「先川さん。急いでる中、申し訳ない。ちょっとした提案というか、申し込みというか、申請というか、お誘いがあるんだけど、聞いてくれないかな?」
「……全然いいけど、どうしたの? お誘いって、何かお願いしづらいこと?」
アタシが問うと、青宮君は「いや」と首を横に振った。
昼休みが終わって、教室の方に戻ってる最中だ。
少し早歩きだし、さっきみたいにゆっくりはしていられない。
「お願いしづらいといえばお願いしづらいし、しづらくないと言えばしづらくない、かな」
「それ、すごくお願いしづらそうだよね? いいよ、とにかく言ってみて? 何の誘い?」
「会話だね」
思わずその場でガクッとなりかけた。
そんなことか、と思ったけど、たぶん簡単な話じゃないんだろう。
いつも堂々としてて、あんまりキョドったりしない青宮君が、今ばかりは少しもじもじしてる。
と言っても、他の人からしたら普通に見えるくらいだ。
変に動揺してる雰囲気は無い。
無いけど、アタシにはわかった。このいつもと違う感じが。
「会話って、さっきもしてるし、何なら今でもしてるよね? そんな改まって誘うようなこと?」
「違うんだ。違うんだよ、先川さん。僕が望んでるのは、こういう状況下での会話じゃないんだ」
こういう状況下っていうのは、歩きながらとか、そういうことなのかな。
わからないけど、とりあえずアタシは頷いておく。
「さっきも僕たちは話してたけど、あれだって昼休みという時間制限のある中行ったもので、ゆったりとした雰囲気じゃなかった」
「うんうん。つまり青宮君は、もっと落ち着いたところでアタシと話したいってこと?」
問うと、彼は頷いた。
「そういうこと。何なら、学校外で」
「学校外、つまりファミレスとか、別のところになるのかな?」
「ファミレスまではいかなくてもいいんだ。もっとこう、簡単で、誰も人がいないような公園とかが望ましい」
「人がいないところかぁ」
「あ、でも勘違いはしないで欲しい。決して下心があるから人のいないところを指定してるんじゃなくて、落ち着いて先川さんと話したいからそういう場所をお願いしてるんだ。そこは勘違いしないで欲しい。よろしくお願いします」
なるほど、と思った。
よくよく考えたら、こうやって青宮君にちゃんと誘われるのは初めてだ。
気持ちはすごくわかる。
アタシもつくしのことを始めてどこかへ遊びに誘う時、かなりドキドキした。
それと同じ気がする。
「わかってるよ。別にアタシ、青宮君を変なことする人だって思ってないから」
「え、そ、そうなんだ。てっきりいつまでも付き纏ってくる変質者と思われてるのかと」
「それは半分正解」
「ですよね。さっき自白しましたし、僕」
思わず笑ってしまう。
そうなのだ。半分は正解。そこは間違いない。
「でも、半分は不正解だよ」
「びっくり。先川さんは優しい」
「どうだろ。半分は変質者と思ってるってことだし」
「それでも優しいよ。僕は君を好きになってよかった」
「アタシ、今男子なんですけどね」
「僕には関係ないね」
青宮君の『好き』は、今のアタシにとって良くない。
明らかに前の時と感じ方が違ってた。
ここまで変わるものなのか、と思って怖くなるけど、アタシにはつくしがいる。
それは、恋愛感情が薄れてしまっても消えない。
青宮君を受け入れてしまえば、それはつくしも、自分も裏切ることになる。
それだけは絶対にやっちゃダメなんだ。
……絶対に。
「じゃあ、今度の放課後とかでいい? いつになるかは、ちょっとつくしに相談してからまた決めたいんだけど」
「いいよ。そういえば、いつも姫路さんと下校してるもんね」
「本当に全部見てるんだね……」
「いやいや、そこはずっと変わらずだし。今さらだよ」
