「王様!」
シファの言葉を遮って王は言った。
「お前は全てを知ったか?」
「はい」
シファは落ち着いて答えた。
その全てとはきっとハリョンが教えてくれた誰も知らない事件のことだろう。
だったら、話しやすい。
「王様、どうかお願いです! 考えを改め、子を作り産んでください。それがこの富朱の為になります」
静かな訴えは目の前に鎮座する王に対し、何の意味を成しただろうか。
「お前の考えは分かった。だが、私は考えを改める気はない」
「このままでは本当にこの国がなくなってしまいます! それをお望みですか?!」
「なくなる?」
王の顔色が微かに変わった。
それをハリョンもシファも見逃さなかった。
「そうです。王に子が生まれれば、民は皆、安泰だと思い、幸せに満ちます。ですが、子を
シファの声しか響かないのは当たり前だった。
誰も何も言わないから、熱い思いは尚響く。
「どういうことだ?」
王の問いはシファの答えに鋭さを与えた。
「産むのは私ではありませんが、こうなったのも全て王様の責任です!」
何?! と王だけでなく、控えていたハリョンもシファを鋭く見つめ、何を言い出す?! と心配そうになっている。
けれど、シファは構わず言い続ける。
「宦官、ユーエンと医女、ヘジが王様の為にいろいろしているのはご存知ですか? それが全て王に子を持たせる為にしているのです。辛いのは王ではなく、王の為に集められて何もされないまま放っておかれている後宮の方々です!」
それは杜后を始め、全ての女性達に当てはまる。
「王様はどうされるつもりなのですか?
いけしゃあしゃあと言えば良いとは言ったが、ここまでいけしゃあしゃあと言うとはハリョンも思いはしなかった。
シファの言葉は止まらない。
「どうなんです!? 私はさっき、華妃様に言われました。お前のことを気に入っているのではないか? と。それはないことですよね?! だって、私は三ノ者です。王の女になることはない。それは誰も覆せないことです! たとえ、今の富朱の王であっても。それは民を裏切ることになる。信頼を失うことです。そんな大それたことを今の王にできますか?」
それは自分の父のような大それた事をするのか? と言っているようなものだった。
こいつはまだ新人! そう思わすのに十分な発言だった。
やきもきする。こんな姿を見せたくはない。けれど、シファは生まれた時から身分やら立場など関係なく、平等の中に生きて来た女性。
さらに変なことを言い続ければ、突き刺さることになる。
それを王も分かっている。
だから何も言わない。
彼女の命を奪って良いはずがないから。
それを望んではいないから、王は慎重に訊く。
「では、子が生まれれば皆、口減らしをしないのか?」
「はい」
しっかりと返事をした。
「それは……困ったな……」
王はさすがに身にこたえたようだ。
座る姿も俯きかける。
「子供がいなくなることを防ぐはずの者が、それをしない。どうすれば
「王様」
とハリョンが見るに見かねて言う。
「富朱は他の国よりも豊かです。心配はいらないでしょうが、口減らしが続いていけば人口が減り、田畑が荒れ、食料不足となり、青登に頼ることになります。これ以上、ですよ? 信白や玄類は青登が働きかけない限り、他の国に分ける物はないでしょうから。それでも良いんですか?」
王を脅した……とシファは思った。この手だけは使いたくなかった。
だけど、今の自分ではこれが限界なのかもしれない。
真実を知っても上手く活かすことができない。
ハリョンは助け舟というより、この国の現状だけで王を納得させてしまったようだ。
「それは考えなければならない事案だ」
王をさらに困らせたのではないのか。
「杜后様、華妃様には月の物があって当然です。それはご存知のはず。杜后様は大妃様がお選びになりましたから。それに華妃様はナギョン様のものだった。それを王は奪い取ったのです。それでも尽くす華妃様を王は見放すのですか?」
「見放してはいない! 一番会いに行っている気がする。だが、父上の事を思うと……どうしてもな……」
それを、どうして! シファの思いは爆発寸前だった。
