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誰モガ・フィンガー・オン・ユア・トリガー

「私がピストルの引金ひきがねを引くのは上司に頼まれたからなの。決して私自身がこのんでではなく……」と彼女は呟き、静かに水を飲んだ。

「それが役割ですから」と僕は返したが、すぐに我ながら気の利かない発言だなと思いゲンナリした。それで慌てて付け加えた。「あなたのおかげで静止した世界が動き出すんです。その先には喜びも悲しみもあるけれど、それはあなたのせいじゃない。まずは誇りを持たないと」


 彼女と僕は仕事仲間だ。だから彼女の苦悩も分かるつもり。上からの指示をこなす日々に嫌気がさすこともある。こんなに身を粉にしているのに、例えばホームラン王に輝いた強打者スラッガーのように個人的にピックアップされ褒め称えられるようなこととも僕らは無縁だ。……これは愚痴だな。


「でも今朝目が覚めてカーテンを開けた瞬間、急に何もかもが嫌になったんだ」と彼女は目を伏せ、諦念を滲ませながら吐露した。

「ビートルズの『ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン』という曲を知ってますか」と僕は尋ね、こう続けた。「こういうナイスな歌詞があります。『お前を抱きしめ、指がお前の引金トリガーに掛かるのを感じるその時、誰も俺に手出しできやしないってのは分かり切ってるんだ』。和訳が下手なのには目を瞑ってください、学生時代の英語の成績は4とかでしたから」

「4だったら悪くないじゃない」

「いえ、5段階評価ではなく10段階でして……」

「ああ……それはともかく、その歌詞はつまりどういうこと?」

「まさにあなたが最初におっしゃったことです。あなたのピストルの引金トリガーを引くのはあなた自身ではなくなのです。延いてはのです。だからあなたは流れに身を任せればいい、とビートルズは教えてくれているのかもしれません」


「……ありがとう」と少しだけ明るくなった表情で彼女は告げ、こう続けた。「本当に勇気が湧いてきた。生徒のスタートを合図する大役に気が滅入ってたけど、もう大丈夫。それじゃ、そろそろ100m徒競走の時間だから行くね。この体育祭が成功するように私たちも先生として頑張らなくちゃね」

「僕もぼちぼち、その次のプログラムにある組体操のサポートの準備をします。あ、徒競走の件ですが『位置について、よーい』はゆっくりハキハキとした声で、それからは音がうるさいですから傷めないよう耳をしっかり塞いでくださいね」

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