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第15話 友達になりたいと思った理由

「教えて……つくし……女の子の時の私……恋愛的に好きだったかどうか」


 冷たい秋風が、アタシとつくしの間を通り抜けていく。


 あと、もう一時間もすれば辺りも暗くなるような、そんな時間だ。


 暗くなってから聞こうかとも思ってた。


 でも、それは無理だ。


 我慢できなかった。


 早く知りたい。


 つくしの気持ちがアタシに向いていたのかどうか。


「……それを聞いて……さ」


「……?」


 アタシを見つめていたつくしが、視線をゆっくりと足元にやりながら、呟くように言う。


「それを聞いて、春はどうするの?」


「……どうするって……それは……」


「意図がわかんない。女の子だった時の春を私がどう思ってたか、って。わかんない質問だよ、そんなの」


「っ……」


「ちゃんと説明して? どうしてそんなことを聞いてきたのか」


「……」


「じゃないと私、答えようがない。不用意に傷付けたくないから」




 ――春のことも。自分のことも。




 つくしはアタシにそう言い放った。


 ……困る。


 答えはちゃんともらわないといけない。


 ゆっくりと今のままでいたら、いずれ本当につくしへの気持ちがどこかに行ってしまう。


 それが怖くてたまらない。


 アタシは頷いた。


 話す。


 質問の意図も全部、つくしに。


 たとえ、気持ち悪がられたとしても。


「……たし……アタシ……ね? つくしのことが……好きだったの……」


「……へ……?」


「ずっと……前から……中学生の頃から」


 つくしの顔は見ていられない。


 勝手に涙が浮かんでくる。


 もしかしたら、これがつくしと普通に喋っていられる最後の時かもしれない。


 そう考えたら、自然と涙がこぼれた。


 ずっと蓋をしていた自分の気持ちを、一つ一つ言葉にしていく。


「……言えなかったんだ。アタシ……女子なのに……同じ女子のつくしに恋愛感情抱いてるとか……普通に気持ち悪いと思われるだろうし」


「……そ、そんな――」


「いいの。いいんだ、別に。それは……その……たぶん、大体の人が気持ち悪いって思うことだろうし。つくしは悪くない。悪いのはアタシだから」


「ちょ、ちょっと待って! 待ってよ、春!」


「待たない。アタシは――」


 そう言いかけたタイミングで。


 半分自暴自棄になっていたアタシは、つくしに力強く肩を掴まれてしまう。


 自然と視線が前を向く。


 そこには、立ち上がってジュースを買いに行こうとしていたはずのつくしがいて、同じ目線でアタシのことをジッと見つめ返してくれていた。


「違うよ、春……! 春は……勘違いしてる……! 違うの……!」


 何が違うんだろう。


 わからないし、気になる。


 気になるけど、そこから先の言葉は、アタシが求めてるものじゃないってなんとなく察せる。


 だから、また視線を下にやった。


 つくしと目を合わせておくのが怖い。


「ねえ、春……? お願い、私のことちゃんと見て……?」


「……無理だよ……怖い……」


「怖い……? 何が怖いの……?」


「……っ」


 自分で答えを求めておきながら、いったい何を言ってるのか。


 アタシ自身に対して文句を言いたくなる。


 でも、それなのに、アタシは首を横に振って、弱々しく返すことしかできなかった。


「……つくしに気持ちを言葉にされるの……やっぱり怖い……」


 涙が止まらない。


 声の震えも止まらない。


 まともじゃない恋愛の先は、いつだって悲しい現実に阻まれる。


 上手くいくのはフィクションの世界だけだ。


 アタシたちの生きてるこの場所で、女の子同士の恋なんてきっと実らない。


 実るはずがない。


「自分勝手でごめん……。こうやって泣くのも……つくしを困らせるだけってわかってるのに……アタシ……」


「……ううん。いいよ。大丈夫だから」


 静かに、穏やかに、いつも通りのつくしの優しい声が耳を撫でる。


 ポケットから取り出したハンカチでアタシの目元を拭ってくれた。


「…………つくし……アタシは……」


「もういいよ。わかったから。春の気持ち、ちゃんと教えてもらった」


「……っ」


