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シファの考え

 エランと別れたシファは宮廷への帰り道、ひたすらに考えていた。

 ううん、違う! 今までの知って来た事を整理しないと! それもハリョン様に言われた事も含めて――じゃないと何だか腑に落ちない。

 その原因となっているのは何だろうとシファはまた考える。

 あのおじさんだけが持っていた赤い提灯の絵――朱い蓮と小さな雌雄と言われる金魚の意味。

 全部を調べたわけじゃないけど、他の家のはやっぱり最初に気付いた赤い提灯と同じように金色の字や絵が書かれていて、何個か同じ物があった。

 そういう人達の過去を調べていけば、もしかしたら最終的におじさんが言っていたように共通する何かが出て来るかもしれない。けれどそれは土地についてで、特別な意味は成さない。

 だとしたら、何でおじさんの家だけがそれをもらえたのだろう。

 母にでも訊こうか、この提灯はどこからもらって来たのかと。

 うーん……と唸り声をあげて歩いていたのだろうか。

「何をしてるんだ?」

 ふと聞き慣れた男の声にシファは立ち止まった。

「あ、あれ? ハリョン様!?」

「何でこんな所に? という顔をしているな。用事があったから外に出て来たんだが、お前の提灯の仕事は終わったか?」

「はい。まあ、その……ハリョン様にお聞きしたいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?」

「まあ、ちょっとなら」

 すんなりと了承を得た。

「ハリョン様の家ではどんな提灯を飾るのですか?」

「は? 何だ、いきなり」

「いえ、ちょっと興味を持ちまして……。軽くで良いので教えてくれませんか?」

「はぁ……確か竹だったか?」

「竹?!」

「ああ……」

 思わぬ言葉だった。今までそんな物が描かれた提灯は一つとしてなかった。

「竹って……あのさらさら揺れる葉っぱとか筒になってるあの背の高い?」

「ああ、その前は竹の子なんて言われたりもする」

「あの植物!?」

 一気にシファは大声を出した。

「何だ? 何でそんなに驚く? 代々、俺の家は竹に囲まれていたんだよ。あと先々代の王にだったか? そのくらいの時に俺のご先祖様は節操があると言われ、それから使うようになったとか」

「使うって、誰が決めているんですか? その提灯。住んでたりする所じゃなくて?」

「住んでる所と言えば、そうかもな。その方がどこの誰がどうしただの、分かりやすいしな。まあ、決めているのは普通の人なら役人じゃないのか?」

「役人って……ハリョン様のおうちはそういう家なのですか?」

「ああ、だから貴族なんだろ?」

 何をバカなことを言っている? というような目でシファはハリョンに見られた。

「代々そうだ。皆、男は役人となって王の為に尽くす。女はその為に泣いたこともあったとか」

「今はどうなのですか?」

「さあな、それほど泣いてはいないんじゃないか? 父も兄も文官だしな……」

「ええ?! 私、会ったことあります? その方達に!」

「ない」

 問答無用で言われた。

「残念そうな顔をするな。それで、お前は満足か?」

「いえ……あとまだいっぱい聞きたいことがあります」

「何だ? 言え」

「どうして、先代の王の物ばかりなんでしょうか? この辺の家の提灯は」

「昔のままだからだろう。この都から遠くに行けば行くほど、今の王の愛する花となる」

「何故?」

「大事に使うからだ」

「では、大事に出来なければどうなります? まさか、重い罰が?」

「あるわけないだろう。こんな物に、あるとしたら、その時の事が描かれた新しい提灯が渡されるだけだ」

「その提灯の絵を描いているのは誰なのですか?」

「宮廷に居る人物だ。これを描けと言われて描かされていると聞いた。それで、お前はどうして先代の王の物が多いと思った?」

「それは……いつぞやの時にですね、読んだ物の中に出て来た花が描かれているなぁ……と思ったからで」

「そう、この花とは王が愛した花であり、それを模したものだ」

「つまり? 人として考えれば、その方の事が描かれていると?」

「ああ、そういうことになる。それで王に愛された花の名は全て人の呼び名として入っているだろう。今の王では杜鵑花とけんか、菊、山茶さんちゃ、蘭、梅、牡丹、水仙、海棠かいどうだったか……」

