ショッピングセンターから移動して、アタシとつくしはラネッサ運動公園に着いた。
ここは広くて、アトラクションみたいに色々な種類の遊具があったり、スポーツができたりする広々とした芝生のスペースがあったり、ウォーキングコースがわざわざ看板付きで整えられていたりと、すごくいい場所だ。
でも、その便利さゆえに、私たちの通ってる大津田高校の人たちが部活のトレーニング場所として利用してる時もあるから、知ってる人に会いそうなところは少し難点。
何も気にすることなくつくしとは話したい。
そう思ってたから、アタシは公園に着いて、式乃と横並びで歩きながら周りをキョロキョロ見回してた。
それを見て、つくしが不審がりながら笑う。
アタシは包み隠さず考えていたことを言うんだけど、どうも逆効果だったみたいだ。
より一層つくしに笑われてしまった。
冗談っぽくむくれるほかない。
「じゃあ、そんな誰もいないところで話したい春との会話場所はここでいいかな?」
「……うん。確かにここなら……さすがに誰も来ないはず」
アタシはぐるっと再度周りを見渡す。
坂道を登った先にある、小さい遊具の裏側。
ここだと、仮に誰かが来てもバレないはず。
納得して、つくしに軽く会釈。
さっきの会話の続きをお願いします、の挨拶。
つくしはクスクス笑みながら、「はーい」と会釈し返してくれた。
「何だったっけ? 確か私に何か言いかけてたよね、春」
「……だね」
「聞きます。何でしょう?」
いつもの優しい表情で首を傾げるつくしに、アタシは悟られない程度に深呼吸して間を作り、切り出した。
「……その……」
「うん。なぁに?」
「ちょっと……何を言ってるのかはよくわからないと思うんだけど……」
「うんうん。何でもどうぞ?」
「……つくしは……さ」
「うん」
「……あ、アタシのこと……好き……って言ってくれたよね?」
「言ったね。言葉通り好きだよ、春のこと」
「それは……どういう意味かな……って」
「……?」
思った通りの反応だった。
疑問符が浮かんでるのがわかる。
アタシのことをジッと見つめて、つくしはちゃんと言葉にしてくれた。
「どういう意味ってどういうこと?」
「……ちゃんと説明……するね?」
「うん」
さっきまで冗談っぽかったアタシたちの間に、真剣な空気が流れる。
向こうの方からは小さい女の子が楽しそうに遊具で遊ぶ声と、そのお母さんの声が聴こえてきた。
アタシは再度一呼吸置き、口を開く。
「つくしの……好きの意味がどんなものか……ちゃんと知りたくて」
「うん」
「その好きって言葉が、友達としての好きなのか……それとも……れ、恋愛的な意味での好きなのか」
「……」
アタシは視線を下にやり、つくしと目を合わせていなかった。
だから、表情の変化がちゃんとわからない。
でも、相槌も無く無言のままの彼女を見るために目線を上げると、それはさっきよりもどこか動揺してるように見えた。
目が見開かれてて、アタシと視線が合った瞬間に逸らされる。
嘘はついて欲しくない。
すぐにそう言おうとすると、つくしにそのセリフを制御される。
アタシの口元につくしは手をやってきて、わかってる、と頷いた。
そして、彼女は答えてくれる。
「結構大胆なところあるんだね、春って」
「……大胆なのかはよくわからないけど……聞きたいことを聞けないままで置いとける状況でもないから……」
「ん……そっか。ふふっ」
でもさ、とつくしは小さく笑う。
「恋愛的な意味で、ってちょっとドキドキしちゃうよ。そんなこといきなり聞かれたら」
「ごめん。……けど、アタシも……そ、その……知りたくて……」
「今の春をってことだよね? だったらそれは――」
アタシは首を横に振る。
そうじゃない。
知りたいのは、本当のところ。
自分が女子だった頃の話だ。
「……アタシが女子だった時のこと……聞いてる」
「……え?」
「女子のアタシを……つくしはどう思ってたんだろ……って」
「…………女子の?」
「……うん。恋愛的に……どうだったのかな……?」
顔なんて見られるはずがなかった。
つくしが今どんな表情をしているか。
それを知るのがとにかく怖い。
答えを求めるのだってかなりの勇気が必要だった。
心臓がバクバクする。
呼吸が浅くなって、それをつくしに悟られそうだった。
「………………」
つくしはなかなか答えをくれない。
無言のままで、それが余計にアタシの緊張を加速させた。
呼吸が声になる。
はぁ、はぁ、と言ってしまう。
それがつくしにバレそう。
たぶんバレてる。
どうなんだろう。どうだったんだろう。
でも、それを知ってどうなる?
アタシはもう既に男の子で、女の子じゃない。
今さら聞いても意味が無いんじゃないか。
いた、違う。
もし、つくしが恋愛的に好きって言ってくれたら、喜んで病院に行くと思う。
それで、治療してもらって女子に戻るんだ。
お母さんのことなんてもうどうでもいい。
つくしがアタシと同じように女の子を好きになってくれるなら、アタシを恋愛的な意味で好きでいてくれたなら、抱えてる問題なんて全部投げてしまえる。
それくらいにアタシの中でつくしは大きい。
大きくて、大きくて、たまらない人。
つくしのことを本当に心から好きでいられていない今なんて、すぐに変えたいと思う。
元に戻りたいと思う。
だから、つくし。
お願い。
アタシに早く――
「……っふふ……」
「……へ……?」
体の神経が一気に耳へ傾く。
つくしの口から発せられた小さい笑い声を逃すはずがなかった。
反射的に彼女の顔を見てしまう。
あんなに表情を探るのが怖かったのに。
「どうしたの、春? そんなこと聞くなんて。なんか春らしくなくない?」
「え……? あ、アタシらしく……ない……?」
「うん。普段の春ならそんなこと聞いてこないって言うか、どっちかというとそういうのは私が聞いちゃいがちなのに」
「……で、でも、アタシ……」
「そもそも、今は春、男の子だよね? 女の子の時のこと聞いても、それがどうにかなるのかな?」
「っ……」
「びっくりしちゃった。ふふふっ……まさか春がそんなこと聞いてくるなんてーって」
「……」
「あ、私なんか飲み物買ってくるね? 春はアレがいいんだよね? 午前の紅茶のミルク。私、わかってるんだから。じゃ、行ってくるね?」
「……待って?」
逃げるようにして、アタシの前から去ろうとするつくし。
その様子は明らかに変だった。
質問にも答えてくれないし、そもそもこの問いかけをされたくなかったみたいな反応。
でも、アタシはそこをハッキリとさせておきたかった。
じゃないと、本当にどうしようもない。
アタシは、どっちつかずのまま、つくしに中途半端な想いを抱き続けて、それが辛くなって壊れてしまう。
男の子になって、恋愛対象まで変わってしまった。
それが苦しくてたまらない。
だから、答えが欲しい。
つくしがどう思ってたのか知りたい。
知って、行動したい。
楽になりたい。
届くはずのなかった片思いなら、いっそのこと諦められるから。
「……教えてよ……つくし?」
アタシは確かな意思をもって、つくしに問いかけた。