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第12話 普段なら絶対にしない質問

「――というわけで、やっと自由になれました……! 私たち……!」


 校門を抜けて、五十メートルほど走ったところ。


 すぐ傍に鶏肉加工の工場があって、隣に田んぼと線路がある、妙にアンバランスな場所で、つくしは息を切らしながら達成感いっぱいの表情。


 周りには、私たちと同じ大津田高校に通ってる人たちがチラホラ歩いてるけど、そんなのお構いなしだ。


 アタシの手を握ったまま、「わーい、わーい」とテンション高め。


 でも、その声はうるさくなくてどこか控えめで、つくしの魅力が詰まった可愛い喜び方だと思う。


 こういうところがアタシは好きだった。


 今も好きだけど。


「では、春……君? 今からさっそくデートをして参りますよ? 準備はよろしいですか?」


「えっ……! く、君って……! っ……!」


 顔を近付けて言ってくるつくしとほんの少し距離を取りつつ、うろたえながらアタシは周りをキョロキョロ。


 幸い知ってる人が今のつくしのセリフを聞いてる、なんてことも無さそうで一安心なんだけど、どうにか平静を取り戻した風を装い、咳払い。


 つくしの頭を軽くチョップし、お説教タイムだ。


「つくし……? 今の君付け、知ってる人が聞いてたら変な疑い持たれるからやめてね……?」


「え~? 別に大丈夫だよ、これくらい」


「ダメ……さっきも教室で尾上さんたちに声のこと心配されたのに……」


 アタシがそう言うと、つくしはクスクス笑う。


「ちょっとドキドキしたよね、さっきの。私、もうどうしようかと思って結局逃げちゃった」


「絶対また明日も同じこと聞かれるよ……はぁ……」


「まぁまぁ。喉の不調で通そうよ。さっきもそう言ってればよかったんだけど」


 言い訳するならそれしかないと思う。


 ただ、不調で通し続けられるのかと聞かれれば怪しい。


 男の子になった体がいきなり女の子に戻るっていうのも考えられない。


 たぶん、これは魔法じゃなくて、病気か何かだと思うから。


「じゃあ、春? 面倒なことはもう置いといて、今からは約束通りデートだよ?」


「……う、うん。面倒なことじゃないけどね?」


「面倒だよ。なんでいきなりこんな――」


「……?」


 何か言いかけてやめるつくし。


 気になるけど、追及はしない。つくしがそのまま「何でもない」なんて言って続けるから。


 優しい、いつもの表情で。


「とにかく、今からはデート。春にちゃんと彼氏してもらいます」


「……はい」


「春だったら私、たぶん大丈夫だから」


「アタシ……だったら……」


 つくしが軽く男性恐怖症なのは知ってる。


 話したり、軽いスキンシップくらいならできるけど、実際にそこから先へ進むのは少し怖い。


 だけど、恋することに興味はある。


 いつかこんな私にも恋人ができたらいいな、って。


 そうやってアタシに何度か話してくれてたから。


「それに春? 私、朝言ったよね? 女の子同士だったらできないことしたいって」


「う……言ってたね……」


「さっそくトイレの個室入ろ? そこで服脱いでもらうから」


「……!?」


 ギョッとしてしまう。


 完全にそういうことをするつもりだ。


 なんとなく予感はしていたけど、困惑で頭の中がグルグルする。


 つくしはこんなこと気軽に誘ってくる子じゃないし、こんなことを気軽にしようとしてくる子じゃない。


 やっぱりおかしい。何かおかしい……!


