中学二年生の時、アタシは生まれて初めて男の子に告白をされた。
名前は、青宮祐樹君。
同じクラスで面識があって、休憩時間になったら、ブックカバーのされた分厚い本をいつも読んでる男の子。
彼が誰かと喋ってるところはアタシ自身見たことなくて、他のクラスメイトの人たちだって目にしたことがなかったらしい。
だからか、クラス内の青宮君の評判は良くなかった。
『コミュ障』とか、『陰キャラ』とか、『キモイ』とか、好き勝手なことを陰で言ってバカにして、ほとんどの人が彼を下に見てた。
別に青宮君が悪いことをしたわけでもないのに。
クラスに一人はこういう奴いるよね、みたいな空気を作り出して、共通の敵っぽい雰囲気をさも当たり前のように漂わせる。
なんかもう、嫌だった。
小学生の時から、確かにクラス内で一人はそういう人がいたりしたけど、ずっと抱えていたモヤみたいなものがアタシの中で溜まりに溜まって、爆発した気がした。
たぶん、ずっと重ねていたんだと思う。
普通じゃない自分。世間に受け入れられない恋愛感情を持つアタシと、皆の敵にされる人たちとを。ずっと。
「……でも、そう考えると、一番身勝手なのはアタシな気がすんだけどね……」
ある日の放課後。
夕陽の差す教室。黒板前にて。
アタシは、恥ずかしさと自虐心をぐちゃぐちゃにしながら、勇気を振り絞って独り言ちる。
一メートルほど離れた左横には、青宮君がいて、他には誰も人なんていない。
たまたま同じ日直当番だった。
青宮君と黒板を綺麗にしている最中、それまでずっと会話が無く沈黙していた場で、アタシは自分の気持ちをぶちまけるようにして呟いたのだ。
当然、青宮君は首を傾げてる。
アタシのことを不気味に思ったかもしれない。
嫌な汗が出た。
顔は熱くなって、続く言葉を話せない。
その独り言を皮切りに、青宮君へ色々話し掛けようと思ったのに。
訳がわからなくなって、結局自問自答してた。
そんな独り言呟いて、どう会話に繋げるんだ、って。
……だけど。
「……僕、日直の仕事残り全部やっておこうか?」
青宮君はアタシに手を差し出し、持っている黒板消しを渡すよう促してきた。
一瞬、疑問符が浮かぶ。
でも、それはすぐにアタシの呟いた訳のわからない独り言のせいだと思い知り、焦って首を横に振った。
「う、ううん! い、いいよ! 大丈夫! アタシも日直だし、仕事は仕事できちんとしなきゃだし!」
「……何か考え事とか、そういうのあるんじゃ?」
「……え……?」
「僕は特段解決しなきゃいけないことなんて目の前に無いし、そういうことが起こりそうな人間関係を作れてない。けど、先川さんにはある。だって、僕よりは友人関係作れてそうだし」
「えっ……あ、あのっ……」
「今までもずっとそうだったんだ。日直の時、僕は放課後一人で教室を綺麗にしてる。理由は簡単。皆と違って、僕は友人関係を誰かと作る努力をしていないから」
「い、いやいやいや……! そんなの、アタシは――」
「これはある意味僕に与えられた罰なんだ。うん。いいから、その黒板消し貸して? 別に先川さんが罪悪感に苛まれることも無いからさ」
言って、青宮君は問答無用に手を差し出してくる。
――黒板消しを貸せ。
そう言いたいんだろう。想像できた。
きっと、いつもはこんな面倒な問答しないんだろうな。
皆、適当に自分から青宮君へ仕事を押し付けてる。
それで、彼は特に怒ることもなく、当然のこととして受け入れてる。
今言ったように、自分への罰、みたいなことを口にして。
「………………嫌」
「……? 嫌……?」
何を言ってるんだろう、みたいに青宮君はまた首を傾げる。
そんな彼を見て、今度はちゃんと視線を合わせながら返せた。
「黒板消しは渡さない。日直はアタシの仕事でもあるし」
「……別に気なんて遣わなくても――」
「遣ってない! 普通だから! 自分の仕事をちゃんとやるのって!」
完全にムキになってたアタシは、そのまま引き続き黒板掃除の作業を再開。
青宮君もポカンとしてたものの、やがてまた元通り反対方向で黒板の掃除をし始めた。
――別にこんなことが言いたかったわけじゃないのに……!
