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第11話 疑い

 昔からそうだ。


 本当に欲しくてたまらない、手に入れられるかわからないものが手に入った時、アタシはそれがどうしても本物だと思えなくなる。


 自分が手に入れられるわけがない。

 これは偽物だと思う。

 本物だったとして、たぶんアタシ以上にこれを必要としてる人がいる。


 どうしようもない考えが頭の中に浮かんで増えて、結局手放してしまったり、自分の中でその物の価値を下げてしまったりする。


 もうこれは病気だ。


 こんな考え方しかできないアタシは、本当に欲しいものが手に入れられないようプログラムされたおかしな人。


 欲しい食べ物も二番目以降。

 欲しい飲み物も二番目以降。

 欲しい文房具も二番目以降。

 欲しい服も二番目以降。


 全部全部全部全部全部全部二番目以降。


 最近のアタシはそれで満足してる。


 一番目のアレはキラキラして見えるけど、二番目以降のアレはホッとする。


 弾けるような幸福より、一息つけるような安心感。


 変わり者なアタシの主食は、安心感なのだ。


 そう、安心感。


 だから、キラキラはいらない。


 いらない。


 ……いらないのに……。


 どうしてだろう?


 こんなに悲しくてたまらないのは。




「――春? おーい、春ー?」




「……あ」


 聞き慣れた声に名前を呼ばれてハッとする。


 つくしだ。


 つくしがアタシの机の傍まで来てくれてた。


 ホームルームで先生の声しかしなかった教室内も、気付けば会話の声に満ち満ちてる。


 いつの間にか終わってたみたいだ。


「ぼーっとしてどうしたの? 帰りのホームルーム、もう終わったよ?」


「あ、う、うん。先生の話聞いてたら……そのままぼーっと……」


 ぎこちなく言うアタシを見て、つくしは少しの間の後、クスッと笑ってくれた。


「変な春。でも、昔からそういうところあるよね。誰かの話聞いてたら、そのままぼー、みたいな」


「ま、まあ……そうかも。人の話聞いてたら眠たくなってくるし」


「ふふふっ。わかる。特に立花先生の話し方、ゆったりしててスローだもんね」


「そう。現国の時間とかは特にヤバい」


「ねー?」


 ニコニコして言いながら、つくしはアタシの頭を撫で始めた。


 なんとなく不自然だ。


 普段ならあまりしない感じのボディタッチというかなんというか。


「……? ……つくし?」


「ん? なぁに、春?」


「え、えっと、その……頭……」


「頭? あ、もしかしてもっと撫でて欲しいとか?」


「ち、違っ……そ、そうじゃなくてぇ」


「も~、春は可愛いなぁ。はい、ナデナデ~」


「っ~……」


 アタシの頭を抱くようにして撫でだすつくし。


 恥ずかしくて仕方ない。


 隣の席の和島君もチラッと見てたし、その後ろの席の大川さんもこっちを見てきてた。


 それから――


「あっは! 何やってんのつくし~!」


 声を聞いてドキッとする。


 これは……松島さんだ。


 つくしに抱き寄せられてるせいでちゃんと姿が見えないけど。


「あんた、相変わらず先川さん好きな~? 顔見えないけど、それ先川さんでしょ~?」


「うん、春。可愛いからナデナデ中。私の至福の時間」


 アタシを抱き寄せたまま、つくしは嬉しそうに返していた。


 声の感じからして松島さんは一人じゃない。何人か友達を引き連れた状態だ。


「うっへぇ~、ラブじゃん。あんたの愛重た過ぎん? 私、よかったわ。ここまでつくしに愛されんで」


 予想通りだった。


 松島さんの後、誰かが続ける。


「もしかしたら百合の花が咲いてるパターンじゃない? つくしちゃん、先川さんのことしゅきしゅき状態とか!」

「あ~、それあり得そう。そんだけ可愛けりゃ男にもさぞかしモテるだろうになぁ~。もったいない」

「松ちゃん、三木ちゃんも。そういう言い方はしちゃダメだよ? つくしちゃんにはつくしちゃんの好みがあるんだから。ね?」


 たぶん、今つくしに話を振ったのは尾上さんだ。


 松島さんと仲が良くて、ザ・清楚って感じの女の子。


 仕草とか佇まいとか、いつも見習いたいなって思ってる。


 ……まあ、今はその必要も無さそうだけど。


「うんうん。尾上ちゃんの言う通り。松? 三木? 好きは人それぞれなのであーる」


「え! ちょっと何その言い方! じゃあやっぱりあんた先川さんのこと――」


「好きだよ」


「「えぇっ!?」」


 えっ……!?