「つ、つくしっ……! あ、あの、えっと……!」


「早く行こ? 私、この時を待ってたから」


「へ……!?」


「動画で好きな人とやってるの見て、一度でいいから自分もしてみたいと思ってたんだ。春が男の子になったならそれもできる。合法だよ」


「ご、合法ではないと思うよ……!? そ、それにアタシ、お、男の子になってまで日も浅いし、やり方も全然わかんなくて……そのっ……!」


「大丈夫大丈夫。恥ずかしいのはわかるけど、こういうのは普段通りでいいんだから。堂々としてなきゃね」


「ど、堂々と……!? えぇぇ……!?」


 アタシの手を取り、グイグイと前へ進むつくし。


 こんなのは絶対に良くない。


 いくら何でもまだ早いと思う。


 アタシたちは高校一年生で、アタシなんて元々女子で、男子のそういう機能を完全に理解してるわけでもない。


 何か問題が起こった後だったら遅い。


 遅いんだけど……――


「――はい、春君? では、さっそく服を脱いでください?」


「っ~……!」


 つくしに導かれるまま、アタシはショッピングセンターのトイレに入れられた。


 個室の中で二人きり。


 脱ぐことを強要されてる。


「つ、つくし……そ、その……やっぱりこれは……」


「ダメだよ……? 今さら春に拒否権はないです。もう私、今日はそういう気分なので」


「そ、そんな……でもアタシは……」


「ほら、ね……? 春……? 脱ご……? 脱いで男の子になろ……?」


「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁ……」


「脱がないなら……私が脱がしちゃいますよ……?」


「あぁぁぁぁぁ……!」


 もうダメだ。


 終わった。


 こんなのつくしじゃない。


 つくしじゃないよ。


 せめてもの抵抗で目をギュッと閉じる。


 アタシはつくしにブレザーを脱がされ、カッターシャツを脱がされ、シャツだけにされる。


 きっとシャツも脱がされて下も――


 ……なんて思っていたけど。


「……?」


 唐突に何かを着させられ、おかしさに気付く。


 閉じていた目を開けると、目の前にいるつくしが感心してた。


「やっぱり春、こういうメンズ服も似合うね。今は本当に男の子になっちゃってるけど」


「……へ……?」


「これ着てさ、スカートもチノパンに変更。それで、男の子の恰好して飲みに行こうよ」


「……飲みに……?」


「カップルジュース!」






●〇●〇●〇●






 穴があったら入りたい。


 それは、まさにこういった状況のために使われる言葉なんだと思う。


 勘違いしてた自分がすごく恥ずかしい。


 いかがわしいことばかり考えててごめんなさい。


 そもそもつくしがそんなことをしてくるはずがないのに、そういう体で勝手に妄想しててごめんなさい。


 ごめんなさい、つくし。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい……。




「ふふふっ。美味しいね、春」


「う……うん……美味しいです……とても……」




 ショッピングセンターのフードコート。


 そこにある、簡単なテーブル付きの椅子に二人並んで腰掛け、頼んだカップルジュースを二つの飲み口から同時に飲む。


 必然的に近くなるつくしの顔が今は直視できなかった。


 自分の心の汚れ具合を反省したい。


 心の底からそう思ってしまう。


「これ一回頼んでみたかったんだよね。カップル限定でしか売ってない『さつまほうれんラテ』。美味しそうってずっと思ってたの」


「さつま……ほうれん……?」


 アタシが自責の念に駆られながら疑問符を浮かべると、つくしはうんうん頷いて、


「さつまほうれん。さつまいもとほうれん草のミックスだよ。もしかして春、気付いてなかった?」


「まったく気付いてないってわけじゃなかったけど……本当に使ってるの、って感じで疑ってた……。本当なんだ。ほうれん草入ってるの」


「ほんとほんと。ほうれん草って聞くと『えー』って思うけど、さつまいもの甘みと香りが上手にマッチしてて美味しいよね?」


「……うん。美味しい」


「ね? もっと飲も?」


 言って、つくしは美味しそうにストローを吸ってる。


 アタシは……なんというか、つくしが吸ってる時にジュースを飲むことができなかった。


 周りの目もあるけど、キスしてるみたいで恥ずかしい。


「……? のははいの、はふ?」


「え……っ」


 ストローを咥えたまま、横目でチラッとこっちを見ながらつくしが問うてくる。


 急かされてるようで、アタシは反射的にストローへ口を付けようとするけど、寸前のところで思いとどまった。


 思いとどまって、つくしの名前を呼んだ。


 ぼそり、と。


「ね、ねえ、つくし……?」


「……?」


「つくしは……さ、逆にどうなの……?」


「……? 何が……?」


「飲めないの、ってアタシに聞くけど……普通に飲めるんだ……」


「……え?」


「アタシと一緒に飲むの、恥ずかしいとか思わないのかな……って」


 たぶん、この時のアタシはどこか酔ってた。


 理由は、つくしと恋人みたいにデートしてるからとか、一緒にカップルジュースを飲んでるからとか、具体的にはわからない。


 でも、確かに酔ってて、普段なら絶対にしない質問をつくしにぶつけてしまった。


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