高度10000mの旅客機内で2人の客の男が談議に花を咲かせている。彼ら以外の客は前からずっと迷惑しているがお構いなしだ。片方は背が低く太っておりテニスボールのようで、もう片方は背が高く痩せており針金のよう。彼らは古い付き合いの仕事仲間で、碌でもない営みで金銭を得ている。
針金に似ている方の男が切り出した。
「なんでこれ食べたんだ? って食べ物あるよな」
「ほお」
「例えばナマコ」
「ああ、確かにヌメヌメブヨブヨで抵抗あるわな。初めて食べた人はとてつもなく勇敢だったか、あるいは文字通り死ぬほど空腹だったか」
「だろ?」
「それで言うと同じ海鮮のウニもそうだぜ。あんなトゲトゲの物体の中身を刮いで食べるって、改めて考えてみっと常軌を逸してるよ」
「だよなあ。ちょっと話は変わるけどよ、ウニと栗ってトゲトゲで見た目が似てるが、どっちが先に人類に食べられ始めたんだろうな?」
「うーん……どっちだろう。陸上で生活する人間にとって目につきやすいのは陸にできる栗だけど、こいつは秋限定だもんな」
「ま、いいや。時間ができたら図書館のレファレンスサービスで尋ねてみるさ。あとよ、どうやってその食べ物の作り方を見つけたんだ? って食べ物もあるよな」
「なるほど、こんにゃくとかな」
「そう、あと納豆」
「今でも俺、そいつらの作り方さっぱり知らねえもん。飲み物だとビールもそうだわ。……あ、そうだ、コピ・ルアクって知ってるか?」
「聞いたことねえな。どっかの国で信仰の対象になってる河川の名称か?」
「コーヒーの一種だけどな、詳しくは自分で調べてくれ。ここで説明するのは簡単だが、自分で辿り着く方がたぶんインパクトがあっから」
「なんだよ勿体ぶるなあ。まあ楽しみにしとくわ」
「くっくっく」
「話を戻すが、よく考えてみるとよ、フグって人を死に至らせる毒があってそれで何人も命を落としているはずなのに、それでもなお食べようとすんのは『生存本能』という観点を揺るがしてると俺は思うよ。でも結局、先人はそれに打ち勝ち、現代人もあの美味いもんのために下関に吸い寄せられちまうんだもんな。とにかく人類の飲食への好奇心と研究の積み重ねは異常——だけどそれ以上に偉大だよ」
旅客機が少し揺れた。おそらく乱気流のせいだ。しばらくして安定を取り戻した。ホッとしたテニスボールに似ている方の男がもう片方に尋ねた。お喋り好きの2人だ。
「『手順を踏む』って慣用句があるよな。これ、『手』なのになんで『踏む』なんだ?」
「そういや違和感あるな。申し訳ねえが俺はなぜそうなのか不思議に思ったことすらねえ」
「どうも気になるよ。今からでも変更してくんねえかな。誰に頼めばいいかも分からんが」
「国語でいくとよ、『わがままボディ』って言葉を考えた奴は凄いと思わんか?」
「と言うと?」
「見た目を形容するのに使われねえ、そして決して良い意味でもねえ『わがまま』という語をあえて選ぶ斬新さ、ボディという外来語を登用する勇気、そんでなぜか言いたいことがこれでもかと伝わる魔性。考案者の脳みそを覗いてみたいぜ。真面目な話」
「ホントにな」
「そいつはグラビア付き漫画雑誌の編集者じゃないかと俺は睨んでんだ。こういうコピーを彼らが考案していることを示唆するシーンが、俺が愛してやまない福満しげゆき先生の漫画に描いてあったよ。漫画雑誌だと週刊とか月刊で発売されるペースが早くて数が多いから可能性も高いだろ。あるいは単に写真集かもだが、いくら考えても真相は分からんな」
「まあ疑問を疑問のままにしとくのも想像の余地があって心地良いもんよ。一種のビジネスだな。機長さんもそう思うでしょう?」
機長が慎重に口を開いた。
「……人命を優先した上で最大限に君たちの要求を呑む。目的を聴かせ給え」
針金に似ている方の男が答えた。
「易々と言うわけないでしょう。なんつったってハイジャックですよ。それこそ決して明らかにならない謎です。あなたは無事にイスタンブール空港まで飛ぶことだけを考えてください。副機長さんも妙な気を起こさないでくださいね」
「……ああ」と副機長は苦渋に満ちた顔で返事をした。
テニスボールに似ている方の男がもう片方と顔を合わせて呟いた。
「俺とお前、機長さん、副機長さんで4人だろ? 2人で話す場合は対談、3人の場合は鼎談、ならば4人の場合は? って思うわけよ」
「『会談』じゃね?」
「でも、『日米首脳会談』みたいに1対1の場合もあんじゃん。機長さんか副機長さん、答え知ってます?」