「100万ドルの夜景」なんてロマンチックに表現したりもするが、その光は残業をしているオフィスの灯りだったりする。現実は非情。
しかしなぜ僕が属している開発部はこんなに残業が多いのか。ワークライフバランスも何もありゃしない。
今まさに1人で残業中の僕は心の中でそう愚痴りながら、眠気覚ましに淹れたコーヒーを片手にデスクに戻った。すると、そこには僕の椅子に登ろうとピョンピョン跳ねているペンギンがいた。僕はコーヒーカップを床に落としそうになった。
「あ、こちらにいらっしゃったんですね」とそのペンギンはいくぶんフレンドリーに僕に話しかけてきた。体は白と黒で大きさは1mくらい、嘴の一部が赤く、頬と首元が黄色い、気高い印象を受けるおとなのペンギンだ。僕は放心して碌に返事ができない。ペンギンの彼は続けた。
「驚かれるのも無理はありません……が、どこか物憂げにも見受けられますね」
「うん……僕もいよいよ疲れてるなって……」
「私が幻か実体か、それはあなたの判断に委ねます。しかし本質はそこではなく、私はあなたを助けにきたのです」
「助けに?」と僕は聞き返した。彼は答えた。
「私は念力が使えるんです。きっとあなたの役に立つでしょう」
僕はコーヒーをデスクに置き、椅子に座った。ペンギンの彼との目線の高さの違いがマシになった。
「オフィスに喋るペンギン君がいるだけでびっくりなのに、念力まで使えるなんて頭がクラクラしてるよ、今は」
「慣れてくださいとしか言いようがありません」
「ひとくちに念力と言ってもいろいろあるよね? 念写とかもそうなんでしょ。でもやっぱり君ができるのは触れずして物体を動かしたりとか?」
「私が持っているのは〈移動〉の力であると。ノンノンノン。イドウはイドウでも異なる部署へ動かす〈異動〉の力です。私があなたを異動させましょう。こんな残業ばかりの部署とはおさらばです!」
先述の通り僕は開発部に属し、日々残業で疲弊している。ペンギンの彼が提案しているように異動するのもアリかもしれない。しかし何にせよ考える時間がほしい。そこで異なる話題を振ってみた。
「しかしなぜ君はペンギンなんだろう?」
「形而上の話ですか?」
「いや、哲学の話では……ごめん。どうして僕の目の前に姿を現した幻がペンギンのかたちをしてるんだろうと思ってさ。普段はそこまで意識してないけど僕は潜在意識においてペンギンが好きなのかな」
「それは私がファーストペンギンだからです」
「ファーストペンギン……って用語は聞いたことあるんだけど、いまいちどういう意味か知らなくてね」
「ペンギンは集団行動をするのですが、特定のリーダーはおりません。そこで例えば敵がいるかもしれない危険な海に飛び込む際は、勇気を振り絞って行動を起こした1羽目にみんなが続きます。この1羽目がファーストペンギンです。先陣を切る者は立派であるというわけです」
「ふむふむ」
「我々動物一同は人間の皆様に自然環境を守っていただきたいと考えております。とりわけ私が棲む南極は地球温暖化で氷床が融解しています」
「それは正直耳にタコができるぐらい聞かされてる……けど確かに人類は有効な手を打ててないな」
「そこで我々動物一同は人間の方とコンタクトをとることにしました。その先遣部隊——つまりファースト——として名乗りをあげたのがペンギンである私たちです」
「なんだか君の計画が読めてきたよ」
「ええ、今後あなたにはこちらの会社の広報部に属し、我々動物一同の悲鳴を人間界にもっと伝えていただきたいのです。我々は〈ペンギン計画〉と呼んでいます。この計画に寄与していただければ我々としては幸いですし、あなたも残業から解放される。win-winではないでしょうか」
僕はペンギンの彼にコーヒーを飲むか勧めた。彼は「苦いのはちょっと」と断った。そしてこう続けた。「代わりにプランクトンのオキアミが入った海水はございませんか?」
「——君のその〈ペンギン計画〉にのるよ」と僕は告げた。
「おお!」と彼は嬉しそうだ。人間とペンギンの間柄であっても彼が心から喜んだのは充分に分かった。
彼はすぐに念力を使った。俯いて目を閉じ、何やらブツブツと呟いている。何から何まで不思議な光景を僕はおとぎ話みたいだと思いながら眺めていた。
さて、数日後僕は上司から肩をたたかれ広報部への異動を命じられた。待ってました!
異動先の広報部には確かに残業がなかった。ありがとう、これで穏やかに暮らせる。僕はペンギンの彼に感謝した。
しばらくして、僕は会議で「我が社がカーボンニュートラルを目指し環境保全活動に取り組んでいることをもっとアピールしましょう!」と打ち出した。見てるかい、ペンギン君。これが第一歩だ。僕はこれでも義理堅い男なんだ。
そして言い出しっぺの僕はそのプロジェクトのリーダーとなった。……そしたら降りかかる仕事の量の多いこと多いこと! 結果、