「何か数が足りないような……」

「まあ、そういう所から来ているんだよ。その方が住んでいて有名な所の物がな。名前の由来だ」

「名前の由来を聞きたいわけじゃありません! だけど、じゃあ、蓮が有名な所の方だったら、蓮の名前が?」

「そうだな、それが入る。だが、蓮はもう入らないと思うぞ」

「何故ですか?」

「蓮の名は受け継がれているから」

「え? 受け継がれているって」

「知らないのか? いろんな人に訊いていたと聞いたが」

「な、何の事をおっしゃっているのですか?」

 ドキドキと急に冷や汗が出て来そうな感じがする。

「お前、書いてたじゃないか、大きく。俺の目の前で二文字」

「ウェ?!」

「変な声を出すな。見られてないとでも思ったのか? 俺は三ノ者だぞ、小さい事でも見逃さない」

「エッ、でも、見えない速さで」

「書いたとでも言いたいか? 俺には聞かないんだな、あの字について」

「寂しいなーって? そっ、それでは! ハリョン様も聞いてほしかったんですね! なら、今、お聞きしましょう! その読み方を教えてください」

「嫌だ」

「そう言って、答えてくれないと思ったんです! だから、わざわざ他の方に聞いたりして頑張ってみたんです。その提灯だってそう。ハリョン様は絶対ご存知のはずなんです。それを答えてくれないと分かっているから。だから、私は……」

 聞かなかったのだ。全て遠ざけてしまうから。聞けないという選択肢しか残らない。

「だが、ここは宮廷の外、少しなら答えてやるぞ?」

「本当ですか! でも富朱のですよ?」

「良い。何でも聞け」

「良いんですか? 本当に」

「ああ」

 じとーっとシファは怪しんだ目をしたが、口を開く。

「朱い蓮と小さな雌雄の金魚の意味が分かりますか?」

「何だ、それは?」

「提灯にあったんです! 一つだけ! 楽しそうに蓮に寄り添っているような感じのが」

「それが?」

「手掛かりになると思ってですね」

「何の?」

「ハリョン様が青登で燃やされた物に関するです!」

 それ以上は言えないとシファは口を閉じた。

「そうだな……」

 何ですか? とシファはハリョンの次の言葉を待つ。

「一度、提灯から離れるんだな」

「何で?」

「そんなに提灯に手掛かりはないと思うが……」

「では、ハリョン様は先代の王の側室のお一人である『美朱様』のことをご存知でしょうか」

「知っている」

「……その方にはお二人のお子様がおられたことも?」

「ああ、知っている」

「その方は何故、死ななければならかったのでしょうか? 産後の肥立ちが悪かったからですか?」

「さあ?」

「ハリョン様、それではあまりに誠実ではありません。そのお子様は今、どうなっているのですか? ハリョン様と同じ年頃ではないのですか?」

「それだけ知っているのなら、分かっているんじゃないのか?」

「ええ、分かっています。だけど分からないことがあります。何故、蓮姫はすひめになっているのでしょう? 蓮姫でも良いと思いますが、何か違う気がします。それではあの提灯の絵に金魚がいる意味がない。それなら蓮を描けば良かったのではないですか? 小さい蓮を二つ!」

 何故。

 今になって気付いてしまった。

「小さいから子供だと思ったのか?」

「はい」

「では、その蓮は何故朱い?」

「美朱様だから」

「それで説明は付くか?」

「いいえ……確固たるものではありません。だけど、それしかないのです!」

 見たわけでもないのにハリョンは言う。

「自由に泳ぐ金魚。蓮のように自由でいられないわけではないという意味があるんじゃないのか」

「それでは……蓮ではなく、別の字……」

 何だ? 見落としているのは。

「楽しさ?」

「お前は何を、誰を探している?」

「それは……」

 ナクヒさんの字が蓮姫でなく、楽姫だとしたら。

 何故、蓮を受け継がないのか。

 兄である楽蓮様は受け継がれて……いるわけではない。

 何故、母になる美朱様に蓮の字がないのか。

 その理由は? 何だ。

 不自然過ぎる。

 あれには何て書いてあった? 

