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第13話 カップルっぽいデート

 男の子にしても、女の子にしても、友達同士で回し飲みをしたり、同じ箸を使って何かを食べてるような、そんな光景をたまに目にする。


 さすがに異性でしてるのは、カップル以外で見たことがない。


 それはそうだ。


 あくまでも異性は恋愛対象で、同性は線引きされた友達の関係。


 だから、皆気にしてない。


 羨ましかった。


 アタシは、自分が口を付けたものをつくしに渡すことなんてできない。


 つくしが嫌がるかもしれないし、申し訳ないし、何よりもアタシの抱えてる想いが、皆からする異性に対してのソレだから。


 そもそも、つくしだって自分が口を付けたものをアタシに渡してくるなんてことなかった。


 自分から渡せなくても、向こうから渡してくれば、それは拒否できない。


 そういう状況に陥ればいいのに、とも思ったことがあるけど、実際にそうならないんだから仕方ない。


 たぶん、つくしは誰かと食べ物や飲み物を共有するのが苦手なんだと思う。


 まあ、逆にそれが得意って人もあまりいないか。


 気持ち悪いアタシの願望は、また一つ叶えられることなく消えていく。


 そう考えて、諦めていたんだけど――




「別に大丈夫だよ? 春だもん。私、気にしない」




 まさか、男の子になってしまってからチャンスが訪れるなんて。


「え……」


 冷静に考えたら、たぶんこれはおかしい。


 つくしは男の子が恋愛対象で、アタシは女の子が恋愛対象だった。


 今は違う。


 つくしの恋愛対象はそのままで、アタシは今、恋愛対象が男の子になってしまってる。


 それでも、やっぱりずっと好きだったつくしだ。


 そういう想いが自分の中から抜けたとしても、堂々とイチャイチャしたり、恋人っぽい接触なんてできない。


 つくしは大丈夫なのかな。


 アタシが女子のままならともかく、今は男子。


 思い切り恋愛対象に合致する性別だろうに、そんなアタシと考えようによっては間接キスともとれるカップルジュース飲みをするなんて、ちょっと二の足を踏んでしまいそうなんだけど……。


 恥ずかしさも相まって、考えが上手くまとまらない。色々とよくわからなくなってくる。


 手を振って、しどろもどろな状態だった。


「で、でも、あの、今のアタシ……その……見た目男の子なんだよ……? そういうのって、つくし的にやっぱり気になるんじゃ――」


「気にならないってば。だって、カップルジュース飲むだけだよ? 周りの人から恋人同士なんだーって思われて終わり」


「あっ、ま、まあ、それはそうなんだけど……だとしても、さ……? 繋がってるストローだし、考え方によっては間接キス……にもなり得るんじゃないかな……と思ったりもしますし……」


