「つくしに告白して、それで訊いた。アタシのこと、好き? って」
風が吹き抜けていく。
コンクリートに腰掛けている青宮君は、アタシの方を何も言わずにジッと見つめて、口を小さく開けていた。
彼は驚いてるんだと思う。
あんなにヘタレだったアタシが、つくしに対して想いを告げたなんて、と。
少し清々しい気持ちになった。
ドヤ顔の一つでもしてやりたい。
ただ、それは何の問題も無かった場合だ。
何の問題も無く、つくしに想いを受け入れてもらえて、アタシもつくしの想いを受け入れる。
それができていれば、きっと心も軽かったはず。
考えるだけで涙が出そうになる。
今、色々と昨日のことを思い出せば、悲しくなって仕方がない。
アタシは潤みそうになる目に力を入れて、泣きそうになってるのを誤魔化した。
青宮君が、動揺しながらも「あー……」と声を出す。
そのおかげで沈黙は消えていった。
「それ、本当に? あんなに姫路さんへ想いを告げることなんてできないって言ってたのに」
「やっぱりびっくりしたんだ。ほんとだよ」
「でも、いったいどういう経緯で? すごい勇気がいったんじゃない?」
青宮君に問われ、アタシは頷く。
勇気は必要だった。
でも、あの時のアタシは、言わずにはいられなかった。
「……なんていうか、アタシの気持ちの少しでも言っておかないと、耐えられなかったんだ。今は、ちょっと色々抱え過ぎてるから」
「体が男子になったこと……だよね?」
「うん。そのこととか、他にも色々あって」
「色々って……僕が今聞こうとしてもいいのかな?」
アタシは首を横に振る。
ごめん、と。
全部が全部言えることじゃない。
特に恋愛嗜好が変わったなんて、今の状況じゃなかなか口にしづらい。
つくしにも言ってないし。
「……だけど、どっちかと言うと、話しやすいのは青宮君の方かも」
「……え? 僕?」
何が? と、彼は首を傾げた。
アタシは彼の疑問符に応える。
「抱えてること、色々伝えるの。青宮君は全然本命じゃないし」
「今、さりげなく結構ひどいことを言われた気がするな」
彼はため息交じりに言う。
アタシは苦笑し、手を合わせて謝る仕草をしながら返した。
「間違いないね。そこは自覚してる」
「でも、そうやって雑な扱いされても僕が機嫌を損ねないって先川さんに知られてる事実がまた嬉しいね」
「そう言われると、青宮君のたくましさに対して、申し訳ない思いが募るよ。本当にごめん」
「いやいや、謝ってくれなくてもいい。これで腹を立てたり、嫌な気持ちになったんであれば、僕は何も言わずに君の前から立ち去ってる。それをしないってことは、ある種一定の快楽を感じてるってことだよ。むしろ君は誇っていい。僕という一人間を手懐けたんだから」
「ちょっと何言ってるのかわからないし、気持ち悪い気がする……」
「気持ち悪いのは今に始まったことじゃないさ。僕は割と学校の中でも君のことを目で追ってるし、自覚もしてる。ストーカーっぽいなって」
「それはアタシも思ってた。ちょっとストーカーの気があるよね、青宮君。怖いです」
アタシはわざとらしく自分の体を抱くようにして、青宮君から距離を取るような仕草。
でも、彼は「ふふ」と鼻で笑い、
「安心してくれ。僕が君をストーキングするのは学校の中だけだ。校門を出たらただの人だよ。先川さんの家がどこにあるのかだってわからない」
「アタシの家を知らないのは当然のことだよね。一回も教えたことないんだから」
「間違いないね」
言って、彼は楽しそうに笑っていた。
アタシも笑ってしまう。
ストーカーでも、気持ち悪いことを自称するような人でも、アタシは青宮君のことを嫌いになれない。
理由はちゃんとある。
こういう真剣な話をする時、いつも彼は冗談っぽいことを言って、雰囲気を和ませてくれる。
ストーキングするとか、そういう話も、全部冗談だ。
わかってた。
だからアタシは――
「結局さ、つくしはアタシのことを好いてくれてたんだ」
