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私は未来で歴史を学んでいる者です

「改めまして、私は未来で歴史を学んでいる者です」と彼女はハキハキと言った。正直ちょっと鼻につく。初めての体験だが、未来を生きる人間に対して劣等感を覚えているのかもしれない。自分より学歴が上の人間に対して心の隅っこで小さくムカつくのに似ている。僕だけ? ……これをバネにして勉強を頑張らなくちゃな。大学の先生とかなれないもんだろうか。そう、妄想するのは合憲。

「良いんですか、僕なんかで?」と僕は諭した。「当たり前ですがこの時代にも歴史学者っていますよ。そういう方々と話す方が有意義では? あなたの目の前にいるのはごく普通の大学生ですからね」

 彼女は謙遜して返した。

「いえいえ、私だって平凡な大学生ですよ。あなたの直々の後輩ですけどね。いやあ、ウチの大学の建物って昔はこんな感じだったんですね。すみません、それは置いといて、同じ学生として、ぜひあなたのお話が聴きたいのです。難しい話題は専門家にお任せして、より身近な日常についてお話しいただければと思います」

 大学の棟と棟が空中廊下で繋がっており、そこには机と椅子がある。自習をしたい学生なんかがここで教科書やノートパソコンを開く。もちろんこの通路は移動のためにも使われるため、常時それなりにガヤガヤしている。でも静まり返っているよりは話しやすい。この場所で過去、現在、そして未来が交錯するインタビューが始まる。

 しかし改めて考えてみても、なぜインタビュー先が僕なんだろうな。先輩後輩の間柄らしいがそんな奴たくさんいるだろう。緊張すると下痢するんだよな。まあ、これも経験か。ああ、家でのんびりガリレオビオデオ(知ってます? 動画共有サイトです)を観たいな。車載動画とかぼーっと眺めたい気分だ。いかん、現実逃避気味だな。集中集中。


「早速ですが、好きなミュージシャンは?」と彼女はちょっと緊張しながら尋ねた。僕はできるだけ真摯に答える。

「それは……やっぱりビートルズですかねえ」

「おお、ビートルズ! 私の時代でもよく聴かれてますよ。そうだなあ、せっかくこの時代にお邪魔したし、ジョン・レノンさんにインタビュー……は流石にハードルが高いですもんねえ」

「ちょっと待ってください。ジョン・レノンは現時点でもう亡くなっていますよ」

「え? そうでしたっけ。勉強不足でした……。そ、そうだ、IMFの事実上の解体についてどう思われますか? あなたの日常、とりわけお財布に影響があったのでは、と思うのですが」

「僕の認識が正しければ、この瞬間もIMFはせっせと損得勘定に勤しんでおられます。たぶんこの組織がお払い箱になったのはあなたにとっては過去のことでも、僕にとってはまだ未来のことです」

 それを最後に気まずい空気が流れた。彼女は恥ずかしそうにモジモジしている。そんな責任は僕にはないが場をなんとかしようと言葉を探し、慌てて発した。

「でも、やっぱり未来っていろいろ進歩してるんでしょうね」

「……ご賢察の通り、私には時代を読む力がありません。私の日常が過去の積み重ねであり、その過去とは大きく異なっているということを頭では分かってるつもりですが、実際にどう違うのかを言語化するのは難しいです」

「うーん、例えば医療とかは?」

「あ、そうだなあ、我々よりいくつか下の世代はもう眠るという作業を少ししかしていません」

「うん?」

「言葉足らずでしたね。医学の進歩で短時間しか眠らなくて済む身体がデザインされました」

「今、僕はすごく驚いてます。考えたことがなかったものですから。そうか、未来人は眠らないんですね」

「ええ、あと同じく医療に関して言いますと、精神と身体のバックアップを当たり前に所有しています」

「ああ、それはなんとなく想像がつきます。ということは意識をアップロードできるんですね」

「そうです。ただ倫理的な課題と、それに付随する拒否それから反対は残っています。この仮想化を危険視する方も大勢いるわけです。現実でのリメイク——〈眠らなくて済む身体〉はこれです——と仮想されたリボーン——もはや人間とは別物です——この2つの対立。陸に残る者と船に乗る者みたいですね。とはいえ、有り体に言えば人類は死を超越しました」


「先ほど僕の好きなミュージシャンについて話しましたが、よければあなたの好きな音楽についても教えてください」と僕は実直に尋ねた。「未来の方がどんなものを嗜むのか興味があります」

 彼女は少し考えてから答えた。

「東方ですね」

「ヨーロッパから見て東の……アジアの音楽?」

「あ、いえ、違います。東方Projectです。すみません重ね重ね言葉足らずで」

「ええっ、その東方ですか! この時代にもファンが多いですよ。『も』っていうのもおかしい気はしますが」

「こちらの時代では古典でもあり最前線でもあります。日本の歴史を学ぶ人は必ず聴いていますよ。あと私事ですが私自身オタクなのでその点でも原作ゲームも含め必修ですね。数学科の学生がユークリッドの『原論』を読むみたいに」

「なんだか話した感じ、そう遠くない未来みたいですね」

「ええ、その通りです。時代は指数関数的に進歩しています」

 僕が「なるほ」まで言い、あと「ど」を発するだけになった時、彼女が「あ!」と大きな声を出した。

「どうしたんですか急に」と僕は状況を整理するため尋ねた。彼女は目を伏せながら答えた。

「言い忘れてました。このタイムトラベルをコーディネートしてる、それから私の大学の先生でもあるその人がです」

「……重ね重ね本当に言葉足らずですね、あなたって。未来ってそういう傾向にあるんですか? アンドロイドとかも苦労してそうだ」


「きっと現在の僕が未来の僕と接触することは推奨されないんでしょうね」と僕は確認をとるために尋ねた。彼女は少し驚いて答えた。

「まさにそうなんです。凄い、未来が見通せるんですね。まるで実際にそこにいたみたい。あ、もしかして——」

「未来人ではないです。大衆と同じように未来を羨望する凡夫ですよ。未来の僕に『お疲れ様』とお伝えください」

「ええ、必ず」

「それから先ほど僕はビートルズが好きだとお伝えしましたが、このバンドの持ち味でもあるイカれた変拍子——シー・セッド・シー・セッドとかね——がたまらないというのが理由の1つだということも、できれば憶えて未来に帰ってください。これ以上に肝心なことなどこの世界に存在しないんです。本気で言ってるんですよ」


 慌ただしかったインタビューはこれでお開きとなり、繰り返しお礼を言った後で彼女は去っていった。

 一人残された僕は会話が充実した後の穏やかな疲労感の中、ぼんやりと椅子に座り続けていた。しばらくして鞄の中から教科書を取り出し、真剣に読み始めた。だって僕は将来、大学の先生になるんだもの。教え子を過去に連れて行ったりもする。その時に恥をかかないよう、今から真面目に勉強をして、そうだな

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