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青登の遊び人は富朱の遊び人

 お星様にお願いしても会いたい人には会えない。

 だからお月様にお願いしても会えるものでもない。

 それは分かっている。

 けれど願わずにはいられない。

 私の太陽はいつも私の側にいる人だ。

「――美朱様の不義のお相手、それは……宦官だったのではないかと!」

「それはないだろう。その場合、誰もお生まれにならない」

「でも、もし……があるのでは?」

「入る前に確認される。そこは徹底されている。不祥事があったからな、以前に」

「どのくらい以前です?」

「俺達が生まれる何百年も前の事だ」

「では、誰ですか?」

「それが一番の謎かもな」

 とハリョンは翌朝、息巻いて仕事場にやって来たシファに物申したいと立ち上がった。

「俺より早く来れないほど、それを考えていたお前に言いたい。後宮の方はどうなっている?」

「え?」

 まごまごして何とも言えないシファにハリョンは一言。

「お前は何をしようとしている? 棠妃様の件で怖気付いたか」

「いえ! そんなことは、ですが……」

 まだハリョンにちゃんと言っていない。

 華妃様の頼みでやっていると。

「探したいのです」

「誰を?」

「えっと……」

 ナギョン様を見つけようと……とは言えない。

「えっと……そうです! 青登の遊び人様を見つけに!」

「青登の?」

「はい! 富朱に居ればなのですが……」

 きょろきょろと目が泳いでしまったか。

 怪しまれてる……そんな目でハリョンにシファはじっと見られた。

 じーっとの時間、長い。

 早く終わって!