 ぎこちなくアタシが説明していると、つくしが徐々に表情を変えていく。


 いたずらっぽく笑み、からかうような視線。


 それから、こそっと耳打ちしてきた。


「…………春のえっち」


「――っえ!?」


「そんなことまで考えないよ、私。ストローだって吸う部分は一応こうして分かれてるし、間接キスにはならないと思うんだよね」


「でっ、でも……」


「気になるんだぁ、春……?」


「えっ、えぇぇ……?」


 アタシ、弱すぎ問題。


 ニヤニヤするつくしに見つめられて、顔を熱くさせるしかなかった。


 だってこんなの絶対間接キスだ。


 飲もうとして吸い込んでるジュースが部分的に交わってる。


 交わってるってことは、そんなのもう……。


「ふふふっ。まったくまったくですねぇ~、困った春君だなぁ~」


「っ~……」


 首を横に振って、楽しそうに呆れてるつくし。


 なんとなく悔しい。


 ぐぬぬ、と軽く歯ぎしり。


「じゃあさ、そこまで言うなら交互に飲む? 春が恥ずかしがって私しか飲みませんでした、っていうのも嫌だし」


「……いい。一緒に飲む」


「ぷっ……! ふふふっ……! ムキになっちゃってぇ~。いいよ? 無理しなくても」


「無理なんてしてない」


 言って、アタシはストローに口を付けた。


 意地悪なつくしは、それを見てすかさず一緒にジュースを飲み始める。


「っ……」


 顔が近い。


 近いけど、変なことは考えず、ただひたすらにアタシはストローを吸い上げた。


 楽しそうなつくし。


 からかわれてるのはわかってる。


 わかってるけど、アタシも意地だ。


 止めずに、目をつぶって吸引。


 甘くて、独特な香りが口いっぱいに広がってるのに、ちゃんとしっかり感じられない。


 全部つくしのせいだ。


「……ねえ、春?」


「……? ふぁひ……?」


「さつまいもとほうれん草のこれ、美味し?」


「ふん……ほいひい……」


「そっかそっか。私も。すっごく美味しい」


 目を開けると、つくしはニコニコしてアタシを見つめてた。


 ストローから口を離してる。


 バカみたいだ。アタシ、一人で勝手に頑張って吸ってて。


「あ。もういいの? まだあるし、全然飲んでいいんだよ?」


「……飲んでるとこ見つめられ続けるのもなんかヤダ……」


「あははっ。わがままだなぁ、春は~。なら、私飲んじゃお」


 言って、つくしは少しだけストローを吸い、やがてまた離した。


 気のせいか。


 楽しそうにしてる中で、どことなく目に憂いの色を込めた気がした。


「……楽しいね、春。こうしてカップルっぽくデートできる日が来るなんて、全然想像してなかった」


「……それはアタシも。いきなり体が男の子になるとか、漫画みたいだし」


「ほんとね。どういう仕組みでそうなっちゃったのかな? やっぱり、原因とか推測もつかない感じ?」


「つかない感じ。徐々にならホルモン異常とか、そういう病気かなって思うけど、本当にいきなりだし」


「病院に行ってみたらわかるんじゃない? いきなり体が男の子になりました、って言えば」


「……行けばわかるのかもね。もしかしたら、女の子に戻る治療とかも受けられるかもしれない」


「それでも受診しないの? 春は女子に戻りたくない?」


「っ…………。それは……」


「……お母さんのこと、考えてる?」


「……」


「どうしても、そこが問題なんだ……?」


 小さく頷く。


 治療が必要になれば、絶対にたくさんお金がいる。


 お金がいるとなると、話はお母さんに行く。


 お母さんとは、もう会いたくないし、何よりもたぶん会ってくれない。


 一人暮らしを始める時、これからは面倒を掛けないで欲しい、と直接言われた。


 高校を出たら就職する。


 もういい加減独り立ちする年齢だから、って。


 そもそも、お母さんにだってお金はない。


 治療にこれだけのお金が必要って言ったら、どんな顔をするだろう。


 たぶん、答えは『無理』だ。


 わかりきってる。


 言うだけ無駄なうえに、面倒を掛けたって事実が残るだけ。


 正解は、黙っておくこと。


 どんなことがあれ、アタシが現状を受け入れること。


 頼れる場所なんてどこにもない。


 辛い現実を実感すると、また『どうしてこんな』みたいな思いが膨れ上がってくる。


 つくしの前なのに。


 デートの最中なのに。


「……どうしてこんなことになっちゃったんだろうね……?」


「……っ」


 思っていたことをつくしに言われてしまう。


 その答えはアタシにもわからない。


 首を傾げるしかなかった。


「……つくしは、さ……?」


「うん。何……?」


「アタシが男の子になったままだと……やっぱり嫌?」


「嫌だよ」


 考えてた以上にハッキリと言われた。


 ここまでとは思ってなくて、つい続けようとしていた言葉を吞んでしまう。


 少し息を吐き、ゆっくりとアタシは問う。


「なんで……?」


「だって、春は女の子だもん。私は、女の子の春と仲良くなったし、友達になったし、好きになった」


「っ……」


 好き、という言葉が胸をくすぐる。


 聞きたい。


 聞いてしまいたい。


 その一言の本当の意味を。


「それなのに、突然男の子になったなんて……正直気持ちの整理がつかない。戸惑ってる、私」


「……ごめん」


「ううん。春は悪くないよ。悪いのは全部神様。いきなりこんなことになって、どうすればいいかわかんないじゃんね?」


「……うん」


「こうなったら神様にお説教でもしに行こう! ……なんて言いたいけど、それができたら苦労しないし、そもそも私たちの言うことを聞いてくれるのかもわかんない」


「……」


「理不尽だね、ほんとさ」


 苦笑いするつくし。


 それを見て、アタシはうつむき、心臓を強く鳴らしていた。


 聞きたい。


 さっきつくしの言ってた、『好き』の本当の意味。


 得られるモノと、失うモノを比較した時、それは圧倒的に後者の方が大きい。


 だけど、それでもアタシは止まれなかった。


 顔を上げ、思い切って口を開く。


「つくし、あの――」


「あっ……! ヤバい、松ちゃんたちだ……!」


「へ……?」


 完全に腰を折られてしまう。


 焦った様子のつくしは、アタシとは別の方を向いて立ち上がった。


 そして、そそくさとアタシの手を握り、一緒に移動するよう促してくる。


「春、ちょっと移動しよっか……! 運動公園行こ? ラネッサ」


「あ、う、うん」


「話の続き、またそこで聞かせて……?」


 アタシは頷きながら、つくしに手を引かれるのだった。


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