 それはつまり、もうつくしの中で答えが出た、ということだと思う。


 残酷なくらいに鋭利なそれを、丁寧にオブラートに包んでアタシに伝えるつもり。


 そもそも、最初からこうなることはわかってたんだ。


 逃げ場なんて無い。


 アタシにできることなんて、つくしの本当の想いをちゃんと受け入れるだけ。


 ギュッと目を閉じ、答えを待った。


「……ねえ、春? 春はさ、私と初めて話した日のこと、覚えてる?」


「……え?」


 思ってたのと違う。


 問われ、アタシはゆっくりとつくしの方を見た。


 つくしは、アタシの傍に座ったまま、昔を思い出すように宙を見つめてる。


「ほら、中学一年の時だよ。ソフトテニス部でハブられてる私が誰ともペア組めそうになくて、春がペア組み買って出てくれた時」


「……それは……覚えてるけど」


「あの時ね、私、実はその後帰って泣いたんだ。この世にこんな優しい人がいるなんてー、って感動してさ」


「……そう……だったんだ……」


 こんなタイミングでだけど、初めて知った。


 つくしはにこやかに頷く。


 それから続けた。


「もう、直感的に思ったよね。あ、私この子と友達になりたい、って」


「……っ」


「まあ、そうは言っても、当時すっごく私嫌われてたし、そんな私が春に付き纏ったら今度は春が他の子たちから攻撃受けるかもしれないから、なかなかすぐにベタベタくっついて、ともいかなかったんだけどね」


「……」


「でも、そうやって毎日を過ごしててさ、夏休み前だったかな? 土曜日の練習中、春が熱中症になった」


「…………あったね」


「さすがに覚えてるよね。それで私がずっと傍にいて看病してあげたの」


「……うん」


 もうだいぶ前のように感じる。


 あの出来事から、アタシはつくしと仲良くなっていった。


「やっと恩返しできると思ったし、何よりも、やっと春と二人きりになれると思った。熱中症で苦しんでる相手に何考えてるんだ、って感じだけど、初めてゆっくり会話できるな、とも考えてたしね」


「……うん」


「結果として、私たちはそこで色々な会話をすることができて、先川春がどんな女の子なのか、私はちゃんと知ることができた。予想通りだったんだ。優しくて、可愛い子だ、ってところ」


「……可愛くはないよ。あの時から男の子みたいな見た目だし」


「可愛いじゃん。ボーイッシュ女子。そもそも春、中性的で整った顔してるんだし」


「……っ……」


「それに、私が言いたいのは何も顔とか見た目だけじゃない。性格とか仕草とか、そういう全部を含めて可愛いと思ったの」


「……うぅ……」


「あと、絶対にこの子が本心を曝け出せるような相手になりたい、とも思った」


「……何それ……?」


 問うと、つくしはアタシに笑顔を向けてくれて、


「何だと思う?」


 なんて言って、逆に質問してくる。


 わからないから聞いてるんだけど、今この状況、アタシはつくしが笑ってくれてるだけで安堵した。


 心の内はわからなくても、アタシを切り離さないでいてくれてるようで。


「まあ、さすがに忘れてるよね。春、私に言ってくれたの。熱中症で気持ち悪かったけど、なかなか先生に言い出せなかった、って」


「……言った……かな?」


「うん。言った。周りの人に迷惑が掛かるから、あんまり自分の思ってること言えない。苦手なタイプだ、って」


「……」


 全然覚えてないけど……それは今でも思ってる。


 アタシは考えてることを誰かに話すのが苦手。


「それを知って、私は春が自分の考えてることを何でも話してくれる人に……友達になりたいって思ったの」


「……そうだったんだ」


「そうそう。で、友達になりたいと思った理由、もう一つあるんだけど、何でしょう?」


「え……?」


「当てずっぽうでもいいよ。答えてみて?」


「……え……えっと……」


 何だろう。


 ちょっとわからない。


 つくしがアタシなんかと友達になろうと思った理由は……。


 ――なんて風に考えていた刹那だった。


「私が春と友達になりたいと思った理由。それはね……?」


「……? ――っ……!?」


 気付いたその瞬間。


 アタシの唇に、つくしの唇が触れていた。


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