「おたくはどちらに?」と僕は隣に座っている男性の乗客に尋ねた。
「アウストラレ卓状台地までです。そこにビルを構える火星支社に出張でして」と彼はにこやかに答え、こう続けた。「わざわざ足を運ばなくても仮想空間で会議やらなんやらすればそれで済むと私は思っているんですが、上の連中はどうも頭が固くてね」
先述の通り表情は柔和だ――おそらくビジネスの世界に身を置くことで体得したのだろう――が、心の底からの吐露のようだった。初対面の僕に愚痴るのもどうかと思うが、だいぶ鬱憤が溜まっているようで、それにまあ旅の恥はかき捨てだ。彼曰く、上層部が旧態依然としていて結果的に仕事の効率が悪くなるケースは多いとのことだ。これだけ先進的な時代になんとも世知辛い。
会話が一段落し、彼は映画を観始めた。僕は手持ち無沙汰で窓の外に目をやったが、宇宙船は光速を遥かに超えて航行しているため、見える景色はなんのこっちゃ分からない。
だから退屈で、ふと昔のことを想い出した。僕は佐賀出身で、中学の修学旅行先は関西だった。京都で清水寺を訪ねたり、奈良公園で鹿と戯れたり、大阪でグルメに舌鼓を打ったり――そういえば、この大阪でたこ焼きを買う際「おいくらですか?」と尋ねたら、店のおっちゃんは「300万!」と冗談を飛ばした。僕は関西に来たんだなと改めて実感した。店のおっちゃんは笑いながらこう続けた。「嘘や、嘘。ほんまは300円。せやけど、ごっつ美味いから値打ちあんで。1個おまけしたる」
15年くらい前の記憶だから鮮明には憶えていないし、こういう関西弁だったか不安だが、大体はこんなやりとりだった。僕らは昼間に制服姿でキョロキョロしながら歩いていて明らかに修学旅行中の生徒だったから、接客もたこ焼き1個もサービスしてくれたのだろう。ありがたいことだ。味? 300円と思えないほど美味しかった。300万円だと……ぼったくりだけれど、さすがに。
それまで僕は九州を出たことがなかったから、この関西行きはまさに大旅行という印象だった。しかし、成人して旅行や仕事で北は北海道から南は沖縄まで日本中に、あるいは海外までも赴くことが増えると、国内旅行くらいだったらそこまで緊張することもなくなった。
ただ、やはり宇宙旅行はまだ気苦労が絶えない。システムについて把握できていない点が多く、単に乗るだけのことではあるが不安でいちいちマニュアルなんかを読んでしまう。船内に持ち込めないものは何か? 乗船の何分前に乗り場に着いておくべきなのか? 思えば旅客機に乗りはじめの頃もそうだった。そもそもが小心者なのだ。
それで昨晩からずっと忙しく気持ちもソワソワしていて、まともに食事ができていなかった。そして今ひとまず乗るのには成功したため一安心し、思い出したように空腹感が襲ってきた。
僕は食べ物を求め船内の売店に向かった。すると、なんと店の入口に設置された3Dホログラムディスプレイにたこ焼きが映し出されていた。例の舟皿――もしかして宇宙船だからフネ繋がり?――に8個のたこ焼きが並べられており、食欲をそそられる。さっきこの料理の想い出に浸っていたことだし食べてみることにした。店番をしているアンドロイドの近くへ行き、僕は尋ねた。
「このたこ焼き、おいくらですか?」
「300万円です」
「またまた、ご冗談がお上手ですね。昔、大阪でたこ焼き屋のおっちゃんに同じことを――」
「いえ、こちらのたこ焼きに使われている小麦は今まさに宇宙船が向かっております火星で栽培されたもの、水は月のクレーターの底に氷として溜まっていたもの、他の素材も選りすぐられておりまして、超高級品となっております。300万円でも