢してたんだ」
「……っ」
「そしたら、春は青宮君と一緒にいた。私に何も言わずに、あの人と楽しそうに話してた」
「……」
言い訳ができない。
すぐに謝ろうと思った。
悪いのはアタシだ。
つくしはここまでアタシのことを想ってくれてたのに、何の考えもなく青宮君と二人きりでいた。
「ご、ごめん、つく――」
そう言葉にしかけた瞬間。
つくしが前からアタシの方へ身を預けてきた。
勢いもあったから、背中を壁に打ち付けてしまう。
痛い。ドン、と音がする。
「……つ……つくし……?」
「………………」
声を掛けてみるも、つくしは何も言ってくれない。
アタシたちは抱き合う形で、廊下に二人きり。
向こうの方から薄っすら声は聴こえてくるけど、ここは人通りが少ない。
勘繰ってしまう。
もしかすると、人があまり来ないのを知っていて、つくしはここでアタシに問いかけてきたのかもしれない。
「……ごめんね、春。面倒なこと言ってる自覚はあるの」
囁くようなつくしの声がアタシの耳をくすぐる。
思わず身をよじり、つくしの腰辺り、制服を軽く握ってしまう。
「……でも、だからって、問い詰めるのを止める気にはならない……なれないよ……。私はこんなにも必死なのに……」
「つ……つくっ……」
「せっかく想いが通じ合ってたってわかったのに」
「……っ」
「……せっかく……せっかく……!」
「っんぁ……!?」
露わになっていたアタシの首筋。
そこに、生暖かくて、硬い何かがぶつかる。
つくしの歯だ。
つくしがアタシの首筋を甘く噛んできた。
「や、やめっ……!」
つくしの体から離れようとするものの、上手くいかない。
力が入りづらいのもあったけど、何よりもつくしの力が強かった。
絶対に離してやらない。そんな思いが感じられて、アタシはそれに飲み込まれていく。
力を入れるのを諦め、ただつくしのするがままに体をゆだねた。
膝がガクつく。
脚にも力が入らなくなってき始める。
「つく……し……」
「………………」
「……ごめん…………ごめんなさい……」
「………………」
「アタ……シ……」
「……違うんだよ……春?」
「…………?」
つくしの声がまたアタシの耳を撫でる。
――違う。
その言葉に疑問を覚えてしまった。
何が違うんだろう、と。
「……別に私、謝って欲しいわけじゃない……。そうじゃなくて……青宮君と何話してたのか……気になってるだけ……」
「……っ……」
「怒ってもないよ。春と喧嘩なんてしたくない。喧嘩するほど仲が良いってよく言うけど、そんなの嘘だと思う」
「……」
「それに、さっき前川先生も言ってた。こういう友達を大切にしなさいって」
「…………っ……」
つくしがアタシの頭の後ろに手をやって、二人で完全なゼロ距離になった。
髪の毛をいじらしく手櫛でとき、毛先をクルクルと弄ばれる。
もうアタシたちは前までの適度な距離感には戻れない。
そんなのわかってたけど、それにしても前までのつくしとは違う。
きっとこれは、アタシなら本来喜んでたことなんだろう。
つくしとたくさん密着して、イチャイチャして。
恋人のようなことをたくさんする。
今だって、こうしてハグされてるということは、女の子の時のアタシだったら感動してたんじゃないかとさえ思う。
だけど、それはもはや叶わなくなってしまったことで。
つくしへの『好き』も、どうしたって友達以上の想いにはなっていかなくて。
このハグも、より一層その事実を突き付けられるだけの行為にしかならなくて。
涙を流しそうになる。
悲しい。
つくしの前では泣かない。
どこか心の中でそう決めてたのに、流れていく雫を我慢できなかった。
「……え……?」
鼻をすする音。
それのせいで、つくしはハッとしたように抱擁を解き、アタシの顔を見やってくる。
「は、春……!? え……ちょ、え……!?」
「つくし……ごめん……一人にさせて……ごめん……」
「ど、どうして泣くの……? 私、強く言い過ぎた……?」
「ううん……全然そんなことなくて……申し訳なくて……色々……」
「……青宮君と何かあった……?」
「何も無い。でも、話した。体が男の子になったって」
「え、話したの……?」
「相談できる男子、青宮君しかいないから。同じ男子だし、頼ってもいいかなと思って」
「……それで、青宮君はなんて?」
「別にアタシはアタシだから、って言われた」
「……?」
「男子になったからって変わらないんだって。普段通り接するって、そう言われた」
「それ以外は?」
「それだけ」
「本当に?」
「本当」
「……じゃあ、なんで今、春は泣いて――」
喋ってる最中なのにも関わらず、アタシは自分からつくしへ抱き着く。
不意打ちだ。
今度はつくしが虚を突かれたせいでよろける。
涙はまだ枯れてなかった。
震える声で、アタシは一番大切な人に訴える。
「つくし……お願い……」
「……? 春……?」
「何でも……何でもいいから……アタシに……」
「……うん」
「好きな人同士がするようなこと……たくさんして欲しい……」
「……」
「デートも、ハグも、キスも、他のことだって色々、思いつくこと、全部」
――そしたら、アタシは……。
「アタシの頭の中……つくしでいっぱいにして欲しい……」
縋りつくように言ったアタシの言葉は、夕陽の差す廊下の中で受取先を求めるようにして漂う。
それは、やがて一番届いて欲しい人の元に辿り着いた。
彼女は、確かにこう囁いたのだ。
「……いいよ。私も、春でいっぱいにして?」