自分から話を先に進めた。
青宮君は「えっ」と濁点の付いたような声で驚きを露わにする。
「それって、彼女も恋愛嗜好が女子という意味で?」
「……うん。そうみたい」
アタシが頷いたのを見て、彼は腕組みした。
言葉を選ぼうとしてるのがわかる。
何を考えているのかも、何となくわかった。
それを察して、続ける。
「だけど、アタシは今男子になった。つくしはさ、元々男の人が少し苦手だから、そういう意味でも、今のアタシをどう思うのか訊いたの」
「うん」
「そしたら、『春は春だから』って。変わらないよ、ってことだと思う」
「……」
「アタシはその言葉を素直に受け入れればいいだけなんだけど……」
「仕方ないよ。色々考える」
青宮君は、アタシの言葉を繋ぐようにして言う。
「仮に僕が君だったとしても、考えてしまう。姫路さんの『好き』が、今も恋愛的な意味の『好き』なのか」
「……うん」
それは、すごく自分勝手な想いだってことも自覚してる。
アタシも同じだから。
変わってしまった恋愛嗜好で、つくしと心の底からキスしたい、と思えなくなってる。
それなのに、繋ぎ止めるようにして、つくしに変わらない『好き』を抱き続けていて欲しいなんて、本当なら虫の良すぎる話だ。
噛み合わない。
上手くいかせようとすればするほど、自分の中で罪悪感と自己嫌悪が募っていく。
本当にどうしようもない。
アタシって人間は。
「かといって、人の想いとか、感情は簡単に変えられない」
――まるで、僕が君を想っているように。
青宮君は言葉にしないけど、そう言われてるような気がした。
都合が良くて、自分勝手なアタシらしい妄想だ。
「難しいね。本当に、色々」
「……難しい。訊きたいことも……また新しくできたし」
アタシが呟くようにして言うと、青宮君は、向こうの曇ってる空を見上げて、短く返してきた。
「そっか」と。
それから、続ける。
「じゃあ、僕に話そうとしてくれてた秘密ってのも、残念ながらお預けかな?」
「お預け……というか、つくしに訊きたかったのは、女子の時のアタシが好きかどうかだったの。結果として、それは悪い回答じゃなかったから……」
「なるほど。賭けは僕の負け、と」
「賭けって程でもないけど」
「じゃあ、もう一度勝負を仕掛けてもいい?」
「……え?」
青宮君は、そう言って立ち上がった。
お尻に付いてる小石を軽く払って、アタシの方をジッと見つめながら言ってきた。
「新しくできた、姫路さんへの訊きたいこと。それが悪い結果になったら、僕へ秘密を話して欲しい」
「……すごく急だね」
「それはそうさ。僕だって悔しい。諦めの悪い僕は、次々に勝負を挑んでいくんだ」
「……なんか羨ましい。そのポジティブさ」
アタシは気付けば笑んでいた。
青宮君は少し明るめの声で返してくる。「君も知ってるだろう」と。
「一度君に振られたのに、今でもこうして絡み続けてるんだ。並大抵のメンタルじゃないよ」
「やっぱり、告白した側は辛いよね。告白された側はどうってことなくても」
「そうそう。って、それを君が言うのか、って話なんだけどね。傷をえぐられてるようで苦しい」
「でも、仕方ないよ。あの時のアタシは、女の子が好きで、つくしが好きだったんだもん。男の子が恋愛対象じゃない」
「……? あの時?」
ハッとした。
つい、言うべきじゃないことを口に出しかけてた。
あの時、じゃない。
今も、なんだ。
設定は。
「……ん? 何かおかしなことでもあった?」
何とも思っていない風を装って、首を傾げる。
青宮君は「いや」と手を横に振った。
「何でもない。たぶん僕の気にし過ぎだ。スルーして欲しい」
「変な青宮君」
アタシが笑ってそう言った刹那、昼休み終了のチャイムが鳴る。
気付けば、自動販売機前にいた人たちは皆いなくなっていた。
いつの間にか教室の方へ帰っていたみたいだ。
「じゃあ、僕たちも帰ろうか」
「あ、うん」
言って、アタシたちは歩き出す。
教室の方へ向かった。