自分のコミュニケーション能力の無さに絶望する。
本当はもっとフレンドリーに、彼のことを知れるような何気ない会話がしたかった。
どんな本を読んでるのかとか、読書初心者のアタシはまずどんな小説を読むことから始めたらいいかとか、とにかく本に関することを色々。
……なのに……。
なのにアタシは……。
「……変わってるんだね、先川さんって」
「……!? へ……!?」
ぐるぐると頭の中で自分を責めていると、青宮君が話し掛けてくれた。
ハッとして彼の方を向く。
変わってる……?
いったい何が……?
いや、否定はできないけど……。
「ブツブツ独り言呟くのもそうだけど、なんかあんまり嫌そうな感じしないから。僕と一緒に日直の仕事するの」
「は、はい……!? いや、それは別に……ていうか、失礼じゃない……!? きゅ、急に人に向かって変わってるとか! 否定はできないけど!」
「失礼だったかな? なら謝る。否定はできないって言ってくれてるけど」
「う、うん……! 謝った方がいいと思う、そういうのは……! アタシじゃなかったらたぶん怒ってると思うし……!」
「ごめん。また失礼な言い方になる。クラスの中じゃ先川さん以外の人にこんなこと言わないと思う。変わってない人がほとんどだし」
「なっ……!?」
「皆僕を避けてるか、バカにしてるしね」
「ぅぐ……!」
なんともまあ触れづらいことをサラッと言ってくる……。
ただ、いたって本人は何気ないいつもの表情だ。
涼しい顔でアタシを見つめて、黒板消しの作業を進める。
それでも口は動かしてた。
アタシに言葉を投げてくれる。
「そういう意味じゃ、皆からすれば僕も相当な変わり者なんだろうね。先川さんのこと言えないくらい」
「……そうだと思う。いつも分厚い本読んでばっかだし。そういうの、他の人はあんまりしてないし」
「確かにしてないね。してないけど、面白いんだから仕方ない」
「何読んでるの? 小説?」
「小説。ジャンルは純文学で、文庫本になる前の単行本。あの重厚感が好きなんだ」
「内容が面白いから読んでるわけじゃなくて?」
「内容も楽しんでる。もちろんね。ただ、小説を読むって行為の魅力は、個人的に内容に触れるだけじゃないと思ってるんだよ」
「……?」
「ページを繰る時の手触り、作品に対する作者の熱がこもったあとがき、そして直接伝わって来る匂い。そのすべてが僕は好き」
「……めちゃくちゃマニアックな楽しみ方だね」
「かな? どうだろ? わからないけど、こういったものに触れてると、僕は本の世界に吸い込まれたような感覚に陥るんだ。すごく幻想的で、夢想的で、現実の嫌なことを忘れさせてくれる」
「……嫌なこと……」
「うん。嫌なこと。一般的に世間で言われてる『普通』から遠ざかったものを排除しようとする動き。これが僕はすごく嫌。わざとらしくわかるように軽蔑はしないけど、心の中で強く思うくらいには嫌だね」
「……」
「十人人がいれば、本来十個の価値観があるはずなんだ。なのに、どうしてそれを普通の枠組みに入れようとしたがるのかがわからない」
「……それはわかる」
「すごく思う。僕が本を好きに読みたいと考えるように、皆も何かしたいことがないか、抱えてる思いが無いかって」
「……うん」
「価値観は縛るべきじゃない。何にしてもさ」
「完全同意」
アタシが頷いて、青宮君は初めて笑みを浮かべてくれたような気がした。
たぶん、思えばそこからだった。彼と仲良くなったのは。
意見を交わし合って、普通から外れてる価値観の共有をする。
話せば話すほどアタシたちの距離は縮まっていた。
縮まって、縮まって、本当に相談したいことを相談できる。
そう思ってた矢先だった。
青宮君がアタシに告白して来たのは。