 顔を背ける寸前の所でハリョンが声を上げた。

「……良し、分かった。一緒に探そう。その方が早いだろ?」

「うぇ! そう、ですが……。そうされずともできるというか……」

「何だ? 何か言いたいことが他にあるのか?」

「いえ……」

 お仕事は忙しくないですか? とか言えば良いのに、そんな感じを受け付けない感じ。

「ないです!」

 もうなるようになれ! とシファはそれをお断わりできずに終わった。


「さて、どこから探すか……」

 うぇー……とさっきからなっていて気分が全然上がらない。

「どうした、シファ」

「いえ……」

 さすがに宮廷で着る服ではいけないからと余所行きの服となって毎回、宮廷の外に出ているが。

「何でこんなに苦しいんだろう……」

「本当に気分が悪いのか? だったら、そこで休むか」

「え?」

 見るとそこは茶楼さろうだった。

 この富朱で一番華やかで美味しいと評判の。

「良いんですか! お高いとかって聞きましたけど!」

「まあ、良いさ。それで気分良くなって見つかれば万々歳だ」

 そう言ってハリョンはすたすたとその中に入ってしまう。

「待ってください!」

 とシファもそれに続いた。

 人はあまり居らず、甲高い複数の女性の笑い声が店の奥から響いて来たが、それさえ気にしなければ落ち着いた雰囲気。

「いやぁー、こんな所に来れるなんて」

「感激ね!」

 とひょっこり現れたのはエランだった。

「エランさん?!」

「何で居る?」

 とハリョンまでもが驚いた。

「だって、観光してたらハリョン様をお見掛けして」

「それで来るとか……」

「呆れたなんて言いませんよね? ハリョン様」

 エランは平然と言い、外からは窺えない中程の席に腰を下ろしたかと思うと二人に両側に座れと促した。

「さーて、どれにしようかなー」

 と場違いも気にせず、どんどんと二人の分もまとめて頼んでしまった。

「で……」

 エランがお腹いっぱいに食べた所でシファをちらっと見て来た。

 何だろう? と思っていれば、エランはまた何か言いたそうにシファを見た。

 まあ、ここに来てしまったのも何か言われるかもしれないという恐れからだったのだし、シファはすくっと立ち上がると。

「少し外の空気を吸って来ますね」

 とハリョンの側から離れることにした。

 茶楼の前で息を吸って吐いていると、うふふ……と笑い合うあの複数の綺麗に着飾った女性達が中から出て来た。

「あら?」

 と一人が声を漏らした。

 シファにではない、彼女の視線の先にいる一人の男性に対して。

「今日はどちらに?」

「そうだな……」

 その男をこんな真昼間から見るのは初めてかもしれない。

 青登の時でさえ、しっかりと見ていなかったかもしれない。

 何だ、この綺麗な……良い男だと誰もが言いそうな感じは。

「ナギョン様」

 ともう一人の女性が艶やかに言う。

「おや……」

 長髪の男がその女ではなく、こちらに気付いたようでやって来る。

 シファの前まで来た時、シファはもうその複数の女性達の注目の的になっていた。

 あら、こんな子と遊ぶの? という視線が痛い。

 そのくらい優雅な世界の人達に対抗するには。

「誰かと遊ぶのですか?」

 強気で行かなくちゃ! と思ったのが間違いだったのかもしれない。

「そうだな」

 と薄く笑われながら、シファはナギョンの腕の中におさまってしまった。


   *


 シファが居なくなってしまったのは痛手だった。

 まじまじと見て来るエランはただのお荷物。

「何故、観光なんてしていた? 用事は済んでるはずだが」

「そうですね……また会いたいと言っていたのは覚えておいででしょうか?」

「覚えているとも。だがな、お前があいつに教えることは何もない」

「けれど、彼女は欲しているのではありませんか。その真実を」

「真実……。それを知ろうとここ数日嗅ぎ回っていたと?」

 とんだ青登の三ノ者だ! とハリョンは無言でエランを見る。

 彼女は全然怯まない。

「富朱の秘密は、富朱以外の国の者なら誰でも知ってますよ」

 そんな脅迫、こちらも怯むつもりはない。

「誰でもではないだろう、お前のような者ならだ」

 とハリョンはエランを見る。

 きっと三ノ者なら知っていると彼女は言いたいのだ。

 だから、ハリョンは敢えてここで言うことにした。

「お前、気があるんだろ? 本当に」

「え? 何のこと」

「俺にだ」

「あ、はっはー。分かっていらっしゃると?」

「ああ、だから二人きりにしたのか?」

「たまたまですよー」

 とエランはハリョンに言ったが、ハリョンはもううんざりだとエランに言った。

「生憎だが、俺はずっと身も心も富朱だ」

「つまり、青登の者と関わらないと?」

「違う、そこまでは言ってない」

「良いですよ、望み薄いと分かっていましたし」

 とエランは一人、外に出ようと席を立ち、少し歩くと止まった。

「あれまっ、生憎とはこの事でしょうか?」

「何だ?」

 ハリョンはそんなエランを見た。

「大事な部下があなたの昔の友、いえ、私の国では遊び人様で通ってますね。その富朱の遊び人様に抱かれ、どこかに連れて行かれてしまいましたよ」

 それを聞いたハリョンは血相を変え、瞬時に立ち上がり、後を追うことにした。


   *


 カゲはいない。

 そう感じるのは何故だろう。

 ドサッと良い匂いのする寝具に投げられるようにしてシファはナギョンにそのまま覆い被さられそうになった。

「ナクヒさんを、どう思います?」

 すっと出た言葉にナギョンは答える。

「それを言う為にわざわざ何もしないでここまで来たか?」

「はい」

 抵抗などできるはずもない。

 あっという間にこうなっていた。

 ここがどこだか分からない。あの茶楼からいくらも離れていないと思うが、担がれ、ちょっとぉー! とかうわわ! とかあの複数の女性達が見ている前では大袈裟に言っていたが、見えなくなってしまえばこちらのもの! と静かにしていた。

 ハリョンの時のような騒ぎにならなかったのはずっと会いたくて知りたい気持ちの方が強かったからかもしれない。

 それが良くなかったか、帰り道が分からない。

 でも、これだけは聞きたい。

「不義と死についてもお伺いしたいのですが」

 はっきりと言えた。

 ナギョンはしかめっ面をし、どの人との事を言っているのか思い当たったようでシファを見た。

「ナギョン様」

 王と同じ血が半分は流れるこの長髪の男は萎えたとシファから離れた。

「そう、父上は正しかったと思う。だが――母上も正しかったと思う」

 思いたいではなく、思う。それはどういうことか。

 ナギョンから目を離さずにシファもようやく体を起こし、話をそのまま続けることにした。

「ナギョン様は楽しい蓮と書くのでしょう? ナクヒさんは楽しい姫。富朱の赤い提灯は語っていました。朱い蓮と雌雄の小さき金魚、それは楽しそうで美朱様が思い描いた世界なのではありませんか?」