「――楽しく過ごしていた……。それでは蓮ではなく、その字……」

 でも何故、蓮の花を取ってしまったのか。

「何故、花を……」

「――我の花は色を変え、散った。それを悲しいとは思わぬ。また咲き誇る花の為、我は行く――」

 そう言って、ハリョンがシファを見た。

 それは青登で聞いた先代の富朱王の言葉。

「……散った……」

 そして思い出したのはその青登で会ったその王の息子であるはずのナギョンの言葉――オレの人生の中で一番悲しい出来事とは。

 それにエランさんが言っていたこと――。

「ハリョン様、ハリョン様は何を知っているのですか?」

「全て聞いて済ませようとするな。悩め」

「では、私が良からぬ事を思ってしまってもしょうがないと?」

「良からぬ事?」

「はい、もし、美朱様が不義を働いていたとしても、それはしょうがないと思ってくれるでしょうか?」

「それは……」

 苦い顔をした。

「そんなこと思うなと、何故おっしゃってくれないのですか?」

 失望、してしまう。

 ハリョン様に言って欲しい言葉はそれじゃないのに。

「お前は……」

 どこまで言えば言ってもらえるだろうか。

「もうそこまで、私は来ているのです。不義の理由を調べれば全て繋がる。そうでしょう?」

 だから、ハリョンに何か言ってほしかった。否定を求めているのか、肯定を求めているのか自分でも分からない。

 もう思考が追い付いてない。後から後からいろんな情報を思い出してしまって整理できずに自分の頭の中はパンパンだ。

「ハリョン様」

「一番暴いてはならない秘密だ。だから、誰にも言えない。答えを知っていても。信じる者にもだ。お前はお前の力でそれを見つけ出さなければならない。それがお前の答えならそうだ。それもお前の使命。止花とはそういう意味だ」

 ハリョンはさらに苦々しく、シファを見た。

 開き直ることなく、それはとても辛そうだった。


   * 


 ハリョンは仕事が残っていると言って、帰ってしまった。

 シファは一人、ハリョンと話した所から動けずに考え続けていた。

 今の王にあって、先代の王にもある字がない場合、疑われるのは側室の子だということ。

 つまり。

「王の名を入れられなかったのは、王の愛を独り占めにしてはいけない身分であった美朱様だったから。つまり、美朱様は側室で、楽蓮様は側室の子、それでも月が輝く時、今の王が王になる日に傍らに居たのは王の血を継ぐのがそのお二人だったから」

 他に男兄弟は居なかった気がする。では。

「楽しく過ごしていたとだけ書かれていたのは不義をしていたから」

 それで出来たのが楽姫さんだとしたら。

「相手は誰?」

 あの提灯の絵の表す楽しさとはそういう事で、美朱様の不義を表しているのではないか。

 そんな方の血を受け継ぐ方を新たな王にすることはできないし、何より今の王は側室の子ではない。

 何も問題がないはずなのに、何故、今の王は子を産ませないのか。

 王に問題が? いや、でも、あのハリョン様と噂になったこともあったし……。

 そこが逆に問題? なら、ハリョン様に王様の指向をどうにか反対の方に……ってのもない気がする。

 はっきりと王は男色ではないと断言していたくらいだし。

 それに問題は後宮にいる女性の方かもしれない。

 そこだけは明確だ。

 月の物がなければ子は作れない。

 けれど、全くではない。

 そここそが問題だ。

「ユーエンが早く解決してくれれば良いのに」

 少し愚痴てからまた思い出した。

 そういえば、何故、争いのない中で『今の王は一つでも多くの命を救いたいと思っている』なんてハリョン様は言ったのだろう。

 幼い頃に起こったあのカゲによる連れ去り、妹の時は未遂だったけど。

 それしか思い当たる所がなかった。

 では、今の王はそれについて知っているのか? なのに、何もしてないのはどうして……今も起こっている。人が、子がいなくなっている!

 確か、盛んに起こった時期は先代の王が生きていた頃。

 シファはもう星空になろうとしている空を見た。

 周りには誰も居ない。

 華妃様がおっしゃっていた後宮内の噂だってそう。

「これは少し大きな方の金魚に訊きに行くしかないわね!」

 とシファは一人闘志を燃やしていた。

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