 つくし……それ……。


「もちろん、友達としてね」


「「なんじゃそらー!」」


 松島さんと三木さんは声を重ねて落胆する。


 アタシは一人、変に心臓をバクつかせてた。


 複雑な気分だ。


 どっちに転んでも心の底から喜べないし、落ち込めない。


「ね、春?」


「……!」


 問いかけてきながら、つくしはアタシを解放してくれる。


 露わになった顔で、目の前の景色を見やった。


 そこには、声の通り松島さんと三木さん、それから尾上さんがいる。


「春も私のこと、好きだよね?」


 すごく答えづらい。


 答えは『はい』だけど、その肯定の中身が今はすごく複雑になってる。


 ただ、それでもアタシは頷いた。


「……好き……」


「とっ……」


「……?」


 何かを言いかけて、それをやめるつくし。


 表情も一瞬曇った気がしたけど、すぐにいたずらっぽい笑みを浮かべ、


「はい、こういうこと。私たち、相思相愛なんです」


 なんて言って自慢げ。


 松島さんと三木さんは「うへぇ」と面白くなさそうにし、尾上さんはそんな二人を注意していた。三人らしい絵面だな、と思う。


「相思相愛だから、今日はこの後二人でデートもします。いいでしょ?」


「はいはい。二人きりでラブラブしてくださいな。つまんなー」

「ねぇ? これで女の子同士のラブだったらうちらバチ盛り上がってたのにねー。百合の花咲いてんじゃーん! って」

「ほんと二人ともねぇ……」


 ため息をつく尾上さんだけど、「けれど」と彼女はアタシへ視線を向けてきた。


「先川さん、声大丈夫? 喉痛めてるのかな? なんか、先週の金曜日から調子悪くない?」


「え……」


 遂に触れられてしまった。


 変わってしまった声について。


「あ、そういえばそうだよな。先川さん声低くなったっていうか……」

「うん。なんか……男子みたいになった?」




「「――っ!」」



 心臓がキュッとした。


 この一瞬だけで寿命が一年ほど縮んだ気がする。


 すぐ傍にいるつくしがアタシと同じ反応をしてるのには笑ってしまいそうになったけど、それでも今はそんなこと気にしてる場合じゃない。


 何か上手な言い逃れ方ができないか、パニックになりながら考えるけど、アタシにそんな器用さがあるはずもなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになってた。


 ど、どうしたらいいんだ、この状況……!


「あ……あー……! そ、そういえばだよ、松? 部活の開始時間ってそろそろなんじゃない……? 着替える時間とか含めたら……」


「ん? ……あ! ほんとじゃん!」


「三木も、ね? 陸上部、グラウンド早く行かないと……」


「ほんとその通りだわ。早く行かなきゃ……だけど、つくしなんかうちらに隠そうとしてない?」


「へ!?」


「すごい不自然に松島とうちのこと部活に行かせようとしてる気がするんだが……。先川さんの声のことで隠したいことでもあるのんか?」


「へ、へぇっ!?」


「なんか怪しいな……」


 ……ヤバい。


 すごくヤバい。


 つくし、確実に追い詰められてる。


「あ……え、えっと……その……」


「なぁ、つくし……?」


「あ、あーっ! 私たちもそろそろ行かなきゃー! ほら行こ、春!」


「え……!?」


 勢いよく手を握られ、そのままアタシはつくしと一緒にダッシュした。


 後ろからは松島さんたちの声が聴こえてきてたけど、それでもアタシたちは逃げるように駆ける。


 つくしに手を引かれて廊下を走り、急いで上履きからローファーに履き替え、外へ出た。


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