「王様! 王様はその先王の息子かもしれません! 同じ血が流れていても同じ人間でしょうか? 違いますよね?! だったら、悩まずお生まれになるようにすれば良い! 大妃様だって、それを望んでおります! 大妃様がユーエンとヘジに申したのです。どうか、息子に王子を生ませてくれと。あの四つの国になる前の国のようにはなりたくないからと。民も望んでいる! なのに、望んでいないのは王様だけなのです! 何故、踏み
涙目になりそうだった。
けれど、シファは泣かなかった。
これは泣いて良いことではない、怒る事だ。
だけど、怒りは何も生まないから悲痛になる。
それがあの時のハリョンなのではないかとシファは思った。
「それは……」
「私だって望んでいるし、ハリョン様だって望んでいる。血を気にするのは富朱の良くない所の一つです。他の国では自分達以外の国の者だって素直に受け入れています。それを取り入れてみてはいかがでしょうか! そうすれば、こんな小さな事で揉めることはないのです!」
「バカか?」
言い切れたと思ったのに、透かさずハリョンに言われてしまい、シファは良くない顔をした。
「何で! そんなことを言うんです?!」
「お前、これが小さい事でも? どんだけいけしゃあしゃあと言えば気が済む。お前が相手にしているのは誰だ? とても心が繊細なあの富朱の王なんだぞ? 忘れたのか? 王は絶対的な頂点! 思いを覆すには王自身の心しかない! それを何だ!」
ガミガミとシファは王の前でハリョンに怒られた。
こんな風になるはずではなかったのに何故。
「まあまあ、ハリョン……」
と王はさいなめ、言う。
「私も少し考え直そう。それからでも遅くはあるまい。私はどの国の王より若い。それは事実だ。だから頼るしかないこともある」
「そうです。王が心配せずともあの先代の王のようにはさせませんよ。何たって今は三ノ者が二人もいるのです。心強いでしょう」
ハリョンこそ、いけしゃあしゃあと言っているとシファは思ったが、王は笑った。
「そうだな。父上の時は三ノ者が誰一人としていなかった。でも、今は二人もいる。それは幸せなことだ。この宮廷内にいることがどれだけ救いか。お前には分かるまい」
王はシファを見て言う。
その姿は化粧をしなくても綺麗だった。
それは心の現われか。
「いけないな……こだわりすぎるのも罪。何とかしよう」
「それは……子をお作りに?!」
はあ……とハリョンは溜め息を吐いた。
何故? 疲れているのか……とシファは理解していない。
「そうだな、お前が三ノ者でなければ、すぐにでも自分のものにしていたかもしれない。けれど、お前はそれを許さないだろう。何故なら、カゲを作ったのは我が父であり、それを全て止めることのできなかった自分の責任だ。この話は決して残らない。だから言おう、三ノ者になる前のお前達姉妹に悪かったと」
「それで済むなら、私は三ノ者になっていなかったでしょう。妹も目指しはしない。私はもうハリョン様の部下です。それで許す気はありません。ですから、王様、子供を! それを皆が望んでいるのです。少しでも富朱の事を考えるなら、今夜にでも! 王がするべき事をしてください。そして、この国をお守りください! 誰もこの国が無くなることは望んでいないのですから」
「分かった。検討はしてみよう」
これが王の心を折ったことだと思ったら、大間違いだった。
このあと四、五回は王に同じ事を言った。
言って、言いまくった。
王の心が完全に真逆になるまで。
そうしてやっと王は子供を欲しいと願うようになった。
それは二人の三ノ者が頑張ったからだが、それはどの物にも書かれはしない事実。
こんな情けない仕事、誰も読みはしないだろう! とハリョンは喜びもしなかった。
それでも兆しは見える。
王が杜后様、華妃様の所に通い出したのだ。
この事で他の方達も浮かれ出した。
今度は自分の番なのではないかと、あの棠妃様だってもう不機嫌ではなかった。
どちらかと言えば、来て欲しい方だったからシファに王様を呼んで来いと難題を言って来たりした。
そんな時はハリョンに言うことにした。
「やはり、人というのは変われるものなのですね。もうハリョン様ではなく王様です!」
「だが、王は今、水の問題に取り掛かっておられるから不機嫌になられるかもな」
「そんなぁ……」
シファの苦労は未だ絶えない。