わざとらしく防御姿勢になるアタシ。
青宮君の前だと、こうするのがもうパターン化してる気がした。
「というわけで、それじゃあよろしく。いけそうな日が決まったら教えて欲しい。僕はいつでも大丈夫だから」
「わかった。了解だよ」
教室の前に着き、アタシたちは別れる。
自分の席に座り、次の授業の教科書を引き出しから出すんだけど、その際に、つくしと目が合った。
どことなく何か言いたげな、そんな目をしてる。
ただ、アタシが軽く苦笑すると、つくしも苦笑いした。
何を思ってるのかはわからない。
推測と願望が入り混じったアタシの思いは一つ。
――嫉妬しててくれないかな。
そんなものだった。
●〇●〇●〇●
昼休みが終わって、五限も終わった。
残りのホームルームを終わらせれば、晴れて放課後だ。
「申し訳ないね、二人とも。今日はたまたま資料と実験器具が多くて」
「「いえいえ~」」
……ただ、アタシとつくしは、先生と一緒になって授業の後片付けをしてる。
五限目は化学だった。
場所は理科室を使っていて、日直はこうして色々と雑務を任されるわけだ。
「ごめんね、春。わざわざ私のために」
「ううん。大丈夫。つくしと一緒じゃなきゃ、アタシどうせぼっちだから」
苦笑して言うと、つくしもアタシと同じように苦笑いした。
それを見ていた化学担当の男性教師、前川先生もクスッと笑み、アタシたちに話しかけてくれる。
「二人は仲が良いね。姫路さんは日直だけど、先川さんはそうじゃないよね?」
「は、はい。でもアタシ、つく……じゃなくて、姫路さんがいないと一人なので……」
いかにも根暗そうな感じで苦笑交じりに言うアタシだけど、前川先生は微笑を浮かべた優しい表情のまま、
「それは友達がいないってこと?」
なんて聞いてくる。
すごくストレートだけど、否定できない。
アタシは苦しくも頷き、自虐的に頬を引きつらせて笑んだ。
「そういうこと……ですね……あはは……」
「心配しなくても大丈夫だよ。友達を作るのが得意な人と、そうでない人はどうしてもいる。得意じゃなくても、大切な人がたった一人いるだけで全然違うからね」
「……大切な人……ですか」
「そう。大切な人。君で言う、姫路さんとかね」
前川先生に言われて、アタシはつくしのことをチラッと見やった。
アタシと目が合ったつくしは、いたずらっぽく笑む。
よかったね、みたいな、アタシをからかうような目だ。
ちょっと悔しいけど、その通りだった。
アタシの中の一番は、どうやってもつくし。
つくし以外に一番を置きたくないくらい。
それは、何があっても変わらない。
「にしても、最近は風もだいぶ冷たくなってきたね。先川さん、喉の調子悪そうだけど、大丈夫?」
「あっ……! は、はいっ……! 大丈夫です……!」
前川先生が唐突に心配してくれる。
アタシはドキッとしながらもなんとか返した。
やっぱり声のことは皆に心配されてしまう。
本当は喉の調子が悪いとか、そういうことじゃないんだけど。
「体調にも気を付けてね。……よいしょ、じゃあ後は先生がこれを準備室に持って行くから、君たちは教室へ帰って大丈夫だよ。ありがとう」
言われ、アタシたちは自分の持ち物をまとめてから、理科室を後にした。
二人で並んで廊下を歩き、教室を目指す。
アタシは胸を押さえて安堵した。
まさか男子になってるとは思われないだろうけど、それでもかなりヒヤッとした。
「危なかった……やっぱり皆違和感なんだね……アタシの声……」
「……そこは仕方ないよ。何も知らなかったら、私も心配してた。どうしたの、って」
「……そっか……」
「ねえ、春?」
「……? 何、つくし?」
「昼休みさ、青宮君と何話してたの?」
「え?」
つくしの声のトーンが少し変わった。