「そうかもしれない。だが、それは父上が思い描いた世界かもしれぬ。オレは一度もそんな提灯を見たことはないがな」

 だったら、見に行きましょう! と誘いたかった。

 だが、こうしてる間にも誰かが来てしまうかもしれない。

「富朱にある提灯は先代の物が多く、今の王の物は少ししかありません。それは今の王になってからそんなに時が経っていないからでしょう。もしくは情報操作が行われているのではありませんか?」

「何の為に?」

「それを知りたくて、こうしてここまで来ました。噂があります。人が子を連れ去るのです。何故そんなことが必要なんでしょう?」

 ナギョンからの答えはない。

「それが起こっているのは青登近くの富朱付近の村です。盛んに起こっていたのは先代の王が生きていた頃で私が小さかった時。それが何故、今頃になってまた……」

 その意味するものは。

「お前は紫色の提灯を見たことがあるか?」

「へ?」

 突然そんなことを言われてもほうけてしまうほかない。

「あると聞いたんだ。あれと同じように明るい薄紫色の提灯がどこかにあると」

 そんな物今まで一度も見たことがない。

「それが見つかったなら、教えてやっても良い」

 本当ですか!? とシファはナギョンを目を丸くして見る。

「その方が安心なんだろ?」

 誰に向かって言っているのか分からない。

「ああ……そうですね」

 と現れたのは息も絶え絶えになりそうでもないハリョンだった。

「そんなに心配ならカゲの一人でも付けておけば良かっただろう?」

「自由に……と言われているので」

 はぁ……とナギョンは大きな溜め息を吐いた。

「またか……。人の女になる予定の者を次から次へと盗っていくだけはある」

 何の事だ? とシファが不思議に思っていると、いきなりガシッと強くハリョンに両肩を持たれた。

「え? どうなされたのですか? ハリョン様」

「そうは言われてもだ。お前……ふらふらと行くなと言っただろ?」

「え? そんなことおっしゃってないですよ?」

 微妙に怒っているハリョンにシファは事実を告げる。

「それでもだ!」

「まあ、怒るな、ハリョン。お前も探しに行くか? 紫色の提灯」

「は?」

 話が飲み込めないとハリョンはナギョンの顔を見る。

「真実はもうそこだ。ハリョン、お前が言わないからそういうことになっているんだろう? もう観念しろ」

「は?」

 もう一度、ハリョンは同じ言葉を言い、その意味が違うと自覚した時には全てが終わりへと向けて動き出したことを悟った。

「だが、本当に不義はあったのだろうか」

 ナクヒの父さえ分かれば分かることなのに、そんなことを言えるはずがない。

「お前の母は何と言っている?」

「え? 母?」

 シファはナギョンの顔を見た。

 もしかしたら、この人も知っているのかもしれない。

「覚えていません……長いことそれには触れていませんでしたから」

「なら、聞いてみるが良い。少しは分かるかもしれないぞ」

 そんなことない! と強く言えれば良かったのに言えない。

 この人はこれでも王の血を受け継ぐ人。

 半分で十分。

「でも何故、オレがあのナクヒの兄だと分かった?」

「あなた様とナクヒさんは似ていますから」

「顔がか?」

「そうですね、上品さも滲み出ています」

「ふっ」

 とナギョンは笑った。

「お前はどうしてそのようになったと考える?」

 重い口は開かれる。

「何かがあって、そうなったと」

 確信までは至れない。

「それが分からないから、安心もできるが、それが分かってしまってはこちらもうかうかしてられないものだな」

 ハリョン……とナギョンは言いたかったかもしれない。

 けれど、富朱の遊び人はそう言わない。

「誰かが思えば、それは大きなものとなるのだ。変わるなんてものじゃない。全てが生まれ変わるような新しさで満ちて行く。そしてそれが普通になるんだ」

 ああ、きっとこれこそが答えなんだとシファが気付くにはあまり呆気なく、華がなかった。

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